「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第15巻「闇の国の戦い」

前のページ

27.街

 「見えたゾ。あれがヤシャの街だゾ」

 とゴブリンのゾが伸び上がって行く手を指さしました。

 そこは短い草が生える野原の中でした。荒野ではありません。川に沿って歩いていくうちに、森が終わり、その先が草原になっていたのです。街に近い場所には闇の花や危険なものはあまりない、とゴブリンたちが言うので、一行は草の中を進んでいました。闇の民であっても、身近に人食い花や危険な怪物がいるのはごめんだ、ということのようです。

 彼らの前方にはまっすぐな石畳の道が横たわっていて、道の左手には川と荒野が、右手の先にはゾが指さす街がありました。闇の国の街や城を結ぶ街道なのです。街は灰色の石でできていました。ゼンがそれを眺めて言います。

「石の街なのかよ。俺たちドワーフの村とはだいぶ感じが違うな」

「いやに四角い感じがする街ね。それにすごくきちんと並んでいるわ」

 とルルも言いました。ルルはまだゼンの腕に抱かれていましたが、だいぶ元気になって、ゼンの肩に前脚をかけて伸び上がっていました。意外なくらい整然とした闇の街に、目を丸くしています。

 

 ゴブリンたちの後について街に入ると、その違和感はますます強まりました。

 街はいたるところが灰色の石でおおわれていて、殺風景なくらい何もなかったのです。四角い石の家が等間隔で並んでいるだけで、庭や花壇などはないし、家を彩る窓や飾りなどもありません。家々にはまったく同じ色形の扉がひとつだけあって、そこに文字が書かれていました。その家の住人の名前が記号で書かれているんだヨ、とゴブリンが説明します。

「ねえさぁ。なんでこんなに、どこもかしこも同じわけ? ホントにまったく同じ家ばかりじゃないか」

 とメールが言いました。驚いていますが、もう闇の街に入り込んでいるので、聞きつけられないように声は抑えています。

「ワン、それに、ものすごく整っていますよ。ぼく、闇の街の国は、もっとおどろおどろしくて、雑然としているんだと思ったのに」

 とポチも首をかしげます。

 フルートがかがみ込み、地面をおおいつくす石に触れて言いました。

「これは街道の石畳と同じ石みたいだな……。ゾとヨは、呪われた場所の中でも、街道だけは安全なんだ、って言っていたよね? この石が闇の国の呪いを防いでいるんじゃないかな?」

「そうだゾ。呪いがかからない場所だから街なんだゾ」

 とゾが答えます。

「じゃあ、どの家もまったく同じなのは何故?」

 とルルが尋ねると、そちらにはヨが答えました。

「よそと違うものを外に置くと盗まれるからだヨ。盗めないものは壊されるヨ。みんな、他のヤツが自分と違うものを持っているのが嫌なんだヨ」

「うらやましがられるってこと?」

 とルルが言うと、フルートが真剣な顔で言いました。

「それはもう、うらやましいなんてレベルじゃないな。自分にないものを持っている相手を妬んでいるんだ」

 二匹のゴブリンはうなずき、キィキィと話し続けました。

「オレたちもそうだったんだゾ。双子のゴブリンはすごく珍しいから、オレたちのご主人はいつも他の連中から妬まれていたんだゾ」

「だから、オレたちのご主人はすぐ他の連中から襲われたヨ。双子のゴブリンをよこせ、って言われて、殺されたんだヨ。ご主人が殺されると、オレたちのご主人が替わるけど、そのご主人もまたすぐ別の奴に殺されたから、闇の花畑に食われたご主人が、ちょうど十人目だったんだヨ」

「なんだよ、その話!」

 とゼンは思いきり顔をしかめ、他の者たちはうすら寒い顔になりました。他人から妬まれないために無個性になった街を、乾いた風が吹き抜けていきます――。

 

「これが闇の国なんだ」

 とフルートがつぶやくように言いました。

「誰もが本当に自分のことだけしか考えない国。こんなところに、キースたちは住んでいたんだ……」

 すると、闇の民の友人たちの笑顔が浮かんできました。困ったように頬をかきながら笑うキース、物静かにほほえむアリアン、えへへっと人なつこく笑いかけてくるロキ。こんな殺伐とした国に住んでいたのに、明るい笑顔を失わずにいたことが、奇跡のように思えてきます。

「助け出しましょう、アリアンとグーリーを」

 とポポロが言いました。両手を祈るように組み合わせ、目に涙を浮かべています。

「キースもね」

 とメールも言います。

 

 フルートはゾとヨにかがみこみました。

「キースはこの街のどこにいるの? 一刻も早く彼に会わなくちゃいけない。案内してくれ」

 すると、ゴブリンたちは急にあわて出しました。小さな足を踏み鳴らしながら言います。

「そそそ、それにはまず、順番があるゾ」

「そそそ、そうだヨ。まず、オレたちが街の中に行くヨ」

「君たちが?」

 とフルートは驚きました。

「おまえら、んなことをしたら捕まるんじゃねえのか? 双子のゴブリンは珍しいんだろうが」

 とゼンも心配します。

「だだ、大丈夫だゾ。オレたちうまくやるゾ」

「ま、街の中にはトアがいるし、怪しいヤツを見つけ出す番犬もいるんだヨ。みんなで行ったら、きっと見つかっちゃうんだヨ」

 一行は顔を見合わせました。そんな街の中へゴブリンたちだけで行かせるのは不安でしたが、ゾとヨが強く言い張るので、とうとうやらせてみることにしました。

「無理や無茶は絶対にだめだよ」

 とフルートは言って、両手でゾとヨの頭を撫でました。二匹がびっくりした顔になります。生まれてこの方、誰かに頭を撫でられたことなどなかったのです。

「そら、これを食って元気をつけてけ。やばいと思ったら、さっさと逃げてくるんだぞ」

 とゼンもポケットから小さな焼き菓子を出して放ってやります。ゾとヨはいっそう仰天しましたが、急いで菓子を拾ってほおばると、また一行を見ました。ぴょこん、と頭を下げてから、灰色の街の中へ走っていきます。

「ワン、大丈夫かな……」

 と心配するポチのかたわらで、ポポロは遠いまなざしになり、すぐに困った表情に変わりました。闇が濃いこの国では、彼女の魔法使いの目もあまり役に立たなかったのです。

「ここは彼らの国だ。勝手だってわかるんだろうから、それを信じるしかないよ」

 とフルートが言います。

 一行は、町外れにたたずんだまま、いつまでも街並みを眺め続けました――。

 

 

 棘のついた首輪をはめた巨大な犬が、街の通りを歩いていました。匂いをかぎ、あたりを見回しながら、ゆっくりと進んでいきます。

 それに少し遅れて、トアの男が街を見回っていました。角と牙と翼を持ち、黒い胸当ての上に階級章を巻き付け、腰には剣を下げています。闇の街は静かでした。住人たちは自分の家にこもってそれぞれの楽しみにふけっているのですから、当然です。

 すると、行く手の犬が急にウゥーッとうなり出しました。家と家の間の路地に何かが隠れていたのです。トアが駆けつけて剣に手をかけると、とたんに甲高い声が上がりました。

「こここ、殺さないで! 殺さないでヨ! オレはただのあわれなゴブリンだヨ!」

 ちっぽけな怪物が一匹、犬とトアに恐れをなして石の壁にへばりついていました。周囲に人影が見当たらないので、トアは尋ねました。

「貴様、一匹だけか? はぐれゴブリンか?」

 犬がまた大きくうなったので、怪物は飛び上がって、いっそう強く壁にしがみつきました。

「そそそ、そうだヨ! オ、オレのご主人は昨日死んだばかりだヨ! 闇の花畑に食われたんだヨ!」

「闇の花畑に?」

 トアは厳しい顔になりました。昨日、闇の花畑で謎の火災が起きた知らせは、このトアにも届いていました。光に属するものが封印を越えてこの国に入り込んだようだ、という情報も伝わっています。ゴブリンの話を怪しいと思わせるのに充分な材料が揃っていました。

 犬がゴブリンを食おうと狙っているので、トアは犬を先へ行かせてから言いました。

「貴様、何かを知っているな? 貴様の主人は誰に殺された? 正直に話せ」

 トアは腰の剣に手をかけていました。ゴブリンが少しでもためらえば即座に切る構えです。

 

 ゴブリンはまた悲鳴を上げて飛び上がりました。震えながら言います。

「だめだヨ、オレを切っちゃだめだヨ! オレ、すごい情報を持っているんだヨ! オレを殺したら、それが手に入らなくなるヨ!」

「すごい情報? なんだそれは?」

 トアが興味をひかれると、とたんに小さな怪物は表情を変えました。にやっと小ずるく笑って、媚びるようにトアを見上げます。

「ただでは教えられないヨ。ものすごい情報なんだから。トアがドルガになれるかもしれないんだヨ」

 ドルガとはトアの上に位置する、親衛隊の最高階級です。ふん、とトアは馬鹿にするように笑いました。

「ゴブリンのくせに交渉する気か。よし、その情報を買ってやろう。それが本当に役に立つものだったら、貴様を俺のしもべにしてやる」

「しもべはイヤだヨ。オレ、自由がいいんだヨ。金と食い物をどっさり。そして、オレを逃がしてくれれば、オレは大事なことを教えるヨ」

「情報が先だ。本当に意味のある内容だったら、約束のものをくれてやる」

 約束を守る気などまったくないのに、トアはそんなことを言いました。相手は馬鹿で非力なゴブリンです。約束を守れと騒がれても、力にものをいわせて言うことを聞かせれば良いだけでした。

 そうとは知らずに、ゴブリンは得意そうに笑いました。

「これを聞けば、絶対驚くヨ。オレ、この国に忍び込んだ人間たちの居場所を知ってるんだから。姿を隠して、この街まで来ているんだヨ」

 トアは本当に仰天しました。ここは彼の管轄の街です。そこにやってきた侵入者を捕まえることができれば、本当にドルガに昇進できるかもしれません。

 トアは相手を脅して聞き出そうとして、すぐに思い直しました。猫なで声になって言います。

「なるほど、それは役に立つ情報だ。で、その人間どもはどこにいると言うんだい?」

「町外れに隠れているヨ。オレ、だまして、そこに待たせてきたんだ」

 とゴブリンがいっそう得意そうに答えます。

「そうか、ではそこに案内してくれないか?」

「ただでは教えられないヨ。金と食い物をどっさり。それと交換だヨ」

「わかった。だが、先にその人間たちの居場所を教えてくれ。逃げられてしまっては大変だからな」

 ゴブリンは小さな頭をかしげて少し考えると、くるりと背を向けました。

「こっちだヨ」

 と先に立って歩き出します。

 トアはゴブリンの後について、町外れへと向かっていきました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク