「この場所だ! 光が侵入してきたぞ!」
「あの封印を越えてきたのか? 信じられんな!」
「二千年もの間、一度も開いたことのない封印なんだぞ!?」
数人の闇の民が、空を飛びながら言っていました。全員黒い服で身を包み、黒い翼と角を生やしています。闇の王の親衛隊員たちでした。顔や体には刺青があり、翼を打ち合わせるたびに、体に巻き付けた象徴がガチャガチャと音をたてます。
やがて、彼らは空に浮かぶ魔法陣へ集まりました。そこが再び閉じているのを確認してから、周囲を見回します。闇の民の瞳は血のような赤い色です。
「光の気配が強い! まだこのあたりにいるぞ!」
「探せ! 一刻も早く見つけ出して粉砕するんだ!」
口々に言いながら散り、翼を羽ばたかせて、空や地上を飛び回ります。
フルートたちはいっそう身を寄せ合いました。空に浮かぶ風の犬たちは、ごうごうとうなり続けていますが、闇の国の上空には強い風が吹いていたので、風の音で気づかれる心配はありません。
ところが、隊員の一人が鋭く彼らを振り向きました。額に三本の角を生やした男です。まるでフルートたちが見えているように、じっと目を向けながら言います。
「強烈な光の気配がするぞ。あのあたりか?」
フルートたちは焦りました。金の石は彼らを隠しているはずなのに、闇の民に気づかれたのです。
願い石の精霊が金の石の精霊に言いました。
「そなたが聖なる存在だからだな、守護の。ここは闇の国だ。国の中に聖なるものは存在しない。その中に聖なる石がいれば、居場所は一目瞭然だ」
金色の少年は、かっと顔を赤くしました。言い返そうとしますが、反論することができません。女性の言ったとおりだったのです。
フルートたちもいっそう焦りました。金の石は彼らを隠してくれていますが、金の石の存在自体を知られてしまうのでは、対処のしようがありませんでした。まっすぐこちらへ飛んでくる闇の民を、青ざめて見つめます。
「しかたない」
と金の石の精霊は片手を闇の民へ突きつけました。フルートの胸の上で、ペンダントの魔石が輝きを増し始めます。闇のものを消し去る聖なる光です。
ところが、フルートが急にペンダントをつかみました。石を手の中に握りしめると、かたわらに浮かぶ少年にささやきます。
「眠りにつくんだ、金の石。そうすれば気配は消える」
金色の少年は驚きました。
「馬鹿を言え、フルート! そんなことをしたら君の存在が闇から丸見えになるぞ!」
「いいや、きっと大丈夫だよ。早く――!」
風の中のやりとりを、闇の親衛隊員が聞きつけたようでした。疑うまなざしを向けてきます。金の石の精霊は顔を引きつらせ、次の瞬間、空中から消えていきました。フルートの手の隙間から洩れる光も薄れていきます。フルートが手を開くと、金の石は光を失って灰色の石ころのようになっていました。
それと同時に、迫っていた闇の親衛隊員がとまどう顔になりました。空中に停まり、周囲を見回します。
そこへ他の闇の民が追いついてきました。
「どうした?」
「光の気配が消えた――あのあたりに確かに感じたんだが」
と今もフルートたちがいる空中を指さします。ルルとポチは、そっと場所を移動しました。たった今まで彼らがいた場所へ、闇の親衛隊が集まっていくのを眺めます。
「何もいないな」
「光の気配も薄れている。別の場所へ跳んだか」
「痕を追えるか?」
「光の痕は我々には見えん。急いで王にお知らせしよう」
そんなやりとりをすると、黒い人々は翼を羽ばたかせて引き返していきました。たちまち姿が遠ざかって、見えなくなってしまいます。
「どういうことだ? 連中、俺たちに気がつかなかったじゃねえか」
とゼンが驚くと、後ろに乗ったメールが、もうっ、とその背中をたたきました。
「井戸に入るときにも同じことがあったじゃないのさ。巨人の無支祁にも、あたいたちは見えなかっただろ? ラクがくれた呪符が、あたいたちを助けてくれてるんだよ」
その通りでした。ユラサイの術師たちが力を合わせて作り上げ、ラクが呪文で始動させた呪符は、金の石と同じように彼らを闇の目から隠していたのです。
すると、フルートの手の中で魔石が金色に戻り、目の前にまた精霊の少年が現れました。怒って髪を振り立てながら叫びます。
「ぼくをこのまま眠らせるつもりか、フルート!? 馬鹿を言うな! ここは闇の国だぞ! 闇の怪物たちが襲ってきたらどうするつもりだ!?」
「やり過ごす。それができなければ、戦うよ」
とフルートは答えました。静かですが、きっぱりとした口調です。
精霊の少年はいっそう怒りました。
「ぼくもなしで勝てると思っているのか!? 闇の敵は一匹二匹じゃない! この国にいるありとあらゆるものが、全部闇の敵なんだぞ!」
すると、願い石の精霊が口をはさんできました。
「だが、そなたがここにこうしていても、やはり闇に気づかれる。いくらそなたが聖なる石でも、闇の国のすべてを相手に戦うことはできない。そなたが眠りについたほうが、フルートたちは動きやすくなるであろう」
どんな状況でも冷静な女性です。精霊の少年にすさまじい目でにらみつけられても、平然としています。
フルートは金の石の精霊へ言い続けました。
「アリアンたちをどうしても助けなくちゃいけないんだよ。どのみち、彼らを助けるときには、君に眠ってもらわなくちゃならなかったんだ。アリアンたちにとって、君は猛毒と同じ存在だから……。それが少し早まっただけなんだよ」
精霊の少年は、今度はフルートをにらみつけました。全身を震わせて、短く言います。
「ぼくは君たちを守る石だ」
仲間たちは困惑しました。金の石の気持ちもわかるだけに、強く説得することができません。
すると、フルートがルルの背中から身を乗り出しました。片手にはペンダントを握ったまま、空中の少年に顔を近づけ、金色の瞳をのぞき込んで言います。
「頼むよ、金の石」
そのとたん、精霊の少年は大きく顔を歪めました。フルートをにらみつけたまま、透き通って見えなくなっていきます。一同は複雑な想いでそれを見送りました。消えていく精霊は、今にも泣き出してしまいそうな表情をしていたのです。また灰色に変わった金の石へ、ごめん、とフルートがつぶやきます。
まだその場に残っていた願い石の精霊が言いました。
「守護のが眠ったのならば、私も消えることにしよう。私だけがそなたたちと共にいては、守護のに恨まれるからな――。ここは闇の国だ。守護のが言っていたとおり、ここに棲むすべてのものが敵になるのだから、くれぐれも用心していくがいい」
「わかった。ありがとう、願い石の精霊」
とフルートが礼を言うと、精霊の女性も姿を消していきました。なんとなく残念そうな表情が、赤い光の中に見えなくなっていきます。
「今回、石たちの援助はなしか。ちぃときつそうだな」
とゼンが言うと、フルートが答えました。
「願い石は、金の石がいないと、ぼくらを助けることができないんだよ。ぼくらを直接助けるには、ぼくの願いをかなえるしかないから」
「ワン、契約ってやつですね。それが決まりになってるんだ……。でも、どうしたらいいんだろう? この先、どうやってアリアンとグーリーを助け出します?」
とポチが言い、全員は考え込みました。頭上の空は鈍色(にびいろ)の雲におおわれ、地上では血のような闇の花が咲き乱れています。闇の国は予想外に広く、アリアンたちを探そうにも、どこをどう行ったら良いのか、まるで見当がつかなかったのです。
「ぼくらを助けてくれる人を見つけなくちゃいけないな」
とフルートが言ったので、仲間たちは驚きしました。
「どこにそんな人がいるってのさ!?」
「ここは闇の国だぞ!」
メールとゼンが口々に言うと、フルートが答えます。
「ううん、いるよ。きっといる。闇の国は、彼の故郷なんだから」
彼? と仲間たちがいっせいにまた聞き返します。
「キースだよ」
とフルートは答えると、禍々しい闇の世界へ、探し求める目を向けました――。