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第15巻「闇の国の戦い」

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9.術

 古井戸の痕はうっそうとした森の奥にありました。

 年を経た巨木が立ち並ぶ下には、小さな雑木や蔓(つる)がはびこり、一面緑におおわれています。飛竜と花鳥は、その中にようやく小さな空き地を見つけて舞い下りましたが、どこに古井戸があるのか、さっぱり見当がつきません。

 すると、術師のラクが言いました。

「ここから先は飛竜では進めません。竜はここで待たせておきましょう。ただいま道を開きます」

 と黄色い服の懐(ふところ)から紙切れを取りだし、それを投げながら呪文を唱えます。とたんに、紙切れは閃光に変わり、緑の中を貫きました。森にまっすぐな一本道ができあがります。

 

 それを見てゼンが言いました。

「こういう魔法はポポロも前に使ったことがあるよな。山ン中に道を開いてよ。似たような魔法なのに、ラクとポポロとじゃやり方が違うんだな」

「ポポロは光の魔法を使うし、闇の民やデビルドラゴンは闇の魔法を使うけど、ユラサイの術師の魔法は、それとはまた別のものなんだよね」

 とフルートも言います。

 ポポロはちょっと首をかしげました。

「魔法の元になる力は同じものなのよ……。この世界には限りない力が充ちていて、あたしたちはそれを引き出して使っているの。その時に天空の民が使うのは光の呪文だし、闇の民が使うのは闇の呪文。ラクさんたちは呪符の文字を読み上げて呪文を作るのね」

「中庸(ちゅうよう)の力、とわしらは呼びますがな」

 とラクは先に立って道を歩きながら話し出しました。

「世界には光と闇の術があるようですが、わしらの術はそのどちらにも寄ってはいません。中間の場所にあって、それを中庸と言うのです。光と闇は互いに相手の力を打ち消し合いますが、中庸の術はそこには関わりません。どんなものに対しても、ただ純粋に、術そのもの力で働きかけます。残念ながら光や闇の術ほど強力ではないのですが、中庸であるために役立つこともあります」

 うへぇ、とゼンが首をすくめました。ラクの話が難しくなってきたので、とんでもないことを話題にしてしまったと考えたのです。

 一方、賢い小犬はしっかりラクの話を理解していました。

「ワン、光と闇の戦いの時に、ユラサイのおかげで光の陣営が勝てたのは、そのせいだったんですね。光の魔法ではかなわない闇の敵にも、ユラサイの中庸の術が効いたから」

 フルートも納得したように言います。

「デビルドラゴンは最初、ユラサイに闇の陣営に加わるように呼びかけた。中庸の術は光のほうにも効いたから、味方に引き入れようとしたんだな。本当に、ユラサイが光と闇のどちらの陣営につくかが、戦いの勝敗の鍵だったんだ」

 すると、フルートたちと一緒に歩いていた竜子帝が真面目な顔で言いました。

「朕たちはこれからも光の側だぞ――。ユラサイは決して闇に荷担はせぬ。いつまでもおまえたちの味方だ。それは、朕の命と神竜にかけて誓う」

「ええ、私も約束するわ。ユラサイは、そのために神竜から守られている国だったんですもの」

 とリンメイも真剣に言います。

 フルートはうなずきました。そんなつもりはなくても、出会った人々との間に自然と絆(きずな)は結ばれ、仲間の輪が広がっていきます。光の名の下に集まる人々の輪です。これが光の陣営ってものなのかもしれない、とフルートはふと思いました。三度目の光と闇の戦いの、新しい光の陣営です……。

 

「出ました。闇の国への入口がある古井戸痕です」

 とラクが先頭で立ち止まりました。

 そこは一面の緑でした。ただ木と下生えにおおわれていて、それ以外のものは何も見えません。けれども、ポポロとルルは緊張しながら言いました。

「すごい……ものすごい力を感じるわ。この一帯が結界になっているのよ……」

「闇の匂いもするわよ。深い場所。あれが古井戸なのね」

 ラクは話し続けました。

「この場所は七本の特別な木に囲まれております。木には一本ずつ結界の呪符が仕込まれていて、結界の中央にある井戸を封じているのです。まず、この場所をおおう雑木を取り除きましょう。次に結界を解きますが、結界を解けば、闇の国への入口が開くことになります。闇の怪物が飛び出してくるやもしれません。皆様方はこれをお持ちください」

 と懐から取りだした呪符を、一枚ずつ少年少女たちに配ります。

「これは?」

 とフルートは尋ねました。犬たちの分の呪符もフルートに渡されてきます。

「守りの呪符です。敵から皆様方を守り、攻撃を強めてくれます。勇者殿たちが闇の国へ行かれると聞いたときから、宮廷の術師たちで作り上げてまいりました。本当はもっとたくさん作る予定だったのですが、時間が足りなかったので、八枚準備するのがやっとでした。勇者殿は闇から守ってくれる聖なる魔石をお持ちですが、備えは多い方がよろしいはずだ。これも肌身離さずお持ちください」

 フルートたちは感激しました。ラクの表情は帽子から垂れ下がる布の陰に隠れていますが、それでも、術師が彼らを心から心配して、力になろうと考えてくれているとわかったのです。ありがとうございます、と礼を言い、さっそく身につけやすい場所に呪符をしまいました。犬たちは服を着ていないので、こよりのように細くねじった呪符を首輪に結びつけてもらいます。

 

 すると、ゼンがラクに尋ねました。

「こいつは攻撃も強めてくれるって言ったよな? これがあれば闇の敵も倒せるようになるのか? 闇の連中はすぐに傷が治っちまうから、いつも手こずらされるんだ」

「攻撃力は増しますが、不死の怪物たちには決定打になりません。連中を倒したければ、こちらの呪符です」

 とラクは懐からまた別の紙切れを取り出しました。ゼンたちには読めない文字が書き記してあります。

「炎の呪符です。あらかじめ呪文が唱えてあるので、呪符に触れた敵を燃え上がらせることができます。さすがの闇の怪物も、体を焼き尽くされれば、灰の中からは復活してきませんからな」

「へぇ。フルートの炎の剣(つるぎ)みたいな効果じゃねえか」

 とゼンは感心しました。フルートが背負っている二本の剣の一本は、炎の魔力を持っているのです。

 すると、ラクが残念そうに続けました。

「ですが、この呪符はこの一枚しかございません……。我々術師ならば、呪符と呪文を組み合わせて、さまざまな術を繰り出せますが、皆様方には不可能です。これはゼン殿に差し上げますが、闇の国で使うにはとても足りませんな」

「いや、そうでもねえさ」

 とゼンは、にやりとすると、背中の矢筒から矢を一本抜きました。白い羽根がついた矢です。その矢尻に近い場所へゼンは炎の呪符を巻き付け、ラクに突き出してまた言いました。

「これがはがれねえようにしてくれよ」

「炎の矢ですか。切り札にするつもりですか?」

 術で呪符を矢に固定しながらラクが尋ねると、ゼンは、いいや、とまた屈託なく笑いました。

「これで群がる敵をばたばた倒してやるんだよ。こうやってな――!」

 ゼンは呪符を巻いた矢を矢筒に戻しました。次の瞬間、また矢筒からそれを抜き、背負っていた弓を外して構えてみせます。それから、ゼンは矢をぽとりと足下に落として、次の矢を抜き取りました。それにも炎の呪符が巻いてあったので、ラクは驚きました。それを一度弓に構えてからまた落とし、三本目の矢を抜くと、そこにもやはり炎の呪符があります。ゼンが矢を抜くたびに、呪符を巻き付けた矢は増えていきます。

 

 やがて、ゼンの足下が呪符を巻いた矢でいっぱいになったので、竜子帝が声を上げました。

「いったいどういうことだ!? どういう術で炎の矢を増やしたのだ!?」

 隣でリンメイも目を丸くして驚いています。

 メールが笑いながら答えました。

「ゼンが持ってるのは魔法の弓矢なのさ。エルフの弓矢っていって、狙ったものには百発百中だし、矢筒は、中の矢をいくらでも増やしてくれるんだよ」

「そういうことだ。そら、炎の矢が一束できあがりだぞ」

 とゼンは得意そうに言うと、二十本以上に増えた炎の矢を拾い上げて、まとめて矢筒に入れました。矢筒に戻しても矢の数は減りません。

 それを見て、フルートとポチも笑いました。

「そういえば、君はずっと前にもこれをやったよな」

「ワン、風の犬の戦いで魔王と対決したときですよ。天空王からもらった光の矢を矢筒で増やして戦ったんだ」

 なんとまぁ、とラクや竜子帝たちがあきれたり感心したりします。

 ところが、ルルが言いました。

「それは魔法の武器でしょう。別の魔法と一緒にすると効果が失われるかもしれないわよ」

「エルフの矢は狙ったものに必ず当たる力を持っているけど、今作った炎の矢からは、その魔法が消えてしまってるわ……。命中率は普通の矢と同じよ」

 とポポロも言います。新しく作った炎の矢は百発百中ではないということです。万事好都合とはいかなくて、ゼンが思わず頭をかきます。

 

「どれ。では結界の中の植物を消しますぞ」

 とラクがまた呪符を取り出しました。呪文と共に空へ投げると、呪符は燃えるように光って地上を照らします。

 すると、光を浴びて目の前の一帯から下生えや雑木が消えていきました。むき出しになった地面が現れます。その真ん中に、ぽつんと古い石積みがありました――。

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