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第15巻「闇の国の戦い」

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8.西の長壁(ちょうへき)

 「西の長壁(ちょうへき)が見えてきたわ! ユウライ砦はもうすぐよ!」

 飛竜に乗って空を飛んでいたリンメイが、行く手を指さして声を上げました。飛竜に乗った竜子帝と術師のラク、大きな花鳥に乗ったフルートたちが、指さす方へ目を向けます。晴れ渡った空の下、なだらかな山の中に白っぽい石の壁が見えていました。

「長壁って、長い壁ってことか? 確かにどえらく長いな!」

 とゼンが驚きました。石の壁はところどころで崩れ落ちていましたが、それでも、山々を北から南へ縦断して延々と続いていたのです。その先へ目をこらしても、壁の終わりは見えません。

「西の長壁は全長が二千キロもある。ユラサイの本土とその西側とを仕切る長大な壁なのだ」

 と竜子帝が答えると、小犬のポチも言いました。

「ワン、光と闇の戦いのときに、西から攻めてきた闇の軍勢を防いだ壁なんですよね。その時の皇帝の琥珀帝(こはくてい)が、術師たちに命じて作らせたんだ」

 ポチは、竜子帝の身代わりをしていた頃に、ユラサイの歴史を勉強してきたのです。

 術師のラクがうなずきました。

「左様。長壁の創造にたずさわった術師は四千人あまり。そこから選ばれた五人が人柱になって、壁の礎(いしずえ)になったと言われております」

「人柱?」

 耳慣れないことばにメールが聞き返します。

「橋や建物を壊されないために、人が生贄(いけにえ)になることです。その建築物を作る場所に、生きながら埋められるのです」

 フルートたちは思わず顔をしかめました。なんだよそりゃ!? とゼンがどなったので、ラクは説明を続けました。

「究極の守護術の一つです……。五人の術師が生きながら長壁の下に埋まり、壁の一部となって国を守ったのです。西からやってきた闇の怪物たちは非常に強かったが、長壁のおかげでユラサイの内部へ侵入することはできませんでした。その後、長壁はところどころで壊れたり、道を通すために切りひらかれたりしましたが、大部分は二千年たってもこうして現存しています。人柱になった術師たちの術が、まだ生きているからだと言われております」

 勇者の少年少女たちは思わず絶句しました。行く手に近づいてくる長い壁を見つめてしまいます。石積みの壁は、緑の木々に半ば埋もれながら、夏の日差しに白く輝いています――。

 ラクは語り続けました。

「長壁には南北と中央に砦がありました。中でも南のユウライ砦が一番大きかったことは、前にもお話しした通りです。非常に激しい戦闘が行われたようで、今でもユウライ砦の近辺には戦場跡を好む怪物や妖怪が多く棲みついています」

「ユウライ砦なら、ぼくたちも実際に行きました。食魔(しょくま)と戦って、食魔払いのロウガと出会ったんです」

 とフルートは言いました。半月ほど前の出来事です。

 ラクはうなずきました。

「食魔は戦いで死んだ兵士たちの魂だと言われております。あの世へも地獄へも行くことができなくて怪物に変わり、闇に潜んで、通りかかったものを片端から食っていくのです」

「都の南の山でぼくたちと戦ったトウテツも、それと似たようなことを言っていました。もともとはユラサイを守る神の獣だったのに、闇との戦いのせいで狂ってしまって、人を襲う怪物に変わったんだって……。闇との戦いは、人にも神獣にも、本当にたくさんのものに影響を与えて変えてしまったんですね」

 フルートの声は静かでした。羽ばたきながら空を飛ぶ花鳥の背中でうつむき、じっと何かを見つめる目になります。

 とたんにポポロがフルートに飛びつきました。片腕にしがみついて、引き止めるように強く抱きしめます。

 ゼンも兜の上からフルートの頭を殴りました。

「ったく、この馬鹿は! ホントに進歩しねえヤツだな!」

 いきなりのことに竜子帝やリンメイやラクが驚いていると、メールが言いました。

「フルートは、闇との戦いが怪物を生むなら、その前に願い石でデビルドラゴンを倒した方がいいんじゃないか、って考えてたのさ。相変わらずなんだからさ、もう!」

「それは絶対だめよ、フルート!」

「ワン、そうです! 願い石を使わないで闇の竜を探す方法を探して、やっと手がかりも見つかったところなのに!」

 とルルとポチも口々に言います。

 願い石? とリンメイがますます不思議がると、術師のラクが言いました。

「そういえば、聞いたことがありますな。この世にはどんな願いでも一つだけかなえることができる魔石がある、と。そうですか。勇者殿はその魔石を持っておられたのですか」

「そいつを使えば、こいつは間違いなく死んじまうんだよ」

 とゼンは渋い顔でフルートを示しました。

「なにしろ、二千年に一人も現れないような、超お人好しだからな。自分の命と引き替えにデビルドラゴンの消滅を願おうとしやがる。おかげで、俺たちはいつも苦労させられるんだ」

 フルートはたちまち顔を赤くしました。

「もう願わないって言ってるじゃないか。いいかげん信用しろよ!」

「できるか! 今だって願い石の誘惑を聞いてやがっただろうが! ポポロ、この馬鹿を絶対に離すなよ。おまえが捕まえてりゃ、こいつは行かねえからな」

「だから、もうやらないって言っているだろう――!!」

 フルートがいっそう赤くなります。

 

 すると、竜子帝が思い出したように言いました。

「そうだ、おまえたちと竜仙郷へ向かっていたときに、虎人たちがそんな話をしていたな……。願い石は破滅の石だが、馬鹿な怪物たちはそれがわからないから、石が手に入ればなんでも思い通りになると信じている、とも。あれは、そういう意味だったのか」

「じゃあ、願い石を持っているせいで、フルートは怪物から狙われているわけ? 闇の怪物がひしめいている闇の国に行ったりしちゃ危険じゃないの!」

 とリンメイが鋭く気がつきます。

 フルートはユラサイ人の友人たちへほほえみました。

「それでも行かなくちゃいけないんだよ。そうしなかったら、アリアンとグーリーは救えないし、デビルドラゴンを倒す方法も見つからないんだから」

 表情は穏やかでも、声に強いものがありました。優しく見えるし、実際とても優しいフルートですが、一度こうと決心したら、誰がなんと言っても絶対に考えを変えない頑固者(がんこもの)なのです。

 ゼンは肩をすくめました。

「まあ、俺たちには金の石がついてるからな。あいつは闇の連中から俺たちを隠してくれるし、襲われたときには聖なる光で助けてくれる。あいつさえいれば、闇の国でもなんとかなるだろう」

 フルートの胸の上では金の魔石が静かに輝いています――。

 

 一行は長壁に沿ってさらに南へ飛び続けました。やがて、白い壁の先に崩れ落ちた石の建築物が現れます。ユウライ砦の遺跡です。

「問題の井戸痕は、あの砦からさらに西へ五キロほどの場所にございます。ここから先はわしが案内いたしましょう」

 とラクが言って先頭に出ました。

 三頭の飛竜と一羽の花鳥は、砦跡の上空を飛び過ぎると、西の長壁を越えて、さらに西へと向かっていきました。

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