ユラサイの皇帝の竜子帝は、宮殿の奥まった場所にある、自分の部屋にいました。
皇帝と言っても、フルートたちとほとんど歳の違わない少年です。背が高く着ている服も立派なので、黙って立っていれば堂々として見えますが、口を開くと、とたんに中身の子どもっぽさが外に出ます。今も、フルートたちが通路から部屋へ駆け込んでいくと、皮肉な調子で言いました。
「やれやれ、やっと来たか。朕(ちん)がおまえたちを呼んでから、もう三十分もたっているぞ。闇の国へ行きたくないのかと思っていたところだ」
とたんに、部屋の片隅から叱責が飛んできました。
「キョンったら! そんな意地悪を言うものじゃないわ!」
叱ったのは、髪を二つに分けて丸く束ね、赤い上着と白いズボンを身につけた少女です。竜子帝の幼なじみで婚約者のリンメイでした。たちまち竜子帝が首をすくめます。
フルートは息せき切って尋ねました。
「闇の国の入口が見つかったって!? どこだ!?」
その勢いに竜子帝たちは驚きました。
「何をそんなにあわてている……? 闇の国のことを知っている者を国中に探して、ラクたち術師に確かめに行かせたのだ。時間がかかったのはしかたがないだろう」
「んなこと言ってるんじゃねえ! 今すぐ闇の国に行かなくちゃならなくなったんだよ! さっさと入口の場所を教えろ!」
とゼンもどなったので、竜子帝たちはますます驚きました。
「何があったのだ、本当に……? ユウライ砦(さい)のすぐ近くだ。そこに古井戸痕があるのだが、それが闇の国への入口になっていたのだ」
ユウライ砦! と今度はフルートたちが驚きました。二千年前、西から攻めてきたデビルドラゴンと闇の軍勢を、光の軍勢が迎え撃った場所です。
すると、部屋の中に黄色い服を着た男が姿を現しました。黄色い帽子からは同じ色の布が顔の前に垂れ下がっていて、帽子と布の隙間から二つの目だけがのぞいています。皇帝付きの術師のラクでした。部屋の人々へ一礼してから話し出します。
「かつて、闇の軍勢はさまざまな場所からこの国に侵入しようとしたのですが、その中でも特に激しい戦いが起きたのが、南の砦(とりで)にあたるユウライ砦でした。闇の軍勢はそこを集中的に攻めるために、砦の近くに闇の国からの出口を作ったようでございます。むろん、今ではその出口は埋められ、強力な術で封印されておりますが、近くの住人たちはそこに地獄に通じる井戸があると言い伝えて、恐れておりました」
「ワン、エスタ城の闇の国への入口と同じだ! 間違いない!」
とポチが言うと、メールもうなずきました。
「だね。きっと、エスタ国も昔、光と闇の戦いの戦場になったんだよ。とすると、世界中あっちこっちに、闇の国とつながる出入り口があるってことだよね」
「今、一番近いのはユウライ砦の入口だ。そこからすぐに闇の国へ行く」
とフルートは言いました。強い口調です。
「すぐ? 今すぐ出発するというのか?」
と竜子帝があきれると、術師のラクも言いました。
「準備が必要です、勇者殿。闇の国については私もいくらか聞き及んでいますが、国中が闇の呪いにおおわれた非常に危険な場所だという話です。いくら金の石の勇者であっても、そのまま闇の国に乗り込むのは――」
「友だちが闇の国に連れ去られたんです! 一刻も早く助け出さないと、殺されてしまうかもしれないんだ!」
フルートはまた強く言うと、仲間たちを振り向きました。
「急げ、みんな!」
「おう!!」
仲間たち全員がたちまち竜子帝の部屋から飛び出していきます。出発の準備に向かったのです。
ところが、フルートも自分の部屋へ向かおうとすると、竜子帝に呼び止められました。
「待て、フルート。朕も行くぞ!」
フルートは驚いて立ち止まりました。後見役のハンや術師のラクも仰天します。
「と、とんでもありません! 皇帝がそのような場所へ行くなど言語道断! 危険すぎます!」
「左様です、帝! 闇の国は、金の石の勇者の一行が準備を整えて行っても、危険な場所なのです! 今はその準備を整える時間さえないというのに!」
家臣たちに言われて、竜子帝は口を尖らせました。
「朕は闇の国へ同行すると言っているわけではない。古井戸痕まで行って、フルートたちを見送りたいだけだ」
「それでも危険だよ、竜子帝。闇の国への入口を開いたら、どんなことが起きるかわからないんだから。見送りならこのホウの都で充分さ」
とフルートも言いましたが、竜子帝は頑として聞き入れませんでした。ハンへ自分の飛竜を準備するよう命じます。それに乗って、入口のあるユウライ砦まで飛ぼうというのです。
フルートはさらに強く言い続けました。
「だめだ、竜子帝! 君は一緒に来られない! 君に万が一のことがあったら、この広大な国の人たち全員が路頭に迷うぞ! 君はこのユラサイのたった一人の皇帝なんだからな!」
「わかっている。だからこそだ」
と竜子帝が答えました。いつの間にかひどく真剣な表情と声になっています。
「フルート、おまえたちは朕とユラサイのために何をしてくれた? 朕の命を救い、皇位をねらう叔父上たちを駆逐(くちく)し、さらにはこの国を闇の魔手からも守り抜いてくれたではないか。それだけのことをしてくれたのに、朕に礼もさせぬつもりだと言うのか? ――確かに、朕は闇の国には行けぬ。朕が今死ねば、皇帝の血が絶えてしまって、神竜との約束を破ることになるからな。だから、せめて闇の国へ降りていく場所まで見送りをさせろ。その場所が危険だというならば、その危険を排して、おまえたちを無事、闇の国まで送り出してやる。それくらいのことは、皇帝であっても許されるはずだ」
竜子帝……とフルートは言って、それ以上は続けられなくなりました。友人の強い気持ちが、まっすぐ胸に伝わってきたのです。
すると、リンメイがハンへ言いました。
「こんなキョンを止めるのは不可能よね、父上。私の飛竜も準備をお願い。私も一緒に行って、キョンに危険がないように見張っていてあげる。で、フルートたちに闇の連中が襲いかかったりしたら、キョンと一緒に撃退してくるから」
リンメイは、竜子帝と同じ師の下で修業をしてきた拳法の達人です。
術師のラクも言いました。
「無論、私も勇者殿たちと一緒にユウライ砦まで参ります。術師がいなくては、古井戸にかけられた封印は解けませんから。本当ならば、十二分に準備と装備を整えてからでなければ、お行かせしないところですが、勇者殿たちの事情も了解いたしました。時間はほとんどありませんが、我々術師たちも、できる限りの援助をさせていただきましょう。帝も、必ずそのようにご命令なさることと――」
「無論だ。フルートたちが闇の国へ行き、無事にそこから戻ってこられるよう、術師たちは総力を挙げてフルートたちを支援せよ」
と竜子帝がすかさず答えます。
フルートはまた感激で胸がいっぱいになりました。確かに、それはフルートたちが彼らのために尽くしてきた見返りなのかもしれません。けれども、やっぱり彼らの思いやりが心に染みました。世界中どこに行っても、人が人である限り、友だちになっていくことはできるんだろう、とも考えます。
「よろしくお願いします」
ユラサイ人の友人たちに向かって、深く頭を下げたフルートでした――。