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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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75.幼なじみ

 「尼寺だって!? 何故!?」

 と竜子帝はリンメイに尋ねました。どなるような声です。

 リンメイは肩をすくめました。妙に明るく答えます。

「だって、キョン、私たちはとんでもない誤解をされているのよ。私があなたの――側室ですって。とんでもないわよね。あなたはこれから正式にお后を迎えなくちゃならないわ。私がそばにいたら話がこじれてしまうでしょう。いくら幼なじみだからって、私たちももう十六なんですもの。昔と同じようにはいかないわ」

 それだけのことを一気に話して、リンメイはまたほほえみました。笑っているのになんだか泣いているように見える笑顔です。リンメイ! と声を上げたポチとルルの二匹の犬へは、何も言わないで、と言うように首を振って見せます。

 竜子帝はリンメイを見つめ続けていました。その顔が、憤慨したようにみるみる赤く染まっていきます。

「側室だと――リンメイが? 馬鹿な」

「そう。ひどい話よね。これがもっとひどくならないうちに、みんなの誤解を解かなくちゃ。だから、私はコウインに――」

「リンメイは側室などではない」

 と竜子帝は怒ったようにさえぎりました。一歩進み出て、リンメイの肩を強くつかみます。

「冗談ではない。リンメイは、朕の后になる女性だ」

 おぉっ、とフルートたちはいっせいに驚きました。たちまちゼンとメールが歓声を上げます。

「よぉし! よく言った、馬鹿皇帝!」

「やるじゃないのさ、竜子帝。見直したよ! なかなか告白してくれなかったゼンやフルートとは大違いだね!」

「おい、なんでそこで俺たちを引き合いに出すんだよ?」

「だってホントにそうだろ」

 ゼンとメールが口論を始めます。

 

 ハンが顔色を変えていました。娘の横へ駆けつけ、必死で竜子帝を説得します。

「なりません、竜子帝! あなたは帝として、ふさわしい家柄の女性の中から正妻を選ばなくてはならないのです! 我が家のような成り上がりのところから、后を迎えることはできませんぞ!」

「ハン」

 と竜子帝は強い声で言いました。

「朕は何のために后を迎えるのだ? 朕は家柄などと結婚したくはない。どうせ后にするなら、朕をよく助けてくれる女性にしたい。それにはリンメイが最適だ」

「そんなことは宮廷の重臣や貴族たちが認めません! 宮廷中が大騒ぎになりますぞ!」

「反対などさせん。朕はこの国の皇帝だ。皇帝が選んだ后に異論を唱える者は、一人残らず処罰してやる」

 竜子帝は頑として考えを変えません。

 リンメイは真っ赤になって驚いていましたが、やがて、また顔を伏せました。わざと怒ったような声で言います。

「相変わらずわがままよね、キョン。何でも自分の思い通りにしたがるんだから」

「リンメイがそばにいれば、そうはならない。必ずリンメイが朕を叱るからな」

 と竜子帝がすかさず答えます。

 もう、とリンメイは笑い出してしまいました。顔を上げて、竜子帝の真剣な目を見つめます。

「いいわ。あなたが傲慢な皇帝になってしまわないように、一生そばにいてあげる――。あなたの后になるわ、キョン」

「リンメイ!」

 竜子帝は幼なじみの少女を腕に強く抱きしめました。

 

 ポチは幸せそうに抱き合う竜子帝とリンメイに背を向けると、静かにその場からはなれました。中庭の少し奥まったところへ歩いていって、ふぅ、と大きな溜息をつきます。

 すると、その後をルルが追いかけてきました。ためらってから、思い切って声をかけます。

「どうしたのよ、ポチ? そんなにしょんぼりして――。リンメイが竜子帝と結婚するのがそんなに残念だったわけ?」

 そんなつもりはないのに、つい怒ったような声になってしまいます。

 小犬は振り向き、苦笑しながら言いました。

「違いますよ。あの二人が結婚するのはとても良かったと思ってます。リンメイも竜子帝も、ずっとお互いに好きだったんですからね。ただちょっと……いいなぁ、って……」

 最後の一言はひとりごとでした。あまりに小さな声だったので、ルルにもはっきりとは聞き取れません。とまどっていると、ポチが近づいてきて、ぺろりとルルの顔をなめました。

「いいんですよ、そんなにぼくのことを心配しなくて。ルルは無事だったし、ぼくはこうして元に戻れたし。ぼくは充分満足ですよ」

 ルルは突然激しく迷い始めました。本当にそうなの? と心の中で考えてしまいます。このままでいいの? こんな――友だち同士のままで? あなたはそのほうがいいと考えているの?

 心の中で問いかけ、それをポチへ向けるのに、ポチは何の反応も示しませんでした。ただ優しくルルをなめ続けます。

「やめて!」

 とルルは思わず大声を出してポチを振り払いました。驚くポチへ言います。

「ポチ、私は――私は――!」

 言いたいと思うことばが、どうしても口から出てきてくれません。泣きたいような気持ちになりながら、ルルは心で言い続けました。

 ポチ、私はあなたが好きよ。あなたが大好きだったのよ――

 けれども、やっぱりポチは何も言いません。困った顔で、じっとルルを見つめています。

 ルルはとうとう本当に泣き出してしまいました。ポチに背中を向けて、その場から逃げようとします。

 ところが、その瞬間、ルルは食魔払いの青年を思い出しました。竜に乗って淋しそうに去っていく姿が浮かんできます――。

 

 ルルは立ち止まりました。逃げてしまいたい気持ちを抑え、歯を食いしばって涙をこらえると、振り向いて小犬へ叫びます。

「ポチ! 私――私、あなたが好きだわ! ずっと好きだったわ! さっきからそう伝えているのに、どうしてそれを無視するのよ!?」

 感情が高ぶって、告白と怒るのとが一緒くたになってしまいます。

 ポチは目を丸くしました。え? と言って首をかしげ、少し考えてから、また、え!? と言います。今度は意外なことを聞かされて驚いている声です。

 ルルは恨みがましくどなり続けました。

「どうしてそんなに驚くのよ!? あなたは感情が匂いでわかるじゃない! 私の言いたいことなんて、とっくにわかっているはずなのに! どうして、わざとらしく驚いてみせるのよ!?」

 すると、ポチはますます面食らった顔になりました。困ったように、こう言います。

「ぼく……本当にわからなかったんですよ。だって、ぼくはもうずいぶん前から、ルルの感情の匂いをかがないようにしていたから……」

 今度はルルが、え? と言う番でした。

「……どうして……?」

「ワン、だって」

 ポチは苦笑しました。

「ルルは時々ぼくのことを見直したり感心したりしてくれたけど、そのたびにすぐ、そんなわけないわ、私の思い過ごしよ、って考えていたじゃないですか。ぼく、ルルに見直されるのはとても嬉しいんだけど、すぐにまた、すごくがっかりさせられちゃうから、それが嫌で、もうルルの気持ちは気にしないようにしようって――。ルルがぼくをどう思ったって、ぼくがルルを好きなのは変わらないんだから、それでいいや、って、そう考えて、ルルの感情の匂いは絶対にかがないようにしていたんです。だから、ぼく、本当に――」

 ポチ……とルルは言いました。その両目からまた涙がこぼれ始めます。

「ごめんなさい、ポチ……ごめんなさい……」

「ワン、そんなのは――。でも、本当にいいんですか、ルル? ぼく、ルルよりも四つも年下ですよ? 体だってルルよりずっと小さいし」

「そんなこと、全然関係ないわよ! だって、それでもあなたのことが好きになっちゃったんですもの!」

 こんな場面でもやっぱり怒ったような口調になってしまうルルです。

 ポチは犬の顔で笑いました。ルルの涙をなめながら言います。

「ワン、大好きですよ、ルル。ぼくのほうこそ、ずうっと前から、ルルのことが大好きだったんだから」

「ポチ」

 二匹の犬は絡まるように体を寄せ合い、互いの顔と体をなめ合いました――。

 

 そんなポチとルルの様子を、少し離れた場所からフルートたちが見守っていました。

「やれやれ、ようやくだね。あの二人も長かったなぁ」

 とメールが言うと、ゼンが苦笑いしました。

「まだまだポチのほうが小さいから、ルルの尻に敷かれそうだけどな」

 すると、フルートが穏やかに言いました。

「ポチは大人になれば、きっとけっこう大きくなるよ。そういう種類の犬みたいだ、って前にお父さんが言っていたんだ」

 ポポロは何も言わずに二匹を見つめていました。姉のように守ってくれたルルが、やっと自分自身の幸せをつかんだことに、嬉し涙をこぼします――。

 

 リンメイを抱く竜子帝、体を寄せてなめ合うポチとルル。

 誕生したばかりの二組の恋人たちを、夏の日差しが白く照らしていました。

The End

(2010年2月6日完結初稿/2020年3月31日最終修正)

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