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第15巻「闇の国の戦い」

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10.古井戸

 「あれが闇の国へ続く古井戸……」

 とフルートは空き地の真ん中の石積みを見ました。石は円形に重ねられていましたが、中にも石や土が山積みになっていていて、井戸と言うよりは小さな塚のようでした。

「井戸の周りに何重にも術を張り巡らして、さらに井戸を埋めたのよ……。出口を絶対に開けられないようにしたのね」

 とポポロが魔法使いの目で見ながら言うと、左様、と術師のラクが答えました。

「結界を作る木だけでなく、井戸そのものにも封印の術がかけられています。いかにあそこから現れる敵を恐れたか、ということです。これから結界と封印を一時的に解きます。皆様方、準備はよろしゅうございますな」

 そう言われて、全員はいっせいに構えました。フルートは背中の剣を抜き、ゼンは弓に呪符を巻き付けた例の矢をつがえます。メールは花の渦を呼び、ポポロは片手を上げ、二頭の犬たちはいつでも変身できるように低く伏せます。竜子帝とリンメイも、井戸に向かって油断なく身構えます。

「いきますぞ」

 とラクが手にした呪符をそばの大木へ押し当てます――。

 

 とたんに、ばちん、と何かがはじけるような音が響きました。地面が激しく揺れます。

 一同がよろめいて、あわてて踏ん張ると、その足下を黄色い光が蛇のように走っていきました。地面を伝って井戸痕まで行き、いくつもの光の筋に別れて石積みを包み込みます。大地の揺れはさらに激しくなり、やがて、井戸が崩れ始めました。頂上から石が転がり落ち、次に、井戸を埋め尽くしていた石や土が、溶岩のようにあふれ出してきます。

 すると、吹き出る土砂の間から声が聞こえてきました。

「キキキ……光ダ! 光ダ! ようやく出口が開いタぞ!」

「ヨクモ、わしらヲここに埋めたナ。光の連中メ!」

「許スものか! 一人残らず食らいつくしテ、二千年の恨みヲ思い知らせテやる!」

 石を跳ね飛ばしていくつもの黒い影が飛び出してきました。翼のある怪物や猫に似た怪物です。甲高く笑うと、人間たちを見つけて襲いかかってきます。

「闇の怪物だ!」

 とフルートは叫ぶと、一人で前へ飛び出しました。剣を高く構え、勢いよく振り下ろします。すると、剣の切っ先から炎の塊が飛び出して、猫の怪物に激突しました。怪物が火だるまになって燃えていきます。フルートが握っているのは炎の剣です。

「馬鹿野郎、フルート! おまえ一人で出ていくんじゃねえ!」

 とゼンはどなると、フルートへ急降下してくる翼の怪物へ矢を放ちました。矢が突き刺さったとたん、こちらも火に包まれて空から落ちます。目的通り、矢は炎の魔力を持つようになったのですが、ゼンは、ちっと舌打ちしました。

「やっぱり狙いにくくなってやがるな……。呪符の分だけ矢尻のほうが重くなってるしな」

 ひとりごとを言いながら、試すように次々と矢を放っていきます。矢は敵に刺さりますが、中には外れる矢も出てきます――。

 

「どんどん増えてくるわよ!」

 とリンメイが叫びました。古井戸から土砂はまだ湧き出してきます。それと共に、数え切れないほどの怪物が現れていたのです。土砂と術で井戸の中に封印されていた怪物たちでした。二千年もの間、身動きできずにいた恨みを晴らそうと、彼らに襲いかかってきます。

「花たち!」

 メールが、さっと手を振ると、渦を巻いていた花が音をたてて飛んでいきました。空中でつながり合って花の網に変わり、怪物たちに絡みついて動きを止めます。

 ポチとルルは風の犬に変身しました。犬の頭と前脚にユラサイの竜のような体の、巨大な風の魔獣です。ごうごうとうなりながら空を飛び、網の怪物に襲いかかります。二匹は風の牙や風の刃(やいば)を持っていました。ポチがかみつくと怪物の血しぶきが上がり、ルルが身をひるがえすと怪物の体や頭が切れて飛びます。

 花の網は怪物が動かなくなると、すぐに離れていきました。そこへフルートやゼンが火の弾や矢を飛ばして、怪物を焼き尽くします。

 すると、今度はポポロが言いました。

「気をつけて、みんな! 悪霊よ!」

 土砂がほとんどなくなった井戸から、黒い霧の塊のようなものがいくつも飛び出していました。気味の悪い声で笑いながら、彼らの頭上を飛び回ります。一つ一つの塊が人の顔を持っています。

「悪霊には火が効かない。金の石を使うぞ!」

 とフルートは言うと、左手で胸の上のペンダントをつかみました。首にかけたまま限界まで突き出して叫びます。

「光れ!」

 ペンダントの真ん中で聖なる魔石が光り出し、照らされた悪霊や怪物が溶けるように消えていきます――。

 

 ところが、金の光が収まった後も、井戸の近くには怪物が残っていました。イノシシの怪物と一本足の老人の怪物です。ラクが言いました。

「いにしえの怪物どもです! 聖なる光は効きません!」

 黄色い服の術師はまだ呪符を木に押し当てていました。そうやって結界の術の力をさえぎっているのです。参戦することができません。

 すると、竜子帝とリンメイが駆け出しました。

「こういう敵なら朕たちの出番だ!」

「そうよ。私たちの攻撃が効いてくれるもの!」

 竜子帝はイノシシへ、リンメイは老人へ走り、回し蹴りや拳を繰り出しました。怪物たちが地響きをたてて倒れます。

 すると、ラクが、む? と声を上げて井戸を眺めました。ポポロも井戸を振り向いて叫びます。

「新しい怪物が出るわよ! すごく――大きい!」

 土砂がすっかり吐き出された井戸の中から怪物が現れました。木々に囲まれた空き地にそそり立ちます。それは身の丈十五メートルもある巨人でした。姿は猿によく似ていて、体は青く頭は白い色をしています。井戸から這い出しながら周囲を見回し、ゼンへ目を止めます。

「よけろ、ゼン!」

 とフルートは叫びました。ゼンがとっさに飛びのくと、今まで立っていた場所に猿の頭が飛んできました。いきなり首が伸びたのです。雪のように白い牙が地面の岩をかみ砕きます。

「無支祁(むしき)だ! これもいにしえの怪物だぞ!」

「素早いわよ! 気をつけて!」

 と竜子帝とリンメイが叫ぶと、今度はそちらを狙って猿の首が伸びました。二人が左右へ飛びのくと、その間に猿の頭が落ちてきて、また地面をかみます。

 ポチとルルは無支祁へ飛びました。風の体で絡みついて動きを止め、長い首を切り落とそうとします。ところが、無支祁は無造作にそれを払いのけました。力も非常に強かったのです。

 無支祁が今度はメールとポポロを見たので、フルートは、はっとしました。首が一度縮まり、顔が少女たちへ向きます。フルートはまた駆け出し、見上げるような巨人へ剣を振りました。炎の弾が猿の体に激突して、すぐに消えていきます。

「無支祁は水に棲む怪物だ! 火には強いぞ!」

 と竜子帝がまた言います。

 メールは花を呼び寄せて、自分とポポロの前に壁を作らせました。そこへ猿の頭が飛んできます。壁は攻撃を跳ね返しましたが、その拍子に花が崩れて壁に穴が空きました。猿が首を縮め、穴目がけてまた首を伸ばそうとします。

 ポポロは怪物へ手を向けました。攻撃魔法の呪文を唱え始めます。

「ローデローデリナミカ――」

 

 ところが、それより早く別の呪文が響きました。術師のラクです。片手で呪符を木に押しつけたまま、もう一方の手で印を結んでいます。

 とたんに無支祁がとまどい始めました。伸ばしかけていた首を止めて、きょろきょろとあたりを見回します。

 ラクが言いました。

「皆様が持つ守りの呪符に呪文を唱えました。もう皆様の姿は敵からは見えません。音を立てずにお行きください」

 その声を聞きつけて無支祁がラクのほうを見ました。首を伸ばして襲いかかっていきますが、ラクの手前で見えない壁に跳ね返されます。ラクが術で障壁を作ったのです。

 フルートは黙ったまま空へ手招きしました。ポチとルルが舞い下りてきて、背中にフルートたちをすくいあげます。フルートは行く手の井戸を指さしました。風の犬に乗ったまま井戸に飛び込もうというのです。

 けれども、犬たちはごうごうと音をたてていました。風のうなりを止めることはできません。無支祁がそれを鋭く振り向きました。

「音がするな! 貴様らはそこか!?」

 人のことばでどなって、音を追いかけてきます。

「ワン、まずい――」

「来るわ」

 ポチとルルがあわてて左右へ別れると、そこへ無支祁の頭が飛んできました。直撃を食らって崩れた石積みが、井戸の中に落ちます。水音は聞こえません。

「そうか! 貴様らはここから地下の国へ行くつもりだな――! そうはさせるか!」

 巨人の怪物はわめきたてると、たった一歩で井戸の前へ行って立ちふさがりました。聞こえてくる風の音を追って、空を見回します。

「やべぇぞ。どうする?」

 とポチの背中からゼンが言いました。その後ろにはメールがしがみついてます。

「あいつは素早い。脇をすり抜けようとしても捕まりそうだな」

 とフルートはルルの背中から答えました。その前にはポポロが乗っていて、怪物へ呪文を繰り出そうかどうしようか迷っていました。彼女の魔法は強力ですが、一日に二回しか使えません。今ここで使ってしまっては、後で困ることになるかもしれないのです。

 

 すると、地上を走り出した人たちがいました。竜子帝とリンメイです。まっすぐ無支祁へと向かっていきます。あまりに大胆な行動に、危ない! とフルートが思わず言うと、とたんに無支祁がフルートを見据えました。

「いたな! 金色の小僧!!」

 ラクの呪符は、金の石の守りと同様、声などで存在を気づかれると、それ以上隠し続けることができなくなるのでした。怪物が空中にいるフルート目がけて首を伸ばそうとします。

 その時、竜子帝たちが無支祁の足下にたどり着きました。先に着いた竜子帝が立ち止まって両手を前で組みます。

「行け、リンメイ!」

 少女は組み合わせた手に飛び乗りました。それを竜子帝が勢いよく跳ね上げます。

 宙高く舞ったリンメイは、柱のようにそびえる向こうずねへ、思いきり蹴りを食らわせました。無支祁はたちまちすさまじい悲鳴を上げ、脚を押さえてうずくまりました。怪物にもそこは急所だったのです。

 竜子帝は落ちてきたリンメイを受け止めると、そのままラクがいるほうへ駆け戻り始めました。痛みに怒り狂った無支祁が、巨大な手で周囲の地面をたたき回ります。

「今だ、行け!」

 と竜子帝は空のフルートたちを振り向いて叫びました。その首にしがみつきながらリンメイも言います。

「気をつけて! 必ず友だちを助け出すのよ――!」

 二人の声を聞きつけて無支祁が動きました。そこにいたな!! とわめき、長い首を竜子帝へ伸ばします。リンメイが地面に飛び下り、竜子帝と左右へ走って無支祁を攪乱(かくらん)します。

 その間にフルートたちは井戸へ向かいました。井戸の中は暗く、底のほうがどうなっているのか、まったく見通すことはできません。

 それでも、彼らは飛び込んでいきました。まずフルートとポポロを乗せたルルが、続いてゼンとメールを乗せたポチが。ひょおぉぉ……と風の音が井戸の中に吸い込まれていきます。

 

 竜子帝とリンメイが駆け戻ってくると、ラクは呪符をかたわらの木から引きはがしました。新たな呪符を取りだして、怪物目がけて投げつけます。

「封印!」

 すると、目の前の一帯が淡い光を放ちました。無支祁の巨体がいきなり地面に倒れ、見えない手に抑え込まれたように立ち上がれなくなってしまいます。長い手足を振り回そうとするのですが、わずかにもがくのがやっとです。井戸を取り囲む結界がまた力を取り戻したのでした。

「フルートたちは大丈夫なのか?」

 と竜子帝が心配すると、ラクが言いました。

「皆様方はすでに別の処へと行かれました。ここの結界はその場所には力を及ぼしません。では、あの怪物を始末いたします。このままにしておくと、結界を抜け出してユラサイに害をなすやもしれませんから」

 懐からまた新たな呪符を投げて呪文を唱えると、とたんに、無支祁の巨体がいくつにもちぎれました。一瞬で絶命したのです。次の瞬間には火を吹いて燃え上がります。

 怪物が燃える火と煙の間から、竜子帝とリンメイとラクは古井戸を見守りました。いくら見つめ続けても、もうそこから現れるものも、そこへ消えていくものもありません。

 リンメイが心配そうに言いました。

「彼らは無事に闇の国へ行けたかしら……?」

「行けたに決まっている。やると言ったことは必ずやる連中なのだ。なにしろ、金の石の勇者の一行だからな」

 彼らと一緒に旅をしたことのある竜子帝が、確信を込めてそう答えます。

 

 すると。

 どこからか、ひとりごとのような声がしました。

「ふぅん、闇の国ねぇ」

 若い男性の声ですが、声の主の姿は見あたりません。炎が燃える音がごうごうとうるさいので、竜子帝たちはまったく気がつきませんでした。

 炎の巻き起こした風の中に、短い笑い声が混じりました。それは、まるで女が笑うように、うふふ、と楽しげに響きました――。

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