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第15巻「闇の国の戦い」

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第4章 闇の国

11.魔法陣

 風の犬に乗ったフルートたちは、古井戸の中を進んでいました。狭い縦穴を頭から垂直に降りていくので、振り落とされないように、犬たちの背中につかまっています。

 メールだけは、犬ではなくゼンにしがみついていました。広い海で生まれ育ったメールは、狭くて暗い地下が大の苦手です。ゼンの青い胸当ての背に顔を埋めて、絶対に周囲を見ないようにしています。

「さすがに長いな――。井戸じゃなく、地下通路だったんだ」

 とフルートが行く手を見ながら言いました。その首にかかったペンダントが、風圧に躍りながら周囲を照らしています。石積みの壁がずっと続いていますが、その先は闇の中です。もう何百メートルも降りてきたはずなのに、まだ底は見えてきません。

 すると、魔法使いの目を使っていたポポロが急に言いました。

「封印だわ! ルル、ポチ、停まって!」

 犬たちは即座に速度を落としました。同時に上体を起こしたので、フルートたちが犬の背中に折り重なって倒れます。彼らはかなりの速度で降りていたのです。

 縦穴の奥で何かが光っていました。犬たちがゆっくり降りていくと、やがて光の円陣が現れます。意味ありげな線模様が、赤金色の光を放ちながら行く手をふさいでいます。

「魔法陣じゃない。しかも、光の魔法だわ」

 とルルが驚くと、ポポロが答えました。

「封印の魔法陣よ。あれで闇の国と地上の間をさえぎっているの。闇の国に行くには、あれを消さなくちゃ」

「できそうかい?」

 とフルートはポポロに尋ねました。魔法陣は暗闇の中で燃えるように輝いています。魔力を持たないフルートたちにも、そこに込められた力の強さは肌で感じられたのです。

 ポポロは読み解くように魔法陣を見ながら答えました。

「できると思うわ……。修業の塔にいた頃、封印の魔法陣を消す練習はしてきたから。でも、ずっと消してしまうわけにはいかないから、一瞬だけ封印を解くわ。ルル、ポチ、お願いね」

「いつでもいいわよ」

「ワン、やってください、ポポロ」

 

 そこでポポロは魔法陣に向かって手を伸ばしました。

「ケラーヒマノカツヨンイウーフ――」

 呪文に合わせて指先に淡い緑の光が集まり、明るくなっていきます。

「セオトォーチタシターワ!」

 呪文が完成したとたん、緑の光がほとばしりました。まっすぐ魔法陣へ飛んでいって激突します。すると、緑の光が魔法陣に吸い込まれてしまいました。封印の魔法陣は赤金色に燃え続けています。

「ダメか?」

 とゼンが思わず言うと、魔法陣が急にまたたきました。模様を描く線の上を緑の輝きが走っていって、魔法陣全体を緑色に変えていきます。

「ポポロの魔法よ! 入口が開くわ!」

 とルルが言って突進を始めました。ポチがすぐ後ろに続きます。

 魔法陣の中央の光が消えて、ぽっかりと穴が開きました。その向こうは真っ暗闇です。一緒になってそれを見ていたメールが、悲鳴を上げてまたゼンの背中に顔を伏せます。

 ところが、彼らがくぐり抜けないうちに入口が閉じ始めました。周囲の魔法陣が輝きを増して、暗い入口をふさいでいきます。

「ワン! 急いで、ルル!」

 とポチが後ろから風の体でルルを押しました。ポチのほうがルルより速く飛んでいたのです。彼らの目の前で入口がさらに狭まっていくので、ポポロはまた手を伸ばしました。二度目の魔法でもう一度入口を開けようとします。

 すると、フルートがその手をつかみました。驚くポポロの脇から身を乗り出して、もう一方の手でペンダントを突き出します。

「金の石! ぼくらを守れ!」

 魔石がたちまち輝き出しました。金の光で彼らを包み、入口の周囲の魔法陣を押しとどめます。二匹の犬たちは入口をくぐり抜けました。魔法陣の向こう側へと飛び込んでいきます。

 その後ろで入口が閉じました。魔法陣がまた赤金色に戻って闇の中で光り始めます。そこはもう地下通路ではありませんでした。薄暗い空のような広がりの中に、魔法陣がぽっかり浮かんでいます。

「とうとう来た。闇の国だ――」

 とフルートは魔法陣を見上げ、周囲を見回して続けました。

「闇の国には日が昇らない。ひょっとすると、ポポロの魔法はここでは復活しないかもしれないからな。脱出するときのために、ポポロの魔法は温存しておかなくちゃいけないんだ」

 それを聞いて、一同は、なるほどと納得しました。ポポロが真剣な顔でうなずきます。

 

 闇の国は地中に作られた巨大な空間でした。地下の深い場所に来ているはずなのに、そこには空が広がっています。ただ、フルートが言うとおり、太陽は見当たりませんでした。月も星もありません。暗い雲が渦巻き、雲間がぼんやりと赤く光っていて、嵐の前触れを思わせます。

 一同はその空の中に浮いていました。ルルの背中にはポポロとフルート、ポチの背中にはゼンとメールが乗っています。広い場所に出てようやく顔を上げたメールが、地上を見下ろして、またゼンにしがみついてしまいました。

「やだ――! あれ、闇の花じゃないのさ!」

 彼らがいるずっと下の方に地面があって、一面どす黒い紅に染まっていました。血のように赤い花におおわれていたのです。目の効くゼンが言いました。

「メールの言うとおりだ。ありゃ闇の花の花畑だぞ。すげえ数だな」

「仮面の盗賊団と戦ったとき、ロキと一緒に閉じこめられた結界に咲いていた花か……。あの中には絶対降りられないな」

 とフルートが言ったので、ポチとルルは鼻の頭にしわを寄せました。

「ワン、闇の花は人だろうが怪物だろうが、見境なく襲って食ってしまいますからね」

「こうしてるだけで、ものすごい闇の気配が下から吹き上がってくるのよ。降りるだなんて、冗談じゃないわ」

 

 すると、一同のすぐ隣に小さな人物が姿を現しました。鮮やかな金の髪と瞳に異国風の服を着た少年――フルートが胸に下げている金の石の精霊です。空中に浮かんだまま、腰に両手を当てて言います。

「闇の気配をさせているのは、あの花に限らない。この世界全体が、ものすごい闇の気配に包まれているんだ。ここは地中であって地中じゃない場所だ。闇の国は、閉じられた巨大な結界の中に作られた国なんだ」

 見た目は幼い子どもですが、口調はまるで大人のようです。

「てぇことは、この国をどこまで行っても――たとえば、空に向かって飛んでいっても、絶対地上には出られねえってことか」

 とゼンが珍しく察しの良いことを言いました。以前、黄泉(よみ)の門がある狭間の世界まで行って、閉じられた空間というものを経験してきたので、予想がついたのです。金色の少年がうなずきます。

「そうだ。地上に通じる出口を通らなければ、絶対地上には戻れない。でも、それ以上に問題なのは、この世界に充満している闇の気配だ。長い間ここにいると影響を受けて、君たちまでおかしくなるかもしれないぞ」

「ワン、おかしくなるって、どんなふうに?」

 とポチが聞き返しました。

「闇の気配は心の中に潜む闇をかき立てる――。心に闇を持たない人間はいないからな。どうしたって闇へ走りやすくなるし、闇に弱い存在なら、姿形まで変わってくる。まあ、君たちは光の戦士だし、ぼくが守っているから、すぐにどうこうということはないだろうが、それにしても、あまり長い時間この世界にいるのは危険だな」

「危険なのは、そなた自身も同じであろう、守護の」

 とふいに声がして、金の石の精霊の隣に女性が姿を現しました。長い赤い髪を高く結って垂らし、火花のような赤いドレスをまとって、宙に浮いています。フルートの中で眠る願い石の精霊でした。

「そなたは聖なる存在だ。闇の世界に来れば、それだけで力をどんどん奪われていく。しかも、そなたはフルートたちを守っている。いっそう力が失われていくだろう」

 それを聞いてフルートたちはあわて、精霊の少年は、じろりと精霊の女性をにらみました。

「余計なお世話だ、願いの。ぼくはそんな非力な石じゃない。それより、君こそなんとかしたらどうなんだ。フルートは、君を身の内に宿しているおかげで、闇の国中の怪物から狙われているんだぞ。ぼくが隠していなければ、すぐに連中に見つかって食われてしまう。この国にいる間だけでも、なりを潜めたらどうなんだ」

「それは無理というものだな。連中は私を感じているわけではない。金の石の勇者が私を持っていると知って、フルートを目印に追ってきているのだ」

 と願い石の精霊は答えました。冷静すぎて冷ややかにさえ聞こえる声です。

 フルートが考え込みながら言いました。

「ぼくが願い石を持っていることを言いふらしたのは闇がらすだ。闇がらすは闇の国に棲んでいる。あいつに見つかったら、また騒がれて、闇の国中の怪物が集まってくるかもしれない。絶対見つかるわけにはいかないな」

 闇がらすが魔獣使いの幽霊の怒りに触れて自死させられたことを、彼らは知りませんでした。どこからか姿を現してきそうな気がして、思わず空を見回してしまいます。

 

 すると、ポポロが急に空の一点へ目を凝らしました。彼方に黒い翼が見えたのです。ゼンもそちらを指さして言います。

「来るぞ! 鳥だ!」

「ううん、違う――あれは、闇の民よ!」

 とポポロは訂正しました。空の彼方から黒い鳥のようなものが姿を現していました。たちまち翼を生やした人の集団に変わります。黒髪に黒い服、翼までが真っ黒な人々です。頭には角も生えています。

「封印の魔法陣が開いたことに気がついたんだ。みんな、静かにしろ」

 とフルートが言ったので、全員は寄り添って、迫ってくる闇の民を声も出さずに見守りました――。

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