「このお人好しの大間抜け!! いい加減、自分を大切にするってことも覚えろ!! いつも死ぬほど危なくなりやがって! オレたちがいなかったら、どうなったと思うんだ!?」
風の犬に乗ったゼンが、隣を飛ぶフルートを盛大にどなりつけていました。フルートが首をすくめて、ごめん、と言います。ゴブリンを助けようとして、仲間たちまで危険な目に遭わせたのですから、謝るしかありません。その頭には金の兜が戻っていました。闇の花畑から逃げる際に、ゼンが拾っておいてくれたのです。
ゼンとメールはポチに、フルートとポポロはルルに乗って、空の上を飛んでいました。少女たちの腕には、子犬のようにちっぽけなゴブリンが一匹ずつしがみついています。それを指さして、ゼンはどなり続けました。
「だいたい、どういうつもりなんだ!? こいつらは闇の怪物だぞ! こんなのを助けて、敵の数を増やすヤツがあるか!」
「でも、いくら闇の怪物だって、むやみに殺す必要はないんだよ。ぼくたちに悪さをしていたわけじゃないんだし。見殺しにはできなかったよ」
とフルートが答えます。
「ど阿呆!! 今までこの連中にどんな目に遭わされてきたか忘れたのか!? こいつらもすぐ俺たちの敵に回るぞ! さっさと捨てちまえ!」
腹を立てたゼンに本当に地上へ投げ捨てられそうになって、メールの腕のゴブリンが悲鳴を上げました。腕に爪を立てられて、メールも声を上げます。
「痛っ! 痛いったら、ゼン! こんな高いところから放り出したら、いくらゴブリンでも死んじゃうよ。せっかく助けたのに、それはないだろ」
「馬鹿野郎! おまえまでこんな連中の味方をするのかよ!?」
とゼンが今度はメールに食ってかかります。
そんなゼンから逃げるようにしながら、ゴブリンたちがキィキィと言いました。
「いくら闇の怪物でもオレたちを殺すのはかわいそうだゾ! オレたち、悪さはしてないんだゾ!」
「そうだヨ! 落ちたらゴブリンだって死んじゃうヨ! 死ぬのはイヤだヨ!」
「るせぇ、真似してんじゃねえ! おい、ポチ、ルル、高度を下げろ! こんな連中、さっさと捨ててやる!」
とゼンが言ったので、犬たちはすぐに地上へ降り始めました。犬たちも闇の怪物など背中に乗せていたくなかったのです。
すると、ゴブリンたちがいっそう騒ぎ始めました。
「イヤだゾ、イヤだゾ! こんなところに捨てられたら、オレたちすぐに見つかって殺されるゾ!」
「そうだヨ! 闇王の親衛隊が闇の花畑を燃やしたヤツを探すから、オレたち捕まって、ひどい目に遭わされるんだヨ!」
ポチとルルは空中で停まって風の顔を見合わせました。
「ワン、まずいですね。そうなったら、このゴブリンたちから、ぼくたちのことが闇王に伝わっちゃいますよ」
「大がかりに探されたら、呪符でも私たちを隠しきれなくなるかもしれないわね。どうしましょうか?」
「ったく、ホントにおまえってヤツは――!!」
とゼンがこの事態を招いたフルートの襟首をひっつかみます。
メールがなだめるように言いました。
「ここで騒いでたってしょうがないさ。やっちゃったものはしょうがないんだし。とにかく、急いでもっと離れようよ。安全な場所まで行ってから、ゴブリンを放してやればいいだろ」
それはしごくもっともな提案でした。ゼンが不承ぶしょう納得したので、犬たちはさらに遠くへ飛んでいきました。行く手に闇の国の町が見え始めていましたが、そこを避けて大きな森へ向かい、それも越えていきます。
すると、行く手に一面の荒れ地が現れました。森と荒れ地の間に、大きな川が流れています。一行はその手前に降りました。水に潜む怪物に用心して、川岸からは距離をとります。
少女たちが犬から降りると、とたんにゴブリンたちも地上に飛び下りました。二匹身を寄せ合って一行を見上げます。
「おまえら――オレたちに何をよこせって言う? オレたち、ゴブリンだけど何も持っていないゾ。金も宝も、なんにも持ってないゾ」
「オレたち、仕事もできないヨ。だって、小さくて力がないんだから。オレたち、ホントにちっぽけな怪物なんだヨ」
警戒しながらそんなことを言ってくるので、一行はあきれました。ゴブリンたちは、助けた見返りをフルートたちから要求されると思っているのです。
「んなもん、いるか! とっとと行っちまえ!」
とゼンがどなると、二匹はいっそう驚いた顔になって、大きな目玉をぐるぐるさせました。
「いらない……? 何もいらない? それなのに、オレたちを助けたのか? そんな馬鹿なコト、あるはずないゾ!」
「助けたヤツは絶対にオレたちから何かを盗るヨ。だから、オレたちもう何も持ってないんだ。オレたちにはもうオレたちしか残ってないから、それまで盗られたら、オレたち死んじゃうヨ。いくらゴブリンだって、死ぬのはイヤだヨ」
一匹はわめき、一匹はさめざめと泣き出したので、フルートたちは顔を見合わせてしまいました。
「ワン、なんだかこんな感じのやりとり、前にもあった気がしますね」
「ロキだよ。泣いたりはしなかったけど、北の大地で助けたときに、何か魂胆(こんたん)があるんだろうって疑ってきたんだ」
「結局、闇の国ってのはそういう場所だってことだな。おい、行こうぜ。ホントに、これ以上こんな連中と関わっていたくねえぞ」
と少年たちは話し合い、フルートが改めてゴブリンたちに話しかけました。
「ぼくらは本当に何もいらないんだよ。早くお逃げ。もう捕まらないようにね」
闇の怪物相手にも、フルートはやっぱり優しい声です。ゴブリンたちはびっくりしました。
「本当に何もいらない……?」
うん、とフルートはうなずき、今度は仲間たちへ言いました。
「さあ、行くぞ。ぐずぐずしてはいられないんだ。急いでキースを捜そう」
「馬鹿野郎。その台詞は、おまえが一番肝に銘じとけ!」
とゼンがまた怒ります。
ところが、彼らが風の犬に乗ってまた出発しようとすると、ゴブリンたちが話しかけてきました。
「そっちへ行くと危ないゾ」
「荒野を飛ぶと闇王の呪いに捕まるんだヨ」
フルートたちは驚きました。
「呪い?」
「そう、呪いだゾ」
「この先には闇王の城があるんだヨ」
とゴブリンたちに言われて、一行はまた顔を見合わせました。
「城を敵から守っているのね、きっと……。空から攻められないようにしているんだわ」
とポポロが言います。彼女は光の魔法使いなので、一帯をおおう強い闇の気配は感じられても、行く手に仕掛けられた闇魔法の罠を見抜くことはできません。
「空がだめなら歩きゃいいだろうが」
とゼンが言うと、ゴブリンたちがまた答えました。
「それも無理だゾ。荒野も呪われているゾ」
「安全なのは街道だけだヨ。だから、みんな街道を通るヨ」
ううむ、と全員はうなりました。街道となれば、闇の民も大勢通っているでしょう。そんな場所を歩いていくのは、いくら姿を隠していても、かなり危険です。
しばらく考えてから、フルートは怪物へ尋ねました。
「ねえ、君たちはキースを知っているかい?」
闇の怪物にそんな質問をするのは心配でしたが、この状態では動きようがないので、思い切って名前を出してみたのです。
ゴブリンたちが首をひねりました。
「キース?」
「キース・ウルグ。闇の王の十九番目の王子のはずなんだけれど」
とフルートが答えると、怪物たちはまたびっくり仰天した顔になりました。
「おまえら、どうしてそんなヤツを探しているんだゾ!?」
「ウルグの王子は変わり者だヨ。闇の王子なのに、城に全然いないで、一人で暮らしているんだヨ」
「キースは城にはいないんだ……。じゃ、城に行っても無駄なんだね」
とメールが言います。
フルートは片膝をついてかがみ込み、ゴブリンたちと同じ目の高さになって言いました。
「ねえ、君たちはさっき、助けたお礼はいらないのかと言っていたよね。君たちはキースのいる場所を知っているかい? 知っていたら、教えてほしいんだ。そうしたら、それが助けたお礼になるよ」
ゴブリンたちはまた大きな目をぐるぐる回しました。
「ウルグの王子に会いたいのか? どうしてだ? ウルグの王子は誰にも会わないゾ」
「ううん、きっと会ってくれるよ。キースはぼくたちの友だちなんだ」
とたんに、ゴブリンたちはひどくとまどいました。
「トモダチ……? トモダチってなんだ?」
「知らないヨ。食べるものかな」
「やだ。このゴブリンたちったら、友だちも知らないの?」
とルルがあきれると、ポチが考え込んで言いました。
「ワン、闇の国には友だちなんて存在しないんだ……。誰かが誰かを助けるのは下心があるときだけだし、強い者が弱い者を支配するだけなんだろうし」
フルートは、ゴブリンたちを見つめました。サルに似た小さな体、大きな耳、大きな目――いかにも怪物という姿をしていますが、意外なくらい無邪気な顔つきをしていました。まだ子どものゴブリンだったのです。今も、友だちということばが理解できなくて、本気で不思議そうにしています。
フルートは優しく言いました。
「友だちっていうのは暖かいものだよ。そして、とても頼りになるんだ。だから、ぼくたちはキースを捜している……。キースがいる場所を知っていたら教えてくれないか」
二匹の怪物は顔を見合わせ、やがて、こっくりとうなずき合いました。
「オレたち、知っているゾ」
「ウルグの王子の家まで案内してやるヨ。オレたちについてこい」
と先に立って川沿いに歩き出します。
少年少女と犬たちはとまどいました。本当についていって大丈夫なんだろうか、と誰もが考えたのです。そんな中、フルートだけはきっぱりと言いました。
「行くぞ。他に手がかりはないんだから、見えている道を行くんだ」
ためらうこともなくゴブリンの後についていきます。
「ったく――この二千年に一人のお人好し野郎!」
とゼンはわめくと、少女たちや犬の姿に戻ったポチやルルと一緒に、フルートを追いかけていきました。