「驚かせてすまんな、勇者たち」
と水から現れた人物が話しかけてきました。長い髪とひげの老人です。光の加減で色合いの変わる長衣を着て、池の面(おもて)に立っています。
「泉の長老!」
とゼンとメールとポポロは声を上げました。フルートだけはまだ気を失っていて、ぐったりとゼンに担がれています。そちらへ手を向けて、老人が言いました。
「目覚めなさい、フルート。話がある」
とたんにフルートは目を開け、老人を見て驚きました。
「泉の長老! どうしてここに!?」
長老が守る魔の森からこのユラサイまでは、何千キロもの距離が横たわっているのです。
すると、長老が言いました。
「わしは世界中の泉と川を司っていて、すべての水辺の出来事を知ることができる。そなたたちがこの池へ来たのが見えたので、フルートのペンダントを通じてやってきたのじゃ。少々手荒な方法だったがな」
言われて、フルートは自分の胸に下がるペンダントを見ました。金の草と花の透かし彫りの真ん中で、金色の魔石が輝いています。
泉の長老は話し続けました。
「聖守護石は単独で意志と力を持つ存在だが、それを囲んでいるペンダントは、わしが魔法で作り上げたものじゃ。わしと通じておるから、フルートの生気をいくらかと、ここの水を使って、わしをこの場所に出現させたのじゃ。頻繁に行えばフルートの生命が危険になるが、緊急事態じゃ。大目にみてもらおう」
緊急事態、と聞いて勇者の少年少女たちはいっせいに緊張しました。フルートがゼンの肩から水中に飛び降ります。
「何かあったんですか!? ひょっとして、シルの町に何か――!?」
「シルの町ではない。知らせはシルの町からやって来たがな」
長老のことばは、どこか謎めいています。フルートたちが理解できずにいると、老人はさらに言いました。
「そなたたちの友だちの危機じゃ。詳しく話して聞かせよう。だが、まずは水から上がりなさい。わしがこの場所にいるために、水を通じて力を吸い取られていくからな」
それを聞いて、あわてて池から這い上がったフルートたちでした。
「アリアンとグーリーが闇の国に……」
泉の長老から話を聞き終わったフルートは、深刻な表情になりました。他の仲間たちも顔色を変えています。
「まずいじゃないのさ。アリアンたちは、闇に敵対するあたいたちを何度も助けてるんだ。そういうのって、闇の民にとっては裏切りになるんだろ? 絶対に処罰されちゃうよ!」
とメールが言えば、ゼンも腕組みしてうなります。
「闇の民は残酷で意地悪で、他人を不幸にすることしか考えていねえ、って、ロキが昔言っていた。連中はアリアンたちを殺しちまうかもしれねえぞ。しかも、ものすごく残酷な方法でな」
ゼンはごく低い声でしゃべっていました。最大限に腹をたてて、爆発寸前になっている証拠です。
そこには、ポポロに呼ばれて、ポチとルルも駆けつけていました。白い小犬が一生懸命考えながら言います。
「ワン、やっぱり闇の国に行かなくちゃいけないんだ。それも大急ぎで……。どうやったらいいんだろう? どこから闇の国へ行けばいいんだろう?」
「この地上には天空の国への入口があちこちにあるわ。闇の国への入口も、どこかにないの?」
と茶色い雌犬も言います。
闇の国への入口――と全員が考え込み、自然と水の上の老人に注目しました。泉の長老ならば、入口のある場所を知っているのではないか、と考えたのです。
けれども、長老は首を振りました。
「わしは光に属する者じゃ。闇の国への入口は闇魔法で隠されているから、わしには見ることがかなわん。わしの管轄の中にも、その入口はない」
「じゃあ、どうやって闇の国に行ったらいいんだよ――!?」
ついにゼンが切れ始めます。
すると、頬に両手を当ててずっと考え込んでいたポポロが口を開きました。
「昔、聞いたことがあるわよ……闇の国への入口の話。今、思い出したわ……」
えっ!? と全員はポポロに注目しました。
「それはどこ!?」
とフルートが尋ねます。
「エスタ国よ。ロムド国の東隣の……。ほら、風の犬の戦いの時に、あたしたちはエスタ城に行って、天空の国へ続く階段の扉を開けたでしょう? あの時、扉の間に案内してくれたエスタ国王が話していたのよ。エスタ城の地下室には、地底の闇の国に続く封印された井戸もある、って……。そこからならば、闇の国に行けるんじゃないかしら?」
そう話すポポロの服は、もう半袖の白い服に戻っています。
「エスタ城って言ったら、ものすごく遠いじゃないのさ!」
とメールが思わず言うと、ポチとルルが口々に言いました。
「ワン、大丈夫ですよ! ぼくとルルが風の犬に変身するから!」
「そうよ。私たちに乗って空を飛んでいけば、ここからエスタまで三日で行けるわ!」
フルートは即座に仲間たちへ言いました。
「よし、決まった。大至急エスタ城へ行こう! エスタ国王に会って、闇の国へ行くんだ!」
おう! と仲間たちがいっせいに返事をします。
泉の長老が池の上から言いました。
「わしはもう元の場所へ戻るとしよう。あまり長くここにいると、水中の生き物たちが弱って死んでしまうからな」
長老の言うとおり、池の中の魚たちが水面近くまで浮いてきて、苦しそうに泳ぎ回っていました。水辺に生える柳の木も、秋でもないのに、黄ばんだ葉をはらはらと水面に散らしています。水を通じて力を長老に吸い取られているのです。
フルートは、あわてて長老へ頭を下げました。
「知らせてくださって本当にありがとうございました。アリアンとグーリーは、ぼくたちが必ず助け出します。ユギルさんとゴーリスと――ロキに、そうお伝えください」
「水は地下にも流れている。水の守りがそなたたちと共にあるように」
泉の長老は勇者たちのために祈ると、きらめく水の柱に変わっていきました。次の瞬間、どっと崩れ、白いしぶきをたてて池に戻っていきます。とたんに、池の魚たちがまた元気に泳ぎ出しました。畔の柳も葉を落とすのをやめます――。
「行くぞ! 出発の準備だ、急げ!」
とフルートが言い、全員が駆け出しました。自分たちの部屋へ戻って荷物をまとめようとします。
すると、中庭から宮殿に入ったところで、白髪頭の男性に出会いました。竜子帝の後見役のハンです。自分からフルートたちに駆け寄ってきて言います。
「皆様、ここにいらっしゃいましたか! 竜子帝がお呼びです。今すぐ、帝の部屋へおいでください!」
それから、ハンは、ぐっと声を低めて続けました。
「お探しの闇の国への入口が見つかったようでございます」
ええっ!? とフルートたちはまた驚きました。
「闇の国への入口が見つかった? ……このユラサイに?」
とフルートが聞き返すと、ハンがうなずきます。
フルートたちは弾かれたように竜子帝の部屋へ駆け出しました――。