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第15巻「闇の国の戦い」

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第6章 ゴブリン

18.ゴブリン

 「このお人好しの大間抜け!! いい加減、自分を大切にするってことも覚えろ!! いつも死ぬほど危なくなりやがって! オレたちがいなかったら、どうなったと思うんだ!?」

 風の犬に乗ったゼンが、隣を飛ぶフルートを盛大にどなりつけていました。フルートが首をすくめて、ごめん、と言います。ゴブリンを助けようとして、仲間たちまで危険な目に遭わせたのですから、謝るしかありません。その頭には金の兜が戻っていました。闇の花畑から逃げる際に、ゼンが拾っておいてくれたのです。

 ゼンとメールはポチに、フルートとポポロはルルに乗って、空の上を飛んでいました。少女たちの腕には、子犬のようにちっぽけなゴブリンが一匹ずつしがみついています。それを指さして、ゼンはどなり続けました。

「だいたい、どういうつもりなんだ!? こいつらは闇の怪物だぞ! こんなのを助けて、敵の数を増やすヤツがあるか!」

「でも、いくら闇の怪物だって、むやみに殺す必要はないんだよ。ぼくたちに悪さをしていたわけじゃないんだし。見殺しにはできなかったよ」

 とフルートが答えます。

「ど阿呆!! 今までこの連中にどんな目に遭わされてきたか忘れたのか!? こいつらもすぐ俺たちの敵に回るぞ! さっさと捨てちまえ!」

 腹を立てたゼンに本当に地上へ投げ捨てられそうになって、メールの腕のゴブリンが悲鳴を上げました。腕に爪を立てられて、メールも声を上げます。

「痛っ! 痛いったら、ゼン! こんな高いところから放り出したら、いくらゴブリンでも死んじゃうよ。せっかく助けたのに、それはないだろ」

「馬鹿野郎! おまえまでこんな連中の味方をするのかよ!?」

 とゼンが今度はメールに食ってかかります。

 

 そんなゼンから逃げるようにしながら、ゴブリンたちがキィキィと言いました。

「いくら闇の怪物でもオレたちを殺すのはかわいそうだゾ! オレたち、悪さはしてないんだゾ!」

「そうだヨ! 落ちたらゴブリンだって死んじゃうヨ! 死ぬのはイヤだヨ!」

「るせぇ、真似してんじゃねえ! おい、ポチ、ルル、高度を下げろ! こんな連中、さっさと捨ててやる!」

 とゼンが言ったので、犬たちはすぐに地上へ降り始めました。犬たちも闇の怪物など背中に乗せていたくなかったのです。

 すると、ゴブリンたちがいっそう騒ぎ始めました。

「イヤだゾ、イヤだゾ! こんなところに捨てられたら、オレたちすぐに見つかって殺されるゾ!」

「そうだヨ! 闇王の親衛隊が闇の花畑を燃やしたヤツを探すから、オレたち捕まって、ひどい目に遭わされるんだヨ!」

 ポチとルルは空中で停まって風の顔を見合わせました。

「ワン、まずいですね。そうなったら、このゴブリンたちから、ぼくたちのことが闇王に伝わっちゃいますよ」

「大がかりに探されたら、呪符でも私たちを隠しきれなくなるかもしれないわね。どうしましょうか?」

「ったく、ホントにおまえってヤツは――!!」

 とゼンがこの事態を招いたフルートの襟首をひっつかみます。

 メールがなだめるように言いました。

「ここで騒いでたってしょうがないさ。やっちゃったものはしょうがないんだし。とにかく、急いでもっと離れようよ。安全な場所まで行ってから、ゴブリンを放してやればいいだろ」

 それはしごくもっともな提案でした。ゼンが不承ぶしょう納得したので、犬たちはさらに遠くへ飛んでいきました。行く手に闇の国の町が見え始めていましたが、そこを避けて大きな森へ向かい、それも越えていきます。

 

 すると、行く手に一面の荒れ地が現れました。森と荒れ地の間に、大きな川が流れています。一行はその手前に降りました。水に潜む怪物に用心して、川岸からは距離をとります。

 少女たちが犬から降りると、とたんにゴブリンたちも地上に飛び下りました。二匹身を寄せ合って一行を見上げます。

「おまえら――オレたちに何をよこせって言う? オレたち、ゴブリンだけど何も持っていないゾ。金も宝も、なんにも持ってないゾ」

「オレたち、仕事もできないヨ。だって、小さくて力がないんだから。オレたち、ホントにちっぽけな怪物なんだヨ」

 警戒しながらそんなことを言ってくるので、一行はあきれました。ゴブリンたちは、助けた見返りをフルートたちから要求されると思っているのです。

「んなもん、いるか! とっとと行っちまえ!」

 とゼンがどなると、二匹はいっそう驚いた顔になって、大きな目玉をぐるぐるさせました。

「いらない……? 何もいらない? それなのに、オレたちを助けたのか? そんな馬鹿なコト、あるはずないゾ!」

「助けたヤツは絶対にオレたちから何かを盗るヨ。だから、オレたちもう何も持ってないんだ。オレたちにはもうオレたちしか残ってないから、それまで盗られたら、オレたち死んじゃうヨ。いくらゴブリンだって、死ぬのはイヤだヨ」

 一匹はわめき、一匹はさめざめと泣き出したので、フルートたちは顔を見合わせてしまいました。

「ワン、なんだかこんな感じのやりとり、前にもあった気がしますね」

「ロキだよ。泣いたりはしなかったけど、北の大地で助けたときに、何か魂胆(こんたん)があるんだろうって疑ってきたんだ」

「結局、闇の国ってのはそういう場所だってことだな。おい、行こうぜ。ホントに、これ以上こんな連中と関わっていたくねえぞ」

 と少年たちは話し合い、フルートが改めてゴブリンたちに話しかけました。

「ぼくらは本当に何もいらないんだよ。早くお逃げ。もう捕まらないようにね」

 闇の怪物相手にも、フルートはやっぱり優しい声です。ゴブリンたちはびっくりしました。

「本当に何もいらない……?」

 うん、とフルートはうなずき、今度は仲間たちへ言いました。

「さあ、行くぞ。ぐずぐずしてはいられないんだ。急いでキースを捜そう」

「馬鹿野郎。その台詞は、おまえが一番肝に銘じとけ!」

 とゼンがまた怒ります。

 

 ところが、彼らが風の犬に乗ってまた出発しようとすると、ゴブリンたちが話しかけてきました。

「そっちへ行くと危ないゾ」

「荒野を飛ぶと闇王の呪いに捕まるんだヨ」

 フルートたちは驚きました。

「呪い?」

「そう、呪いだゾ」

「この先には闇王の城があるんだヨ」

 とゴブリンたちに言われて、一行はまた顔を見合わせました。

「城を敵から守っているのね、きっと……。空から攻められないようにしているんだわ」

 とポポロが言います。彼女は光の魔法使いなので、一帯をおおう強い闇の気配は感じられても、行く手に仕掛けられた闇魔法の罠を見抜くことはできません。

「空がだめなら歩きゃいいだろうが」

 とゼンが言うと、ゴブリンたちがまた答えました。

「それも無理だゾ。荒野も呪われているゾ」

「安全なのは街道だけだヨ。だから、みんな街道を通るヨ」

 ううむ、と全員はうなりました。街道となれば、闇の民も大勢通っているでしょう。そんな場所を歩いていくのは、いくら姿を隠していても、かなり危険です。

 しばらく考えてから、フルートは怪物へ尋ねました。

「ねえ、君たちはキースを知っているかい?」

 闇の怪物にそんな質問をするのは心配でしたが、この状態では動きようがないので、思い切って名前を出してみたのです。

 ゴブリンたちが首をひねりました。

「キース?」

「キース・ウルグ。闇の王の十九番目の王子のはずなんだけれど」

 とフルートが答えると、怪物たちはまたびっくり仰天した顔になりました。

「おまえら、どうしてそんなヤツを探しているんだゾ!?」

「ウルグの王子は変わり者だヨ。闇の王子なのに、城に全然いないで、一人で暮らしているんだヨ」

「キースは城にはいないんだ……。じゃ、城に行っても無駄なんだね」

 とメールが言います。

 

 フルートは片膝をついてかがみ込み、ゴブリンたちと同じ目の高さになって言いました。

「ねえ、君たちはさっき、助けたお礼はいらないのかと言っていたよね。君たちはキースのいる場所を知っているかい? 知っていたら、教えてほしいんだ。そうしたら、それが助けたお礼になるよ」

 ゴブリンたちはまた大きな目をぐるぐる回しました。

「ウルグの王子に会いたいのか? どうしてだ? ウルグの王子は誰にも会わないゾ」

「ううん、きっと会ってくれるよ。キースはぼくたちの友だちなんだ」

 とたんに、ゴブリンたちはひどくとまどいました。

「トモダチ……? トモダチってなんだ?」

「知らないヨ。食べるものかな」

「やだ。このゴブリンたちったら、友だちも知らないの?」

 とルルがあきれると、ポチが考え込んで言いました。

「ワン、闇の国には友だちなんて存在しないんだ……。誰かが誰かを助けるのは下心があるときだけだし、強い者が弱い者を支配するだけなんだろうし」

 フルートは、ゴブリンたちを見つめました。サルに似た小さな体、大きな耳、大きな目――いかにも怪物という姿をしていますが、意外なくらい無邪気な顔つきをしていました。まだ子どものゴブリンだったのです。今も、友だちということばが理解できなくて、本気で不思議そうにしています。

 フルートは優しく言いました。

「友だちっていうのは暖かいものだよ。そして、とても頼りになるんだ。だから、ぼくたちはキースを捜している……。キースがいる場所を知っていたら教えてくれないか」

 二匹の怪物は顔を見合わせ、やがて、こっくりとうなずき合いました。

「オレたち、知っているゾ」

「ウルグの王子の家まで案内してやるヨ。オレたちについてこい」

 と先に立って川沿いに歩き出します。

 少年少女と犬たちはとまどいました。本当についていって大丈夫なんだろうか、と誰もが考えたのです。そんな中、フルートだけはきっぱりと言いました。

「行くぞ。他に手がかりはないんだから、見えている道を行くんだ」

 ためらうこともなくゴブリンの後についていきます。

「ったく――この二千年に一人のお人好し野郎!」

 とゼンはわめくと、少女たちや犬の姿に戻ったポチやルルと一緒に、フルートを追いかけていきました。

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