「キース!!?」
とフルートたちはいっせいに叫びました。
彼らが逢いたいと思って探していた人物が、思いがけずそこにいて、彼らをドルガから助けてくれたのです。
キースは以前と変わりませんでした。ねじれた二本の角と黒い翼を生やし、血のように赤い瞳と牙を持つ闇の民の姿ですが、それでも、端正で愛嬌のある表情は、半年前に別れたときとまったく同じです。
「キース、どうしてあんたがここにいるんだよ!?」
とゼンが言ったので、青年は苦笑しました。
「それをぼくが君たちに聞いているんじゃないか。ぼくは闇の国の王子だぞ。闇の国にいたって、少しも不思議じゃないだろう」
そんな話し方も、神の都ミコンで一緒だったときと少しも変わりません。明るくて嫌みのない口調です。
フルートは何も言えずにキースを見つめ続けていました。脳裏によみがえっていたのは、青空に消えていく黒い翼と、彼らに別れを告げるキースの声でした。声の中に深い哀しみと淋しさを聞いて、フルートは心に誓ったのです。キース――ぼくたちは必ずあなたをまた見つける、と。そのキースが、今、フルートの目の前に立っています。
「お、おい、フルート……?」
とキースは面食らって、目を白黒させました。フルートがいきなり右腕を伸ばして、キースの首に抱きついたからです。フルートのほうがずっと背が低かったので、背伸びをしながらキースを抱きしめて言います。
「やっと逢えた……やっとまた、あなたに逢えた、キース!」
キースはさらに驚き、照れたように顔を赤らめました。
「すごい歓迎ぶりだな。ただ、ぼくとしては男より女のほうが好きだから、そっちにいるポポロに抱きついてもらったほうが、もっと嬉しいんだけれどね」
とポチと地上に下りてきた少女へ流し目を送ります。ポポロはたちまち真っ赤になり、フルートも思わずキースから離れてにらみつけました。
「それはだめです!」
けれども、フルートは怒ったわけではありませんでした。キースの肩をつかんだまま、真剣な顔と声で続けます。
「ポポロだけは絶対に渡さないけれど、ぼくたちはあなたにまた逢えてすごく嬉しい。これは本当の気持ちです」
キースはまた目をまん丸にすると、たちまち噴き出しました。声をたてて笑いながら言います。
「相変わらずだなぁ、フルート――! いくらぼくだって、人の恋路を邪魔するほど野暮(やぼ)じゃないって。ポポロだって、君以外の男によろめくはずはないだろう。冗談だよ……。それより、本当にわけを教えてくれよ。どうしてドルガと戦っていたんだ? 君はゴブリンを抱いているようだけど、どうしてそんなものを?」
そう言われて、一行はヨを思い出しました。小さなゴブリンはフルートの腕の中でぐったりしています。ヨ! とフルートは青くなって呼びかけましたが、目を閉じたまま動きません。
「ワン、これはヨ。ぼくたちの友だちなんです」
と犬に戻ったポチが言ったので、キースはまた驚きました。
「友だち? 君たちはゴブリンなんかまで友だちにしているのかい? あきれたなぁ! いや、失敬。実に君たちらしいな、と言うべきだな。本当に闇のものまで友だちにしてしまうんだから」
苦笑いの顔でそう言いながら、キースはゴブリンの上へ手をかざしました。すると、その小さな体からみるみる傷が消え、腫れがひいていきました。ふさがっていた片目も元通りになると、ヨがふいに目を開けました。自分をのぞき込むフルートやキースをくりっと見上げて言います。
「もう痛くないヨ! どこも全然なんともないヨ! オレ、元気になったヨ!」
「ヨ――!!」
フルートがゴブリンを強く抱きしめます。
それを見て、ゼンが言いました。
「キース、あんたに頼みたいことがいくつかあるんだけどな――とりあえず、もう一匹のゴブリンも治してもらえるか? 大怪我をして、あっちでメールたちと一緒に待ってるんだ。トアって連中にやられたんだよ」
「トアに?」
とキースはまた驚くと、肩をすくめました。
「どうやら君たちは闇の王から追われる立場になってるようだな。ドルガを殺してしまったから、間もなくここにも親衛隊がやってくる。メールたちはどこにいるって? 合流して、急いでぼくの屋敷に行こう。話は途中で聞かせてもらうよ」
キースが黒い翼を広げたので、ポチもまた風の犬に変身しました。ゼン、ポポロ、ヨを抱いたフルートが乗り込み、キースと共に空に舞い上がります。
「ワン、こっちです」
とポチは言って、メールたちの待つ町外れへと向かいました――。
綺麗に手入れされた庭園で、黒髪の少女は待っていました。咲き乱れる花の間の小径に立って、じっと手元を見つめています。そこには小さな丸い鏡がありました。彼女の見たいものを映し出しています。荒野の中の見えない道を、風に吹かれながら急ぐ一行の姿です。
すると、ふいにその姿が鏡の中から消えました。一行が荒野から消えたのです。次の瞬間、すぐ近くから賑やかな声が聞こえてきます。
「なんだここは!? えらく綺麗な場所だな!」
「やった、花じゃないのさ!」
「驚いた、呪いの荒野を渡ったゾ!」
「オレたち誰も呪いにやられなかったヨ!」
少女は鏡から顔を上げました。五人の人物と二匹の犬と二匹の怪物が庭園の中にいました。今まで彼らが通ってきた場所と、あまりに景色が違うので、きょろきょろと驚いたように見回しています。少女は駆け出しました。細い声で彼らを呼びます。
「フルート! みんな――!」
「アリアン!!」
少年少女と犬たちが、いっせいに振り向いて叫びました。
「アリアン、無事だったんだね! キースの言ってたとおりだ! 良かったぁ!」
とメールが少女に飛びついて抱きしめました。ポポロとルルも駆け寄り、アリアン、逢いたかったわ、と口々に言います。彼女たちは北の大地の戦いの時に、共に魔王に捕らえられ、協力して心を飛ばしてフルートたちを助けたのです。久しぶりの再会を心から喜び合います。アリアンは額に角を生やした闇の民の姿ですが、誰もそんなことは気にしていません。
「ったく。まさかアリアンがキースと一緒にいたとはよ」
とゼンがあきれたように言うと、ポチが尻尾を振りながら答えました。
「ワン、巡り会いってやつでしょうね。ユラサイの占神も言ってたじゃないですか。逢うべき人たちが、何かに導かれて出会っていくんですよ、きっと」
「何かってなんだよ?」
「ワン、それはもちろん、運命とか神様とか言われるものだろうけど」
「運命だぁ? んなもん本当にあるのかよ。見たことも聞いたこともねえぞ」
「ゼンはほんとに現実主義だなぁ。そういう人智を越えた意志の存在みたいなもの、感じたことはないんですか?」
「ねえ。だいたい、俺たちがやることを、端(はた)からどうこうしようとしやがるヤツがいること自体、気にいらねえ。俺たちがやることは俺たちが決めてんだぞ。行動してるのは俺たち自身だ。運命とやらがやってくれてるわけじゃねえや」
「ワン、運命って、そういうものじゃないと思うけど?」
「じゃあ、どういうものなんだよ――!?」
騒々しく言い合いをするゼンとポチの隣で、フルートはゴブリンの双子を見つめていました。
背中を切られて大怪我をしていたゾも、キースの魔法ですっかり元気になって、ヨと一緒に庭園の中をあっちこっち飛び回っていました。時々相手を呼んでは、発見した珍しいものを見せ合っています。嬉しそうなその様子にフルートも笑顔になり、キースを見上げて言いました。
「結局、ぼくたちはみんな、あなたに助けられたんですね、キース。ありがとう」
「別に大したことはしていないけれどね」
と闇の青年がまた肩をすくめます。黒髪、血の色の瞳、角と牙と翼……それでも、持って生まれた優しさや明るさは少しも損なわれていないキースです。
「さあ、とにかく屋敷に入ろう。ここには闇王の家来も絶対に踏み込むことはできない。安心して話ができるし――グーリーを助け出す作戦も練り直さなくちゃいけないからね」
とキースが言ったので、全員は一気に真剣な顔になりました。そう、懐かしい面々が集まるこの場所に、黒いグリフィンのグーリーだけがいないのです。グーリー、と涙ぐんだアリアンを、メールが抱き寄せました。
「大丈夫。あたいたちが来たんだからさ。ちゃんとグーリーだって助け出してあげるよ」
「屋敷はこっちだ」
とキースが先に立って歩き出し、全員がそれについていきました。小さなゴブリンのゾとヨが、一行の足下を行ったり来たりしながら声を上げます。
「すごいゾ。信じられないゾ。地上の人間と闇の民が一緒にいるゾ」
「喧嘩してないヨ。いじめてもいないヨ。どっちも同じ? なんだかすごいヨ」
「これを友だちっていうんだよ」
とフルートが言うと、ゾとヨは立ち止まり、くりっと大きな目を回しました。
「トモダチ……? 友だちって確か、暖かくて、頼りになるものだったはずだゾ」
「でも、ウルグの王子もそっちのも、闇の民だヨ。ものじゃなくて人だヨ?」
「そう。友だちっていうのは人なんだよ。心のそばにいて、困ったときには助けてくれる人のことなんだ」
とフルートが優しく教え続けます。
ゴブリンたちはますます目を丸くすると、少しの間考えてから、急にぴょんと飛び跳ねました。
「わかったゾ! 友だちっていうのは、おまえたちのことだゾ!」
「そうだヨ! おまえたちはオレたちを助けてくれたし、一緒にいると、オレたち、あったかい気分になれるヨ! 友だちって、おまえたちのことだったんだヨ!」
その素直な喜びぶりに、フルートたちは思わず笑ってしまいました。
「ようやく気がついたのか、チビども。頭悪ぃな」
とゼンがからかって、二匹をひょいと肩の上に載せました。すっかり怪我が治った体や頭を、両手で撫でてやると、ゾとヨが猫のように目を細めて喜びます。
人間、ドワーフ、海の民、天空の民、闇の民――そして、犬たちと闇の怪物たち。
まったく種族は違っていても、彼らは本当に友達でした。緑が輝き花が咲く小径を、一緒になって歩いていきます。
その行く手に、二階建ての大きな屋敷が見え始めていました……。