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第15巻「闇の国の戦い」

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プロローグ 追っ手

 今にも雨の降り出しそうな空の下を、一頭の裸馬(はだかうま)が駆けていました。何かに追われるように、暗い荒野を進んでいきます。

 馬は背中に人を乗せていました。黒髪に黒い服の少女です。疾走に合わせて長い髪が躍り、ドレスのような服の裾が激しくなびきます。

 すると、少女が馬の首を抱きしめて言いました。

「急いで! 追いついてくるわ! 左の谷のほうへ!」

 ブルルッと馬が鼻を鳴らしました。蹄(ひづめ)の音を響かせながら左へと進路を変えていきます。

 少女は振り落とされないように馬の首にしがみついたまま、手に持った何かをのぞき込みました。小さな丸い鏡です。揺れる鏡面が映しているのは、この世のものとも思えないほど美しい少女の顔でした。抜けるように白い肌、流れる黒髪、整った顔立ち――けれども、その哀しげな瞳は血のように赤い色をしていました。前髪のかかった額の真ん中には、尖った一本の角があります。少女は闇の民だったのです。名前をアリアンといいます。

 

 アリアンは鏡に目を凝らして、また馬へ言いました。

「早く! 追ってきているのは闇の王の親衛隊よ! 先回りされるわ!」

 鏡はいつの間にか別のものを映していました。親衛隊の象徴を体に巻き付け、階級を表す刺青(いれずみ)を顔や体に施した人々です。全員が頭に角を生やし、黒い翼を広げて空を飛んでいます。その羽ばたきの音が、少女の逃げてきた方角から実際に聞こえていました。次第に大きくなってきます。

 鏡が今度は暗い森を映しました。斜面を下った谷底に、重なり合うように木々がひしめいています。行く手の谷の光景です。

「がんばって! 森へ逃げ込めば追っ手をまけるわ!」

 と少女に言われて、馬はいっそう足を速めました。行く手に現れた斜面に向かって、まっすぐに進んでいきます。

 

 すると、突然アリアンの手の中で鏡が割れました。無数の銀の破片になって、風に飛ばされてしまいます。あっ、とアリアンは叫びました。追っ手の闇魔法に砕かれたのです。鏡は彼女が遠くを見るための目でした。もう追っ手を透視することができません。

 アリアンは馬の首に強くしがみつくと、悲鳴のように言いました。

「駆けて! 逃げ切るのよ! 森の中へ――!」

 馬が石ころだらけの斜面を一気に駆け下っていきます。その底に暗い森が横たわっていました。先刻鏡に映った場所です。馬はその中へ逃げ込もうとしました。重なり合った木々が近づいてきます。

 ところが、森に飛び込むより早く、目の前に追っ手が舞い下りてきました。闇の王の親衛隊員です。黒い翼を打ち合わせ、刺青のある顔でにやりとして言います。

「さあ、追いついたぞ。我々と来てもらおう、裏切り者め!」

 笑った口元から尖った牙がのぞきます。

 馬は勢いがついていて停まることができませんでした。待ちかまえる追っ手へ突っ込んでいきます。

 とたんに、アリアンのすぐ後ろでも、ばさりと羽音がしました。何かが大きく広がる気配がします。アリアンは、ぎょっと振り向き、馬が翼を伸ばしているのを見て叫びました。

「だめ! 空を飛んではだめよ! そんなことをしたら、私たちは――」

 けれども翼は広がり続けました。黒い羽におおわれた鳥の翼です。同時に馬の体もみるみる変わっていきました。前半分が巨大なワシ、後ろ半分がライオンの黒いグリフィンが現れます。

 グリフィンは翼を羽ばたかせました。森の上に広がる空に、他の追っ手はまだ来ていません。空へ舞い上がり、追っ手の頭上を飛び越えて逃げようとします。

 

 ところが、グリフィンの体がいきなり空中で停まりました。まるで蜘蛛の巣に捕らえられた羽虫のように、羽ばたいても羽ばたいても先へ進めなくなります。

「グーリー!」

 と少女は叫んで片手を伸ばしました。グリフィンを捕まえているのは闇魔法の網です。自分の魔法で網を断ち切って脱出しようとします。

 すると、そんな彼女にも魔法の縄が飛んできました。赤黒く光りながら絡みついて、ぎりりと少女を締め上げます。縄についた無数の棘(とげ)が、白い肌に食い込みます。

 グエェェン……!!

 黒いグリフィンは鳴いてもがきましたが、やっぱり魔法を振り切ることはできませんでした。縄がいっそう体に食い込んできて、少女が悲鳴を上げます。傷から流れ出る血は、目にも鮮やかな紅い色です。

 そこへ他の親衛隊員が追いついてきました。いっせいに手を突きつけると、黒いグリフィンが完全に動かなくなります。

「ようやく捕まえたな。ずいぶん手こずった」

 と親衛隊員のひとりが言いました。顔に色とりどりの刺青をしています。

「この娘の透視能力は半端じゃなかったからな。だが、それも終わりだ。鏡はもうどこにもない」

 と別のひとりが答えました。こちらは腕に虎のような模様の刺青があります。

「戻るぞ。王がお待ちかねだ。急がんと、あいつが目を覚ます」

 とまた別な男が言うと、親衛隊員全員が顔色を変えました。恐怖の表情になって、大急ぎで姿を消していきます。囚われた少女とグリフィンも一緒に消えました。彼らに連れ去られたのです。

 

 荒野を湿った冷たい風が吹き渡り、ついに雨が降り出しました。たちまち強まって土砂降り(どしゃぶり)になります。

 誰もいなくなった荒野は、激しい雨に包まれていきました――。

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