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第15巻「闇の国の戦い」

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第5章 逃亡

14.怪物

 二匹のゴブリンが闇の花畑へ放り込まれそうになっているのを見て、フルートは思わず、よせ! と叫んでしまいました。

 仲間たちの制止は聞こえていましたが、自分を抑えることができなかったのです。

 怪物が、空にいるフルートを見つけました。大きな灰色の体に縞模様がある、熊に似た生き物です。ほえるようにフルートへどなります。

「貴様、何者だ!!?」

 怪物がゴブリンたちを持ち上げたまま放さなかったので、フルートはルルに言いました。

「助けよう! 急降下だ!」

「でも、あれはゴブリンよ?」

 とルルがあきれて答えました。見た目は小さくても闇の怪物なのです。

「ゴブリンでもなんでも見殺しにはできないさ! 早く!」

 とフルートは言い張り、それでもルルが動かないので、直接地上へ飛び下りようとしました。

「ちょ、ちょっと、無理しないでよ……! わかったわ。助けに行くわよ」

 ルルはあわてて言うと、風の体をなびかせて怪物へ舞い下りました。怪物の目にはルルがまだ見えていないので、フルートだけが空から降りてくるように見えます。二匹のゴブリンをその場に放り出してフルートを捕まえようとすると、その目の前でルルが急旋回しました。フルートの剣がひらめき、怪物の長い毛を一房切り落とします。

 

 その隙にゴブリンたちが逃げ出しました。ヒィヒィ言いながら、ねじれた木が群生する森へ走ります。

 すると、熊の怪物が振り向きました。

「逃げるな!!」

 とトラのような模様の腕を伸ばします。すると、本当に腕が三メートルも伸びました。ちっぽけな二匹をまとめて捕まえて、地面に押しつけてしまいます。

「その手を放せ!」

 とフルートはまた叫んで、ルルと急降下しました。剣で切りつけようとすると、熊トラがもう一本の腕を伸ばして殴りかかってきます。それがフルートの前に座るポポロに当たりそうになって、ルルはとっさに身をかわしました。フルートも自分の体でポポロをかばいます。とたんに怪物の手がフルートに命中しました。小柄な体が弾き飛ばされて、ルルの背中から転落します。

「フルート!!」

 とルルとポポロが思わず声を上げたので、熊トラが驚いたようにまた見上げてきました。フルートが地面にたたきつけられて、ガシャンと鎧の音をたてます。熊トラのすぐ目の前です――。

 

 けれども、次の瞬間、フルートは跳ね起きて飛びのきました。振り下ろされた怪物の爪をかわします。フルートが着ているのは魔法の鎧です。衝撃を弱めてフルートを守ってくれます。

 ふん、と怪物が鼻を鳴らしました。オレンジ色の目でフルートや空のポポロを見て言います。

「人間か。どうやってここに入ってきた? ちょうどいい。貴様らを闇の花へ投げて、花が貴様らを食っている間に宝を取ってこさせてやる」

 今度は怪物の脚がぐんと伸びました。手で抑え込んでいたゴブリンたちを踏みつけて、体を起こします。ゴブリンは絶対に逃がさないつもりなのです。フルートは剣を構えて駆け出しました。熊トラへ突進します。

 すると、熊トラの両手がまた伸びて、フルートの頭を捕まえました。力任せに頭を引き抜こうとすると、とたんにフルートの顎の下で留め具が外れました。兜だけが脱げて飛んでいきます。

 フルートは止まりませんでした。怪物に駆け寄って、脚に切りつけます。血しぶきが飛び、怪物が絶叫しますが、その傷がみ見る間に治っていきました。フルートが使っていたのは、炎の魔力を持たないロングソードだったのです。

 怒り狂った怪物が、また腕を伸ばしました。今度はフルートの体を捕まえて、高々と持ち上げてしまいます。フルート! とポポロが叫び、魔法を繰り出そうとしてためらいました。彼女の魔法はあと一回しか残っていません。闇の国を脱出するときのために温存しておかなくてはならないのです。

 すると、ルルが急降下して、風の刃の体で怪物の腕を切り落としました。宙に放り出されたフルートへはポチが飛んできて、背中にフルートを拾い上げます。同じ背中にはゼンとメールも乗っています。

「ったく! どうしておまえはいつもこうなるんだよ!? 闇の国だから充分注意しろって言っていたのは、どこのどいつだ!?」

 とゼンがフルートをどなりつけたので、その声でゼンも居場所を知られました。熊トラの怪物が口から泡を飛ばしながらわめきます。

「なんなんだ、貴様らは!? 地上の奴らが三人も入り込んでいるとは、どういうことだ!?」

「違うよ。四人さ」

 とメールは言うと、驚く怪物を無視してゼンに言いました。

「ねえさぁ、せっかくユラサイで炎の矢を作ってもらったんだろ? あれであの怪物をやっつけちゃいなよ」

 熊トラの怪物は伸ばした両腕を振り回して怒っていました。ルルが切り落とした腕は、もう復活しています。炎を使わなければ倒せないのです。

「んなことして、あの怪物が燃え上がったら、ゴブリンたちまで火に巻き込まれるだろうが。だからフルートも炎の剣を使わねえんだぞ」

 とゼンは渋い顔で答えました。ゼンとしてはゴブリンなど死のうが生きようがどうでも良かったのですが、ゴブリンを見殺しにすればフルートが激怒するとわかっていたので、しかたなくつき合っていたのです。あ、そっか、とメールが納得します。

 

「ゴブリンたちを放せ!」

 とフルートはまた叫びました。攻撃の隙を狙い続けます。

「ゴブリンだと?」

 と熊トラの怪物はいぶかしい顔になり、すぐに前よりもっと怒り出しました。

「そうか! きさまらもここの宝を狙ってやがるな! それで俺からゴブリンを奪うつもりなんだろう! そうはさせるか――!」

 人は得てして相手を自分と同じ基準で判断するものです。それは闇の怪物も同じことでした。フルートたちへ歯をむき出して威嚇すると、いきなりまたゴブリンをつかんで、ぽーんと放り投げてしまいます。二匹が落ちていったのは花畑の中でした。甲高い悲鳴を上げた小さな怪物へ、闇の花がいっせいに動き出します。

「いけない――!」

 フルートはポチを花畑へ突進させました。

「しゃあねえなぁ」

 とゼンも背中から弓を外しました。呪符を巻いた矢をつがえて、花畑へ放ちます。矢が花の中に落ちると火の手が上がり、花たちが即座に反応しました。ゴブリンたちからフルートたちへ向きを変え、ざわざわと長い蔓を伸ばし始めます。

「来た! 捕まるなよ!」

 とゼンがどなって、次の矢を構えました。蔓が絡まって太い触手のようになった場所へ撃ち込んで、また火を起こします。フルートも武器を炎の剣に持ち替えて、襲いかかってくる蔓を次々に焼き払っていきます。

 近づいてきたゴブリンたちへ、メールが呼びかけました。

「つかまりな! 早く!」

 とポチの上から身を乗り出して手を伸ばします。小さな怪物たちはキィキィ叫んで飛び跳ね、すぐにメールの手にしがみついてきました。ルルが花畑の上を舐めるようにして飛びすぎます。

 ところが、宙を飛んできた蔓が、ゴブリンの一匹に絡みつきました。あっという間にメールの手から奪っていきます。

「キョウダイ――!」

 と残ったゴブリンが叫びました。花に捕まったゴブリンには無数の蔓が集まっていきます。生き物を引き裂き、食ってしまう食肉植物です。

「戻れ!」

 とフルートは叫び、急旋回したポチの背中からまた剣をふるいました。ゴブリンに襲いかかる蔓をなぎ払い、さらにゴブリンを捕まえている蔓にも切りつけます。

 とたんに蔓が火を吹きました。ゴブリンが悲鳴を上げます。

「あち! あち! あちちぃ――!」

 そこへ別方向からルルが舞い下りてきて、ゴブリンの周囲の蔓をまとめて切り落としました。投げ出されたゴブリンをポポロが捕まえ、燃える蔓を急いで払い落としてやります。

 

 ポチはまた向きを変えて、もう一度花畑へ引き返しました。その手前にフルートの兜が落ちていたのです。フルートが身を乗り出して拾い上げようとすると、いきなり伸びてきた毛むくじゃらな手に捕まりました。また熊トラの怪物です。フルートをポチの背中から引きずり下ろしてしまいます。

「なんだ、貴様らは!? いったい何者だ!?」

 と熊トラはどなり、フルートが答えないのを見て牙をむきました。

「よかろう、何者でもかまわん! 人間など食い殺してやる!」

 と腕を縮めて襲いかかってきます。フルートは両手を怪物に押さえられていて剣が使えません。フルート! と仲間たちが叫びます。

 すると、そこへまた闇の花の蔓が飛んできました。絡みついて、あっという間にフルートと怪物を引き離してしまいます。フルートを助けたわけではありません。さらに多くの蔓が飛んできて絡みつき、四方八方から彼らを引っぱります。

「よせ! 放せ! 放せ――!」

 熊トラの怪物が叫んでもがきましたが、ちぎってもちぎっても、蔓は集まってきます。

 フルートは炎の剣をふるって蔓を断ち切りました。燃え上がった炎が金髪の先を焦がしますが、気にしている余裕などありません。花畑からはさらにたくさんの蔓が襲いかかってきます。何千何万という数です。

 そこへポチがまた飛んできました。フルートの周囲で渦を巻き、押し寄せる蔓を風で追い払います。フルートにはルルが舞い下りてきました。背中のポポロが呼びかけます。

「早く乗って、フルート!」

 フルートは素早く剣を鞘に戻し、ポポロが差し伸べた手をつかみました。もう一方の手でルルの毛をつかんで、その背中に飛び乗ります。ポポロにはゴブリンがしがみついていました。乗ってきたフルートを見て、びっくりしたように黄色い目をぐるぐるさせます。

「逃げるわよ!」

 とルルが言って猛スピードで飛び始めました。ポチがそれに続きます。

 闇の花は彼らの後を追ってきましたが、じきにそれ以上蔓を伸ばせなくなって停まりました。悔しそうに、ざわざわと大きな音をたてます。

 そんな中に絶叫が響き渡りました。熊トラの怪物がついに引き裂かれてしまったのです。怪物がいるあたりには数え切れない闇の花が集まっていて、凄惨な光景は外からは見えません。

「早くここを離れるんだ……早く!」

 とフルートは言いました。怪物の絶叫が何かを呼び寄せるような気がしたのです。

 一行は二匹のゴブリンを連れて森の上を越え、そのむこうへと飛び去りました――。

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