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第15巻「闇の国の戦い」

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29.屯所(とんしょ)

 街の屯所に、五人の親衛隊員が集まっていました。彼らはこのヤシャの街の警備隊員です。全員が角と牙と翼を持ち、トアの胸当てと象徴を身につけています。

 彼らの中央にはヨがいました。すでにかなり手荒い目に遭って、ぐったりと倒れています。それをさらに靴先で蹴飛ばして、トアが言いました。

「そら、いい加減白状しろ、ゴミ喰らいの役立たずが! 貴様の言っていた人間どもはどこにいるんだ!?」

 ヨを捕まえてここまで連れてきた男です。小さな怪物は石の床の上を転がり、その場所でまた動かなくなりました。痛みに低くうなります。

「あ、なんだと? もっとはっきり言え!」

 と別のトアがまた蹴り飛ばしますが、ゴブリンは何も答えませんでした。ただ、すすり泣くような声だけが低く続きます。

「強情だな、ゴブリンの分際で!」

 とまた別のトアが蹴ろうとすると、四人目のトアがそれを止めました。

「もうやめておけ。これ以上やると、くたばって何も聞き出せなくなるぞ。ゴブリンはすぐに死ぬからな」

「だが、絶対にこいつは侵入者の行方を知っているぞ。ゴブリンに、あんなもっともらしい嘘がつけるわけはないんだ」

 とまた最初のトアが言います。

「まあ少し待っていろ。今、グワの街から人間を呼び出しているんだ。そいつに『針』をやらせるさ」

 と四人目が言い、仲間たちの不思議そうな顔を見て、にやりと笑いました。

「知らないのか。人間に何百本と針を持たせて、こいつの体に突き立てさせるんだよ。人間にやられた傷はすぐに治っていくから、治ったところにまた針を刺す。治ったらまた突き刺す。ちくちくと際限なく続く痛みの拷問だ。こいつが耐えきれなくなって白状するまで、いつまでだって続けられるんだよ。気の弱い怪物には特に効果的だ」

「だが、このあたりにもう人間はいないはずだぞ。残らずフノラスドの生贄に連れていかれたからな」

 と五人目が言いました。

「だから、グアの町から呼んでいるんだ。あそこにいる人間は、自分から闇の民になりにやってきた奴だからな。生贄からも逃れているし、拷問にも喜んで手を貸すのさ」

「そりゃあいい」

 仲間のトアたちが、いっせいに笑いました。床の上のヨが身じろぎします。必死で逃げようとしていますが、痛めつけられた体は動くことができません――。

 

 すると、屯所の扉がいきなり音を立てて開きました。入口から何かが飛び込んできて中央のテーブルに突き刺さります。白い羽のついた矢です。

 トアたちは飛びのいて入口を振り向きました。――誰もいません。入口の外に灰色の石畳が広がっているだけです。けれども、トアたちは叫びました。

「そこにいるぞ!」

「魔法で姿を隠しているな!」

 剣を引き抜き、入口に殺到して切りつけます。

 とたんに、堅い音がして、人が姿を現しました。金色の鎧兜を身につけた少年です。丸い大きな盾をかざして剣の一撃を受け止めています。トアたちは驚きました。子どもの敵とは予想外です。

 けれども、ヨを捕まえたトアが、すぐに気づきました。

「鎧を着た人間――そうか、貴様がこの国に侵入した勇者か!」

 少年はそれには答えず、居並ぶトアへ右手の剣で切りつけました。よけ損ねた一人の胸を切っ先がかすめると、とたんに黒い胸当てが燃え上がりました。胸当ては革と金属で作られていたのですが、金属までが白い炎を吹いています。トアが大声を上げながら胸当てを外して投げ捨てます。

「炎の剣――!?」

「こいつ、金の石の勇者だぞ!」

 とトアたちは相手の正体に気がつき、すぐに、にやりとしました。

「こりゃあいい。金の石の勇者を倒せば、俺たちは全員ドルガに昇進だ!」

「取り囲め! 動きを封じるんだ!」

 あっという間に少年の周りを囲んで手を突きつけます。少年勇者の体が凍りついたように止まりました。トアたちの闇魔法に抑え込まれてしまったのです。

 床から顔を上げてそれを見ていたヨが、ああ、と泣き声を上げます。

 

 すると、トアの一人がいきなりその場から吹き飛びました。三メートルも飛んで、部屋の石壁にたたきつけられます。

 他のトアたちは仰天しました。何が起きたのかわかりません。うろたえていると、別の男がまた大きく吹き飛びました。反対側の壁に激突して、床に倒れます。

「ここにも誰かいるぞ!」

 とトアたちはわめきました。何も見えない場所へ闇雲につかみかかると、手応えがあって、たちまちもう一人の少年が姿を現します。背は低いのですが、がっしりとした体格をしていて、青い胸当てと弓矢を身につけています。

「へっ、見つかったか。痛い目に遭いたくなけりゃ下がってろ。闇の民相手には手加減なんかしねえぞ」

 と少年がすごみます。

 トアたちはこちらの少年にも手を向けました。闇魔法の攻撃を繰り出します。

 ところが、少年は倒れませんでした。魔法は、少年に届かないうちに、ことごとく砕けてしまいます。

「残念だったな。俺には魔法が効かねえんだよ」

 と少年は言って駆け出しました。鎧の少年へ手を向けていたトアへつかみかかり、あっという間に壁へ投げつけます。まだ子どもなのに、すさまじい力です。

 魔法が消えて、鎧の少年も駆け出しました。剣を握ったまま、部屋の奥に倒れているゴブリンへ向かいます。壁際から立ち上がったトアが叫びました。

「ゴブリンを取り戻しに来たんだ! 渡すな!」

 たちまち他のトアたちも跳ね起きました。人間から受けたダメージはすぐに回復します。剣を抜き、鎧の少年に襲いかかって激しい斬り合いを始めます。その隙に弓矢の少年がゴブリンを救おうとしましたが、やはり行く手をさえぎられて、剣を抜いての斬り合いになります。

 

 やがて、戦況はトアたちの優勢になってきました。少年たちの攻撃が決まらなかったのです。

 鎧の少年はかなりの剣の使い手で、トアを良いところまで追い詰めるのですが、最後の一撃というところで何故か狙いが外れます。弓矢の少年のほうは力に任せて剣を振り回しているだけなので、簡単に見切られてしまいます。炎の剣も怪力も、当たらなければ敵を倒すことはできません。少年たちがじりじりと屯所の部屋の隅へ追い込まれていきます――。

 トアたちは勝ちを確信しました。また攻撃を外した鎧の少年へ、笑いながら剣を振り上げます。

「そぉら、とどめだ、へっぽこ勇者! あの世で剣の修業をやり直してこい!」

 すると、その剣が、ガシン、と音を立てて停まりました。少年が自分の剣で受け止めたのです。細くて非力そうな腕なのに、トアの渾身の一撃にもびくともしません。青い瞳でトアをにらみつけて叫びます。

「いいぞ、ポポロ! 行け!」

 トアたちは驚きました。他にまだ仲間がいたのか、と部屋を振り向きます。

 けれども、部屋には誰もいませんでした。石の床の上にゴブリンが倒れているだけです。すると、その小さな姿がいきなり見えなくなりました。まるで何かにくるみ込まれたように、一同の目の前から消えていきます。

「なに――!?」

 トアたちが驚いて駆けつけようとすると、とたんに弓矢の少年が動きました。剣を収めて素手に戻り、トアを片端から殴り飛ばしていきます。

 鎧の少年は部屋の出口の前に立ちました。何かをかばうように剣を振りかざし、トアたちを近づけまいとします。その背後で、出口に向かって走る足音がします……。

 トアたちは歯ぎしりしました。何かがいます。それがゴブリンをさらって逃げていくのですが、目を凝らしても、その正体を見極めることができません。

 

 トアの一人が出口へどなりました。

「ヘルハウンド! 出ていく奴を逃がすな!」

 ガゥン、と外から巨大な犬の声が響きました。トアたちが飼っている番犬です。屯所の裏手から駆けつけてくる気配がします。

 すると、鎧の少年も叫びました。

「ポチ!」

 それに応えるように外から聞こえてきたのは、ゴゴゴゥと風のうなる音でした。ヘルハウンドがけたたましくほえる中、猛烈な風が屯所を取り囲んで荒れ狂います。

 すると、大きなものが建物の外壁にぶつかる音がして、キャウン、と犬の悲鳴が上がりました。ヘルハウンドが吹き飛ばされて、壁にたたきつけられたのです。そこへ、もっと大きな犬の声が響き渡ります。

 ウォン、オンオンオン!!!

 何故だか風の音にも似ています。

 ヘルハウンドがまた悲鳴を上げました。恐怖にかられて逃げ出した犬を、風の音が追いたてて離れていきます――。

 

「ゼン!」

 と鎧の少年がまた叫びました。弓矢の少年が、おう、と答え、近くにいたトアを殴り倒して出口へ走りました。その後を追って鎧の少年も駆け出します。

「逃げるぞ!」

「捕まえろ!」

 トアたちが跳ね起きて出口へ突進すると、鎧の少年がキリッと靴を鳴らして立ち止まりました。鋭く振り向き、掲げた剣を勢いよく振り下ろします。とたんに切っ先から炎の塊が飛び出して、部屋の真ん中のテーブルに激突しました。テーブルだけでなく、周囲の椅子まで火に巻き込んで燃え上がります。

 トアたちが思わずたじろいだ隙に、少年たちは屯所の外へ飛び出していきました。鎧の少年がまた何かを叫びます。

 すると、風の音が戻ってきました。屯所が再び嵐のような風に巻き込まれ、石造りの壁や天井がみしみしと鳴ります。

 ようやく風がやみ、トアたちが屯所の外へ飛び出した時、そこにはもう誰もいませんでした。金の鎧兜の少年も、弓矢を背負った少年も、ゴブリンも……風にさらわれたように、どこかへ消えてしまっていました。

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