食事が終わると、一行は木の上で仮眠をとりました。ゼンがロープと防水布で作ってくれた床はしっかりしていて、全員が横になってもまったく危なげがありませんでした。最初の見張り役のフルートを残して、皆すぐに眠ってしまいます。
フルートは木の幹にもたれて片膝を抱え、灯り石に照らされる仲間たちを眺めました。ゼンとメールとポポロ、ポチとルル、そして二匹のゴブリンのゾとヨ――。ここは危険が渦巻く闇の国ですが、おびえることもなく静かに眠っています。
すると、寝ていると思ったポポロが、急に目を開けました。
「フルート……」
「まだ起きていたの？」
とフルートが言うと、うん、とポポロが起き上がってきました。
「眠る前に周りを透視していたのよ……。ゴブリンたちが言っていたとおり、森は人面樹でいっぱいだし、地面には川の向こうから呪いが広がってきているの。地上にいたら、あたしたちも呪いに捕まったと思うわ」
「ゴブリンたちは嘘を言っていなかった、ってことだね」
とフルートは言って、周囲を見回しました。フルート自身には暗闇しか見えませんが、その彼方から、キーッと悲鳴のようなものが聞こえてきました。闇の国の生き物が、人面樹か地上の呪いに捕まったのかもしれません。
フルートは思わず溜息をつきました。
「闇の国はどこもかしこも呪われているんだ、って昔ロキが話していたけれど、本当だな。闇と悪意が世界中をおおっているから闇の国なんだ」
そうね、とポポロはうなずきました。
「ここは闇魔法でできている国よ。国中に闇が充ちていて、いろいろなものに影響を及ぼしているの……。この森も、最初は普通の森だったのが、闇の影響で人面樹の森になってしまったのかもしれないわね」
「闇はいろいろなものに影響して、それを変えていくってことだよね。神獣や動物を闇の怪物にしたり、人を闇の民にしたり。そうすると、思いやりの心を忘れて、弱いものをいじめたり利用したりすることばかり考えるようになるんだ」
フルートはくっつき合って眠るゴブリンの兄弟を見つめていました。闇の怪物の中でも特に小さくて弱いゴブリンは、他の怪物たちからも馬鹿にされて、さんざんこき使われているようです。それを思うと、ゴブリンたちのずるさや卑屈さも理解できるような気がします。それに――
少し黙り込んでから、フルートはまた話し出しました。
「ぼくたちが一番最初に倒した魔王も、その正体はゴブリンだった……。あいつが死ぬときに、ぼくたちに言っていたよね。闇の奴らでさえ、一番小さいゴブリンを馬鹿にする。だから、闇も光も人間の世界も、すべてを支配して一番偉くなるんだ。自分をいじめた世界中の奴らに仕返しをするんだ、って……。そんなことは絶対に許すわけにはいかなかったから、ぼくたちはあいつを倒した。だけど、ずっといじめられて、誰からも大切にされないできたら、そんなことを思うようになるのも無理はないのかな、って……今は、そんなふうにも思ったりするんだ」
金の兜からのぞくフルートの横顔は、悲しげな表情を刻んでいました。世界中の生き物を不幸にして、それを見て自分は笑うんだ、と言っていたゴブリンに、とどめの剣を振り下ろしたのはフルートです。あのときには、それが一番正しいことのような気がしていました。けれども、本当はもっと別の解決方法があったんじゃないか、という気もするのです。
そんなフルートに、ポポロは言いました。
「ゴブリン魔王にだって、何度も引き返すチャンスはあったのよ。でも、あの人はそうしなかった……。自分で選んだ道の結果は、自分で引き受けるしかないんだ、って占神も言っていたでしょう？ 他人を不幸にして喜ぶような人は、どうしたって許してもらえなくなるのよ……」
フルートはうなずきましたが、悲しげな表情は消えませんでした。優しすぎる勇者は、いつも自分の優しさに責められて傷ついているのです。場合によっては、自分が傷つけた相手よりももっと深く。見つめるポポロの瞳に、涙が浮かびます。
すると、フルートがゴブリンの兄弟を見ながらまた言いました。
「彼らには、そんな道を歩かせたくないな……。ゴブリンだって、ちゃんと幸せになっていっていいはずなんだから」
寄り添って眠るゾとヨは、なんだか本当に二匹の子犬のように見えていました。体をくっつけて、互いを暖め合っています。
そうね、とポポロは言って、そっと自分もフルートの隣に寄り添いました。冷たい鎧を着たフルートが、少しでもぬくもりを感じてくれれば、と願いながら。
穏やかに寝息を繰り返す仲間たち。それを見守るフルートとポポロ。
そんな彼らを、灯り石の白い光が淡く優しく包んでいました……。
