闇の国に朝が来て、フルートたちは目を覚ましました。木の上に作った足場から起き上がって、伸びをします。
「よく眠れたか?」
と明け方の見張りに立っていたゼンが尋ねてきたので、うん、とフルートやポチはうなずき、メールも、まあね、と答えます。ところが、ポポロは自分の両手を見つめて言いました。
「魔法が回復していないわ……朝が来たのに昨日のままよ」
仲間たちは思わずうめきました。
「案の定かよ。フルートが予想していたとおりだな」
「ワン、ここが闇の国だからですね。朝が来たように見えてるけど、これは本物の朝じゃないんだ」
「ポポロ、あんた、昨日いくつ魔法を使ったっけ?」
「ひとつよ……。封印の魔法陣を開くときに。残りはあとひとつだけ……」
魔力は大きくても、一日に二回しか魔法を使えないポポロです。自分がひどく役立たずのように感じられて、涙ぐんでしまいます。
すると、フルートがその手を取って言いました。
「魔法はまだひとつあるよ。それを最後まで使わずに取っておいて。この闇の国からまた脱出するときに、絶対に必要になるからね。――他のことならば大丈夫。敵はぼくやゼンが追い払えるし、ポチたちだっている。ラクさんの呪符だって、ぼくらを守ってくれているんだから」
優しくて力強い励ましでした。ポポロはフルートを見上げてうなずき、うるんだ目から涙をぬぐいました。
一方、双子のゴブリンのゾとヨは、狭い足場の上をぴょんぴょん飛び回っていましたが、ふと、ルルがまだ寝そべったままでいるのに気がついて、言いました。
「おまえはどうしてまだ寝ているんだゾ?」
「朝が来たのにまだ眠いのかヨ?」
すると、ルルは腹ばいになったまま、不機嫌な声で言いました。
「違うわよ。ちょっと――体がだるいだけよ。すぐ治るわ」
それを聞いて、全員が今度は雌犬に集まりました。
「具合が悪いの、ルル!?」
「どら、ちょっと見せてみろ」
ゼンがルルにかがみ込んで、体のあちこちに触れます。
「特にどこかが悪いってわけじゃねえみたいだな。だるい以外に具合の悪いところはねえのか?」
「ここが闇の国だからかもしれないな……。ルルは天空の国の犬だから、聖なる獣と同じように、長く闇の国にいると具合が悪くなってくるのかもしれない」
とフルートが考えながら言います。
「いやね、ちょっと疲れているだけよ。心配ないったら。大げさね」
とルルは立ち上がりました。皆の前で頭をしゃんと上げて、ふさふさの尻尾を振って見せます。ルル、とポチはつぶやきました。元気そうに見せても、ルルはやっぱりどこかつらそうです。
「よし、とにかく朝飯にしよう。食わなきゃ元気が出ねえからな」
とゼンが言ったので、一行はそのまま朝食をとることにしました。竹の皮に包んだ携帯食はもうなかったので、甘い焼き菓子のようなものをゼンが配ります。二匹のゴブリンたちも、他の者と同じようにおとなしく待っていて、焼き菓子を受けとると片隅で食べ始めました。まだ用心はしていますが、昨夜よりずっとなじんできたように見えます。
ルルも食事を始めたので、仲間たちは少し安心しました。それぞれ自分の焼き菓子を食べながら話を始めます。
「できるだけ早くキースを見つけて、で、アリアンやグーリーを助け出さなくちゃならねえな。この闇の国は本当にやばい感じがするぞ。ここに来てからずっと、俺の首筋がちくちくしっぱなしなんだ。ここに長居するのは絶対に危険だな」
とゼンが言ったので、フルートはうなずきました。
「金の石が眠っているから、闇の影響をもろに受けてしまうんだ。ルルの他にも、調子が悪くなる者が出るかもしれない。急がなくちゃいけないな」
「ねえさぁ、ゾ、ヨ。あんたたち、キースのいるところを知ってるって言ったよね? そこまで、あとどのくらいかかるのさ?」
とたんに、二匹のゴブリンは飛び上がりました。ぎょっとしたような反応だったので、たちまちゼンが怪しむ顔になります。
「なんだよ。おまえら、本当はキースの居場所を知らないんじゃねえのか? 口から出まかせ言ってやがったんじゃねえだろうな」
「そそそ、そんなことないゾ!」
「そそそ、そうだヨ! ちゃんと知ってるヨ!」
とゴブリンたちは答えました。手に食べかけの菓子を持ったまま、右へ左へ飛び跳ねてあわてています。
「知ってるんなら、何をそんなに焦ってやがる? やっぱり怪しいな」
「あああ、怪しくなんてないゾ! ホントだゾ!」
「ほほほ、ホントに知ってるヨ! ちゃんと案内するヨ!」
「どこさ? どっちに行けばいいわけ?」
とメールがまた尋ねると、二匹のゴブリンは言いました。
「ま、街に行かなくちゃならないんだゾ」
「だ、だから心配してるんだヨ」
街に? とフルートたちは驚きました。街には闇の民が大勢いるはずです。そんな場所へ行って大丈夫だろうか、と心配になります。
すると、ゴブリンたちはいっそう熱心に言いました。
「大変でも、行くしかないんだゾ」
「そうしないと、ウルグの王子には会えないんだヨ」
ポチは、くん、と鼻を鳴らして、すぐに困惑してしまいました。ゴブリンたちが嘘をついているかどうか、うまくかぎわけることができなかったのです。怪物の感情の匂いは、人や動物とは質が違っていて、見当がつきません。
「ヤシャって街だゾ」
「ここから歩いて二時間くらいだヨ。あんまり遠くないヨ」
とゴブリンたちは言い続けていました。仲間たちはフルートを見ました。判断に迷ったとき、行動を決定するのはリーダーです。
すると、フルートはあっさり言いました。
「もちろん行くさ。そこに行かなかったらキースに会えないんだろう? それなら迷うことなんかないさ」
相変わらず、頑固なほど決心の変わらないフルートです。ゼンは渋い顔で肩をすくめました。
「しゃあねえな。気をつけろよ、みんな」
「守りの呪符に期待するしかないよね」
とメールも言います。
……キースは荒野に住んでいるんだから街に行くのは変じゃないか、とゴブリンたちを問いただすことができる者は、そこにはいませんでした。
すると、ゾとヨがフルートたちに向かってまた言いました。
「街まで歩くと腹が減るゾ」
「だから、餌のお代わりがほしいんだヨ」
にやにやと愛想笑いをしながら、せびる目で一行を見上げてきます。
「もちろんいいよ。さあ、どうぞ」
と、すぐに自分の荷物から食料を取りだして、怪物たちに渡してやったフルートでした――。