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第15巻「闇の国の戦い」

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15.親衛隊

 荒れ地の中の街道を、黒塗りの馬車と大きな荷車が連なって走っていました。馬車に窓はなく、荷車は分厚い布でおおわれて、上から鎖をかけられています。道に他の馬車や人の姿はありません。灰色の石畳に二台分の車輪の音だけが響きます。

 馬車と荷車をひいているのは普通の馬ではありませんでした。全身燃える火のように赤い色をした、八本脚の闇の国の馬です。何人もの男たちを馬車や荷車に乗せて運んでいきます。頭に角を生やし、黒い翼をたたんだ、闇王の親衛隊員です。

「まったく。毎度のことだが、どうしてこんな面倒な方法を取らなければならないんだ? 親衛隊の我々ぐらい、都まで飛んで行ってもよかろうに」

 と馬車の御者席の一人が言うと、隣に座った隊員が答えました。

「王は用心しているんだ。自分の寝首をかきに空を飛んでくる奴がいるんじゃないかってな」

 御者席にいるのは、彼ら二人だけでした。最初の男がうなずきます。

「王が用心しているというのは、その通りだな。この街道から一歩でも外れた場所を通って城へ向かおうとすれば、たちまち呪いに捕まるからな。城に行くには、虫けらみたいに地べたを這って、ちんたら進まなくちゃならないわけだ」

「城に通じているのはこの道だけだ。しかも、王を倒そうと企むものが通れば、城にたどり着く前に、道にかけられた魔法で命を落とす。王の安全は必ず守られるってわけだ。まあ、俺たちだって、昇進すれば城へ飛んでいけるようになるんだがな」

「そうだ。早くトアになりたいぞ。そうすりゃ、こんなつまらん仕事じゃなく、城を守る仕事に就けるからな」

「まったくだ。トアになれば、金も酒も女も思いのままだしな」

 闇の国の城へ至る道のりは長く、荒れ果てて単調な景色が続くだけです。御者席の二人は、暇つぶしにそんな話を続けていました。

 

 すると、そこへ翼を羽ばたかせて、別の警備隊員がやってきました。御者席の二人は腕に蛇のような刺青がありますが、こちらの隊員は顔に三角形の刺青をしています。蛇の刺青の一人が、それをにらんで言いました。

「何をしに来た。おまえの役目は後ろの荷車の警備だぞ」

 一段上にいる者の口調です。飛んできた隊員が答えます。

「あいつは身動きひとつできなくなってる。大勢で見張っている必要はないさ。それより、このまままっすぐ城へ行くつもりかい? 俺なら、ここらで馬車を停めるね」

 まだ若い男なので、口調も生意気です。何故だ、と御者席の隊員が聞き返すと、ふふん、と鼻で笑います。

「あんたたち、あんな上玉の娘をそのままヤツに食わせてやるつもりなのかい? あんなべっぴんを? おぉ、やだやだ、もったいない。どうせ食われるものなら、その前に、こっちでたっぷり楽しんでおかなかったら馬鹿じゃないか」

「馬鹿はおまえだな」

 と御者席のもう一人が答えたとたん、前触れもなく天から稲妻が下ってきて、飛んでいる隊員を直撃しました。若い隊員が悲鳴を上げて道に落ちます。

 御者席の隊員は冷ややかに言いました。

「王の呪いだ。このあたりで空を飛べば、撃ち落とされるに決まっている」

 とたんにすさまじい悲鳴が響き渡りました。瀕死だった隊員が、後から来た荷車にひかれたのです。重い車輪に潰されて絶命しますが、馬車も荷車も停まりません。血の染みができた石畳を後に走り続けます。

 闇の国は非情の国でした。仲間の不幸を哀れむ者は、誰ひとりとしていないのです――。

 

 ところが、じきに御者席の一人がこんなことを言い出しました。

「そうだな。都に着く前に、ここらで一度馬車を停めるか」

 もう一人が、なんだ、とあきれた顔をします。

「生贄に手を出すのか? 見つかったら処罰されるぞ」

「じゃあ、おまえは俺が楽しんでいる様子を指をくわえて眺めていろ。確かにあの娘はたいしたべっぴんだ。あれをただ餌に投げてやるのは惜しいからな」

「だが、あの娘の透視能力は半端じゃないぞ。馬車から出せば逃げられるに決まっている」

「ここに鏡はない。透視能力は使えんさ」

 男は本当に馬車を停めました。続く荷車も停まり、荷台の上に座った親衛隊員たちが、御者席から降りる男をにやにやしながら眺めます。彼らのやりとりは後ろまで聞こえていたのです。

 男は馬車の扉を開けました。窓のない馬車ですが、ところどころに隙間があって、細い光が差し込んでいます。その薄暗がりの中に、ひとりの娘が座っていました。黒いドレスのような服の上から鎖で縛られ、うつむいて泣いています。アリアンでした。ずっと泣いていたのでしょう。馬車の床の上には、涙の小さな水たまりができていました。

 アリアンは、親衛隊の男が馬車に入っていくと、ぎょっとしたように顔を上げました。とっさに逃げようとしますが、鎖の音が響いて動けなくなります。彼女は馬車の床に鎖で留めつけられていたのです。

 男はその顔をつかんで自分へ向けさせると、吟味するように眺めて言いました。

「やっぱり大した上玉だな。これをあいつの餌にしようとする王の気が知れん。たっぷり味わってやるから、楽しみにしていろ」

 笑った口から牙がのぞき、さらに黒っぽい舌が突き出てきました。驚くほど長く伸びて、べろりと娘の顔をなめ回します。アリアンは泣き出しそうになりました。顔をそむけようとしますが、男につかまれているので頭を動かせません。

 すると、男がもう一方の手を伸ばしました。アリアンが悲鳴を上げます。いきなり胸をわしづかみにされたのです。鋭い爪が服を突き破って皮膚に食い込みます。

 胸を放し、血に染まった爪をなめて、男がにんまりしました。

「生娘(きむすめ)だな。こいつはいい。存分に楽しんでやるからな」

 男が改めて手を伸ばしてきたので、アリアンが逃げようと身をよじります。

 

 そこへ、入口から声がしました。

「そんなところで一人で楽しむな。外でやれよ」

 御者席で一緒だった男でした。こちらもにやにやしながら中を眺めています。同類になることにしたのです。

 ふん、と男は笑うと、それでも念のために周囲を見回しました。薄暗い馬車の中は、がらんとしていて、物は何一つ置いてありません。もちろん、娘が透視に使える鏡もありません。それを確かめてから、男は短く呪文を唱えました。アリアンの体を縛っていた鎖が外れ、音をたてて落ちます。

 男に馬車の外へ投げ出されて、アリアンは悲鳴を上げました。馬車の前は、いつの間にか大勢の親衛隊員に取り囲まれていました。角と牙を持ち、背中に羽を生やした男たちです。地面に倒れたアリアンを熱く光る目で見つめて、舌なめずりします。

 馬車から飛び下りた男がわめきました。

「てめえらは手を出すな! この女は俺たちのもんだ!」

 もう一人も他の連中を追い払いながらどなります。

「さっさと荷車に戻れ! 邪魔するんじゃねえ!」

 さっきまでの真面目ぶった口調をかなぐり捨てて、本性を丸出しにしています。

 すると、取り囲む男たちが言いました。

「おこぼれをよこせよ、兄弟」

「存分に味見をした出がらしでかまわねえからよ」

「俺たちにも回してよこせ」

 下卑た笑い声が、どっと湧き起こります――。

 

 その時、アリアンが顔を上げました。彼女はもう泣いてはいませんでした。停まっている荷車を見上げて、強く叫びます。

「グーリー!!」

 ギェェェン……と荷台からすさまじい声が返ってきました。荷台をおおう布の下で何かが動き出し、上からかけられた鎖がぎしぎしと音をたてます。

 闇の親衛隊員たちは仰天しました。

「動き出したぞ!?」

「鎖の魔法が弱まったのか!? 抑えろ!」

 何人もがいっせいに荷車へ手を突きつけ、荷台のものを抑え込みます。

 その間にアリアンは跳ね起きました。傷ついた胸を片手でかばいながら、また叫びます。

「グーリー! 来てちょうだい!」

 ギエェェェンンン!!!

 荷台からまた咆吼(ほうこう)が上がり、荷車全体が大揺れに揺れ出しました。鎖がきしみ、魔法で抑え込んでいた親衛隊員たちがいっせいに飛ばされます。

 とたんに、荷台の鎖が音をたててはじけました。布を引き裂いて、巨大な怪物が姿を現します。ワシの頭にライオンの体のグリフィンです。黒い翼を広げて大きく羽ばたくと、猛烈な風が巻き起こって、親衛隊員がまた倒れます。

 地面に伏せて風をやり過ごしたアリアンが、グーリーへ駆け寄って飛びつきました。

「飛んではだめよ! 闇王の呪いで空から撃ち落とされるわ! こっちよ!」

 と先に立って街道の外へ飛び出し、起伏の激しい荒野を駆け出します。

 

 後を追いかけようとした男たちは、道の端で立ち止まりました。この一帯には強い呪いがかかっています。道から外れれば、すぐに呪いに捕まってしまうのです。

「あわてるな、逃げられねえよ」

 と余裕の顔で逃亡者の後ろ姿を眺めますが、彼らの意に反して、少女とグリフィンはどんどん荒野を遠ざかっていきました。呪いが発動する気配がありません。

 男たちはまた驚きました。

「呪いが消されている!?」

「まずい! 逃げられちまうぞ!」

 と数人があわてて後を追い始めます。

 とたんに、荒野から何匹もの黒い大蛇が現れました。親衛隊員たちに絡みつき、いっせいにかみついてきます。男たちの悲鳴が響く中、残りの親衛隊員は青ざめてまた立ち止まりました。

「呪いは生きているぞ。あの娘とグリフィンは、どうして無事なんだ?」

「荒野には上級の親衛隊員にだけ見える通路がある。あの娘はそこを通っているんだ!」

「だが、どうやって? 透視しようにも、あの娘に使える鏡はどこにもなかったんだぞ!」

 言い合っている間にも、捕虜はどんどん遠ざかっていきます。

「あったんだ、どこかに鏡が! 畜生! どこに隠し持ってやがった!? 鏡はすべて砕ける魔法をかけたはずなのに!」

 とまた誰かがわめくと、アリアンを馬車から引き出した男が、はっと気がついた顔になりました。涙だ――と言います。

「涙?」

「そうだ。あの娘は、馬車の中でずっと泣いていて、床に涙がたまっていた。あの娘、そこを水鏡にして、ずっと外を透視していたんだ。荒野の通路もそれで見つけてやがったんだ!」

 なんてヤツ、と全員は地団駄(じだんだ)を踏んで悔しがりましたが、後を追いかけることはできませんでした。

 荒野に風が吹いて砂煙を巻き上げ、逃げるものたちの姿を包み込みました――。

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