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第15巻「闇の国の戦い」

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第1章 再会

1.荒野の街道

 街道に車輪の音を響かせながら、一台の馬車が走っていました。

 周囲は草もろくに生えていない、乾ききった荒野です。真夏の日差しが空から容赦なく照りつけますが、街道の横だけにはポプラ並木が続いていて、赤い石畳に涼しい木陰を落としていました。街道に沿って川が流れているのです。日差しと木陰が作る縞模様をくぐりながら、馬車は走っていきます。

 馬車には壮年の男が乗っていました。たくましい体を黒い服で包み、胸の前で腕を組んで、厳しい顔つきで窓の外を見ています。その黒髪は半白、顔にも深いしわが刻まれているので、実際の年齢よりも老け込んで見えます。

 すると、その向かいの席から別の人物が話しかけてきました。

「間もなくですのね、あなた。さっきからずっと嬉しそうだから、わかりましてよ」

 豊かな栗色の髪を結い上げた女性でした。落ち着いた色合いのドレスを着て、膝の上に小さな娘を抱いています。娘は、ちゅっちゅっと指をしゃぶりながら、母親の腕の中で眠たそうな顔をしていました。黒っぽい髪は父親譲りですが、優しい顔立ちは母親にそっくりです。

 男は妻へ目を向けて言いました。

「嬉しそうか? 俺が?」

 にこりともしない顔は、むしろ怒っているように見えましたが、妻は平気で答えました。

「ええ、とても。それにどんどん機嫌が良くなっていかれるから、私にも間もなく到着するのだとわかりますわ。シルはあなたにとって良い町でしたのね」

 とたんに男の厳しい顔が少し和らぎました。

「そうだな。大荒野のどこにでもあるような小さな町だが、俺にとっては大事だった。なにしろ十年間もそこで暮らしてきたからな」

 妻は黙ってほほえみました。その腕の中で娘は眠ってしまいます。

 

 すると、今度は男の右隣の人物が話しかけてきました。

「その十年間、ゴーラントス卿は奥方様をずっとお待たせしたままだったのですよ? その町が良かったとおっしゃってしまっては、問題でございましょう。せめて、おまえがいる王都のほうがもっと良い場所だ、とでもおっしゃらなくては」

 話しているのは、灰色の長衣を着た細身の人物でした。浅黒い肌に整った顔立ち、右が青、左が金の色違いの目に、輝くような長い銀髪の、非常に美しい青年です。

 ゴーラントス卿と呼ばれた男は、また厳しい顔つきに戻って、じろりと青年を見ました。

「そんな気のきいた台詞が俺に言えるか。ジュリアだってそんなものは期待していない」

 すると、女性も言いました。

「ご心配には及びませんわ、ユギル様。口に出さなくても、主人がそう考えていることは、ちゃんとわかっておりますから。国王陛下や、私や娘のミーナがいる王都が、主人には一番大切な場所。でも、その次がきっとシルの町なのですわ。だって、あの金の石の勇者が生まれ育った町なのですから」

 優しげで優美な姿をしているのに、女性は意外なほどはっきりとものを言いました。それでいて穏やかな笑顔は絶やしません。

 銀髪の青年は苦笑しました。

「ご夫妻にはかないませんね。一応ゴーラントス卿を冷やかしたつもりだったのですが……。とはいえ、確かにその通りでございます。勇者殿が生まれ、ゴーラントス卿が巡り会いの時を待ち続けたシルの町は、もう間もなくです。勇者殿たちは世界を旅している最中ですが、勇者殿を慈しみ育てたご両親がお待ちでいらっしゃいます」

 男はうなずきました。

「良い人たちだぞ。さすがはあのフルートの両親だ、と思うような二人だ――」

 

 馬車に乗っていたのは、ロムド国の重臣のゴーラントス卿とその妻のジュリアと娘のミーナ、そして、ロムド城の一番占者のユギルでした。

 今から十四年前、ゴーラントス卿はゴーリスと名を変えて、大荒野の中のシルという田舎町に潜伏しました。世界を闇から救う金の石の勇者がそこに現れる、とユギルが占ったので、勇者を出迎えるよう国王に命じられたからです。ところが、占いが実現したのはそれから十年後のこと、現れた勇者はわずか十一歳の子どもでした。フルートという名前の心優しい少年です。

 フルートは容姿も少女のように優しげでしたが、同時に非常に勇敢でした。闇と悪の権化のデビルドラゴンや、それに取り憑かれた魔王と、幾度も激戦を繰り広げては退けたのです。そのたびに、たくさんの国や種族の中に、仲間や味方が増えていきました。

 今、十五歳になったフルートは、デビルドラゴンを倒すための方法を求めてロムド国を離れ、仲間たちと一緒に世界を旅しています。ゴーリスが最後に彼らと会ったのは、四ヶ月ほど前の赤いドワーフの戦いと呼ばれる事件の時でした。これから会おうとしているフルートの両親にいたっては、もう半年以上も息子と離ればなれでいます。

 

「彼らがどれほど息子の心配をしているか、俺も親になって、その気持ちが実感でわかるようになった。しかも、フルートたちが戦っているのは世界の闇そのものだ。心配も並大抵のものではないだろう。だが、それでも彼らは黙って息子を見守っているんだ。息子を信じているんだな……。なかなかできることじゃない」

 とゴーリスは話し続けました。ユギルがそれに答えます。

「ですから、国王陛下はわたくしをゴーラントス卿と一緒におつかわしになったのです。家族水入らずのご旅行にお邪魔してしまったのは申し訳ございませんが、勇者殿たちのご様子をぜひ勇者殿のご両親にお聞かせするように、というご配慮なのです」

「邪魔などではございませんわ、ユギル様。一緒に旅をできて、とても楽しゅうございます」

 とジュリアはほほえみ、ゴーリスもうなずきました。

「それに、ユギル殿はつい最近、フルートたちと実際に会ったばかりだ。あいつらは東の果てのユラサイ国にいたのだろう? まったく、どこまで行くのかわからん奴らだ。きっと両親には手紙ひとつ書き送っていないんだろう。ぜひ、あいつらの様子を彼らに教えてやってくれ」

 すると、ユギルは急に微笑を浮かべました。思い出し笑いです。

「勇者殿たちとユラサイで会ったのは、皇太子殿下も同じでございます。ですから、自分もこの旅に同行したい、とずいぶん言い張っておいででした。殿下がおいでになれば、きっと大変な騒ぎになったことでございましょうね」

 それを聞いて、今度はゴーリスが苦笑しました。

「皇太子殿下にじきじきに訪問されたら、フルートの両親はさぞ驚いただろうな。シルの町長など、驚きすぎて卒倒したかもしれん。皇太子殿下は、我々が出発した翌日には、隣国エスタへ表敬訪問に出発されたはずだ。未来の皇太子妃を紹介するために、セシル様と一緒にな。そちらも皇太子として大事な務めだ」

「左様、殿下でなければおできにならない、非常に大事な役目でございます」

 と銀髪の占者が静かに言って、色違いの目を閉じます――。

 

 馬車は車輪の音を響かせながら、街道を走り続けていました。その行く手に濃い緑の大地が見え始めます。牧場や牧草地で、たくさんの牛や馬がのんびり草をはんでいます。その向こうには金に色づいた小麦畑も見えてきます。いよいよシルの町が近づいてきたのです。

 町の入口を示す木の門を、馬車はくぐり抜けていきました。

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