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第15巻「闇の国の戦い」

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第9章 屯所(とんしょ)

28.町外れ

 ゴブリンのヨは、トアを案内して町外れへ歩いていきました。

 冷たい灰色の道にトアの靴音だけが響きます。ゴブリンはほとんど足音を立てませんが、代わりに賑やかにしゃべり続けます。

「その人間たちは人を捜してこの国に来たんだヨ。友だちを探しに来た、って言っていたヨ」

「友だち? この国に連れてこられた人間を連れ戻しに来たのか」

 とトアが言います。闇の民は、友だちということばは知っていても、実際に友人を持っていることはまれです。友だちを探しに来た、と聞かされて、そんなふうに思い込みます。

 ヨはにやにやすると、トアには返事をせずに、自分の話を続けました。

「そいつら、四人もいるんだヨ。男が二人と、女が二人だヨ」

「どんな連中だ?」

「一人は勇者だヨ。鎧を着てるし剣を持ってる。もう一人は弓矢を持ってる猟師だヨ。女は二人とも普通みたいだヨ」

 ふぅむ、とトアはうなり、行く手へ用心深い目を向けました。闇の国まで入り込んできたのですから、人間といっても、ただ者ではないはずです。四人もいると聞かされて、一瞬仲間を呼びに行こうかと考え、すぐに思い直しました。それだけの侵入者を自分一人で逮捕すれば、それこそドルガへの昇進は間違いなかったからです。

 小さなゴブリンは、ひょこひょこと家々の間を歩いていきました。やがて、家がなくなる町外れまでくると、行く手を指さして言います。

「あそこだヨ。あの家の先で人間たちが待っているんだヨ」

 トアはゴブリンを追い抜きました。腰の剣に手をかけ、家の壁に体を寄せ、身構えながらその向こう側をのぞきます――。

 

 とたんに、トアは目を見張りました。

 家の向こうの町外れには誰もいなかったのです。ただ灰色の石におおわれた地面と、その向こうに広がる草原が見えているだけです。トアは鋭くゴブリンを振り向きました。

「いないぞ!」

 えっ!? とゴブリンは飛び上がり、町外れへ飛び出しました。きょろきょろあたりを見回しながら言います。

「そ、そんなはずはないヨ! ちゃんとここにいたんだヨ!」

「どこにだ! 痕もないぞ!」

 とトアがどなり続けるので、怪物は震えながら弁解しました。

「オ、オレ、嘘はついてなかったヨ。人間たちは本当にここにいたんだヨ。オレ、街の様子を見てくるから、ここで待ってるようにって言ったんだから。あいつら、勝手にどこかに行っちゃったんだヨ」

「どこへ!?」

 トアは怒りに顔を真っ赤に染めていました。今にも剣を抜いて切りつけそうです。ゴブリンは悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまりました。

「こここ、殺さないでヨ! オレ、嘘はついてないヨ! だましてないヨ! 勝手に逃げたあいつらが悪いんだヨ――!」

 キィキィと響く声で泣き叫びます。

 

 そのとき、家の外壁の陰から、一本の手が伸びてきました。子どものように小さな黒い手で、指先には鋭い爪が生えています。手はそうっとトアに近づいていきました。トアが体に巻き付けている階級章の鎖をつかもうとします。

 たちまちトアが振り向きました。

「誰だ!!?」

 と叫び、黒い手を捕まえて引きずり出します。

 壁向こうから出てきたのは、もう一匹のゴブリンでした。先のゴブリンとそっくりの恰好をしていて、キィーッと大きな悲鳴を上げます。

 トアはそれを地面に投げつけました。頭を抱えて泣いていたゴブリンが飛び上がって立ちすくみます。その顔に涙はありません。嘘泣きだったのです。

 なるほどな、とトアは皮肉っぽく笑いました。

「俺をだまして、階級章を盗むつもりでいたのか。ゴブリンの分際でトアに盗みをはたらこうとは、いい度胸だ。褒美に貴様らにはこれをくれてやる!」

 トアが剣を抜いて振り下ろしたとたん、ばっと赤いしぶきが飛んで、ゾが悲鳴を上げました。血をまき散らして石の地面に倒れます。

「キョウダイ!!」

 とヨが悲鳴を上げると、トアはそれをわしづかみにして言いました。

「貴様は殺さずにおいてやる。さっきの話はゴブリンの作り話にしてはできすぎていたからな。本当に何かを知っているんだろう。一緒に来い!」

 とヨの細い両腕をつかんで引きずっていきます。ヨはもがき、泣き叫びました。

「イヤだ、イヤだ!! オレ、何も知らないヨ!! 助けてヨ! 放してヨ! ゾ――ゾ!! しっかりするんだヨ――!!」

 トアが小さなゴブリンを持ち上げて地面にたたきつけました。ギャッと声を上げてヨが気を失います。トアはそれを小脇に抱えていきました。すぐに街中に姿が消えます。

 ゾは地面から顔を上げました。背中の傷から血が流れ続けています。痛みにあえぎながら、ゾは呼びました。

「ヨ――ヨ――」

 弱々しい声はすぐにやみ、街はまた静かになりました……。

 

 

 フルートたちは、ヨとゾに言われた場所で、ずっと待ち続けていました。

 町外れから眺める街や草原は静かでした。人の姿はほとんど見当たりませんし、たまに遠くに人影が見えても、すぐにどこかへ消えていきます。闇の国では住人同士が交流することはほとんどないのです。闇の街には、妙な空虚感が漂っています。

 やがて、メールが言いました。

「遅いよね、ゾとヨ。どこまで行ったんだろ?」

「ったく。あのチビども、また危ない目に遭ってるんじゃねえだろうな」

 とゼンも言います。いつの間にか、ゼンはゴブリンたちを悪く言わなくなっていました。文句は言いますが、心配しています。フルートも気がかりそうに街を眺めて続けていました。

 すると、ルルが急に鼻面を上げて匂いをかぎ、ポチはぴん、と耳を立てました。

「血の臭いだわ……!」

「ワン、何かが近づいてくる!」

 フルートたちは身構えました。武器に手をかけ、すぐに走り出せる姿勢をとって、犬たちが警戒する方向を見つめます。

 すると、遠い目になっていたポポロがいきなり、いやぁ! と悲鳴を上げました。犬たちもぎょっとした様子に変わります。

「やだ、この匂い――!?」

「ワン、ゾですよ!」

 駆け出した犬たちの前に、建物の陰からゴブリンが姿を現しました。道にうつ伏せになり、両手で石の地面をつかんで、ずるりと這い出してきます。その背中には大きな傷がありました。両手も生爪がはがれて血だらけです。ゾは、負傷した体で地面を這って、ようやくここまでたどり着いたのでした。

 

「ゾ――!!?」

 フルートたちはいっせいに駆け寄りました。ゼンがかがみ込んで驚きます。

「剣の傷じゃねえか! なんだよ、これ!?」

「早く手当てしないと!」

 とメールも言いましたが、闇の怪物にどんな手当や薬が有効なのか彼らにはわかりません。とりあえずゼンが布で傷を縛って止血すると、痛い、痛いゾ、とゴブリンが泣き叫びます。

 そのかたわらに膝をついて、フルートは尋ねました。

「何があったんだ、ゾ!? ヨはどこだ!?」

 すると、ゾがまた泣き声を上げました。今度は傷が痛んだのではありません。

「ヨはトアに捕まって連れていかれたゾ――。ヨはトアに殺されるゾ」

 何故!? とフルートはまた尋ねました。何が起きたのか、まるで見当がつかなかったのです。

 すると、ゾがすすり泣きながら言いました。

「オレたち、トアをおびき出して、象徴を盗むつもりだったんだゾ――。ウルグの王子は荒野の中に住んでいるから、呪いのかかってない小径を通らないと、逢えないんだゾ。トアの象徴があれば、小径が見えるようになるから、それを盗もうとしたゾ――」

 なんてこと! とルルが言い、フルートたちは絶句しました。闇王の親衛隊から象徴を盗み出すことなど、小さなゴブリンにできるはずがなかったのです。

 だって、だって……とゾは言い訳するように繰り返しました。

「あんたたちは、オレたちを助けてくれたゾ……。餌もくれたし、頭も撫でてくれたゾ。だから、オレたち、あんたたちの役に立ちたかったんだゾ……。オレたちはちっぽけなゴブリンだけど、なんとかして、あんたたちを、ウルグの王子のところまで、連れていってやりたかったんだゾ……」

 ゾの声と体が震えだしていました。フルートがあわてて抱きしめると、いっそう激しく震えながら、ゾが言いました。

「ヨを――助けてほしいゾ――。トアは、ヨが何か知ってると思って――連れていったゾ――。ヨが――ひどい目に遭う――」

 ぱたりと声がやみました。フルートの腕の中でゾが動かなくなります。

 

 いっせいに悲鳴を上げた少女たちを、フルートは、しっと制しました。

「大丈夫、気を失っただけだ」

 フルートに抱かれたゴブリンは、ぐったりしていましたが、よく見ると背中がかすかに上下していました。呼吸をしているのです。それをメールの腕に渡して、フルートは言いました。

「ゾを頼む。ポポロやルルとここで待っていてくれ。ぼくたちはヨを助け出してくる」

 きっぱりとした口調です。

 すると、ポポロとルルが言いました。

「あたしも行くわ、フルート!」

「私もよ! 親衛隊に攻撃されたらどうするつもり!? 戦力が必要なはずよ!」

 フルートは少し考えてから答えました。

「じゃ、ポポロは一緒に来て魔法使いの目でヨを探してくれ。ルルはここに残って、メールとゾを守ってほしいんだ。この国には、メールに使える花が咲いていないからね」

 それを聞いて、メールは口をへの字に歪めましたが、反論はしませんでした。この国には闇の花しか咲いていません。闇の花は決してメールの言うことを聞いてくれないのです。

「気をつけて。無茶をしないのよ」

 とルルが心配そうに言ったので、ポチが答えました。

「ワン、ルルこそ無理しちゃだめですよ。やっとまた自分で立てるようになったところなんだから。人が近づいてきたら、戦わずにやり過ごしてくださいよ」

「ま――」

 生意気ね、ポチ、と言おうとして、ルルは途中でやめ、照れたように、つんと顔をそむけました。

「わかったわよ。無理はしないわ」

 ポチと想い通じ合って、以前より少しだけ素直になったルルです。ポチが犬の顔でほほえみます。

 

「よし、行こう。ヨを取り戻すぞ」

 とフルートが言い、ゼン、ポポロ、ポチと共に駆け出しました。ルルと、ゾを抱いたメールがそれを見送ります。

 フルートたちは町外れの家の角を曲がり、そのまま見えなくなっていきました――。

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