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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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エピローグ 幼なじみ

74.見送り

 神竜を呼び出し、デビルドラゴンと敵をユラサイから追い払った翌日、竜子帝とフルートたちは、都の宮殿の中庭にいました。占神が竜仙郷へ帰るので、その見送りに集まったのです。

 そこへ、ユラサイの各地へ行っていた術師たちが戻ってきました。術師軍団の隊長を務めたラクが、竜子帝へ深々と頭を下げて言います。

「ただいま戻りました、帝――。我々が留守の間に都で大変なことが起きていたと報告を受けました。帝と国の危機に、おそばにいて力になることができず、まことに申し訳ございません」

 居並ぶ術師たちがラクと共に頭を下げて詫びます。

 竜子帝は首を振って言いました。

「おまえたちは、敵が繰り出した災害から国を守ってきたのだ。危険な任務を本当にご苦労だった。災害はもう治まったのだな?」

「昨夜、時をほぼ同じくして、噴火も洪水も急に治まりました。どうやら、その時刻に、災害を引き起こしていた黒竜が倒されたようでございます」

 そうか、と竜子帝はうなずきました。皇帝を象徴する青と銀の服を身につけた竜子帝は、今までになく堂々として見えていました。態度にもことばにも威厳のようなものが漂っています。

 

 すると、術師のラクはもう一度頭を下げ、少しの間沈黙してから、また話し出しました。

「帝にお聞かせしたいことがございます……。帝のお命を狙うユウライ殿やガンザン殿は、すでにこの世を去りました。もうお話ししても良い頃と存じます」

 竜子帝は目を丸くしました。何の話かと改めて術師に向き直ります。

「帝がお生まれになったときの話でございます。ご承知のように、当時から皇族方は次の皇帝の座を狙って、互いに潰し合っておりました。彼らは、皇后のヨウヒ様が身ごもったと知ると、その子どもを生まれる前に殺そうと企んで、皇后に毒を盛ったのです。母体には影響なく、ただ胎児にだけ及ぶ薬でした。その結果、皇后はお子を早産されてしまったのです」

 術師のラクは淡々と語っていました。その顔の大半は帽子から垂れる布に隠されていて、表情を読み取ることはできません。

「生まれてきたお子はわずか六ヶ月。自分で満足に息をすることもできず、そのまま死んでいくかと見えました。ところが、そのとき、皇后がおっしゃったのです。この子は将来この国の皇帝になるのだから、絶対に死なせてはなりません、私の命をこの子へ与えなさい、と。術師としてその場に立ち会っていた私は、皇后のご命令に従って、そのお命を月足らずの赤子へ移しました――。その結果、皇后は亡くなられ、お子は生きながらえました。あなた様のお命は、母君であるヨウヒ様から譲られたものなのでございます、竜子帝」

 すると、中庭に一緒にいたハンも静かに言いました。

「その事実を隠しておくように、と我々にご命令になったのは先帝です。宮中では、わずか六ヶ月で生まれた子が育つはずはない、生まれてきた子は皇帝の子ではなかったのだ、ともっぱらの噂になっておりました。そう思われていたほうが皇子にとって安全だ、と先帝はお考えになったのです。本物の皇子であることがわかれば、すぐにも他の皇族たちから暗殺されそうだったからです。先帝が竜子帝を私の家にお預けになったのも、竜子帝だけに父と呼ばせなかったのも、すべてはそのお命を守るためでした」

 竜子帝は思ってもいなかった事実に絶句しました。フルートたちも驚きます。

「ったく! 人間の王族ってのは、どこもかしこもこんな話ばっかりだな!」

 とゼンが言うと、先の占神だった老人が答えました。

「ヨウヒ様から次の皇帝が生まれることを占ったのは、このわしじゃ。だが、たとえ約束された未来であっても、それが現実になっていくのは、たやすいことではないのじゃよ」

 フルートたちは思わず顔を見合わせました。未来について語る占者たちのことばには、いつも重い真実があります……。

 

「それじゃあ、あたしたちは竜仙郷に戻るよ。良い皇帝におなり、竜子帝。あんたならばきっとなれるさ」

 と占神が言いました。彼女と老人を乗せた飛竜は、もう羽ばたきを始めています。

「また会えるだろうか、占神?」

 と竜子帝が尋ねると、占神は意味ありげな笑顔を見せました。

「そうだね……未来に絶対ということばはないけれど、その可能性は高いだろうね。闇の気配は日を追って強まり、戦いの予感も近づいてきている。遠くない未来に、また会う日がくるだろうよ。そう、金の石の勇者たちともね――」

 フルートたちは、いっせいにまた、はっとしました。

「約束ノ時ハ近ヅイテイル。ソノ時ガ来レバ、世界ハ我ガモノニナルノダ」

 デビルドラゴンの声が耳の底によみがえります――。

 

 占神と老人を乗せた竜が竜仙郷の方角へ飛び去ると、今度はロウガが言いました。

「そろそろ俺も行くぞ。いろいろと世話になったな」

「ロウガも竜仙郷に帰るのかい?」

 とメールが尋ねると、いや、と青年は答えました。

「俺の竜を連れに立ち寄るだけだ。太陽の石が燃え尽きてしまったからな。食魔払いの仕事をするために、どこかで新しい太陽の石を見つけなくちゃならないんだ」

 食魔を倒すためにフルートが掲げた太陽の石は、ポポロの魔法で暴走して燃え上がり、爆発して魔法の籠ごと消滅してしまったのです。フルートが、すまなそうな顔になります。

 すると、ゼンが言いました。

「俺の故郷の北の峰へ行けよ、ロウガ。洞窟のドワーフたちに俺やフルートの名前を言えば、きっと太陽の石を融通してくれるぞ。それも、もっと使い勝手のいいヤツを準備してくれらぁ」

「それはありがたいな」

 とロウガは笑いました。穏やかな笑顔ですが、その瞳の奥に淋しい影がありました。懐から一本の小枝を取り出すと、メールへ言います。

「これに花を咲かせることはできるか? 花使いのお姫さん」

「花を?」

 とメールはちょっと首をかしげ、すぐに小枝へ手を向けました。たちまち枝の先につぼみがふくらみ、数輪の花が開きます。

「それは? 芳枝じゃないですよね?」

 とフルートは尋ねました。

「桃だよ。あいつの名前は、この花からつけられたんだ」

 そう言ってロウガは小枝を芳枝のように口にくわえました。枝の先で咲く花は、薄紅色をしています――。

 

 ロウガの旅立ちも見送ると、術師たちは宮殿の中へ入っていきました。昼時が近づいていたので、他の家臣たちも慌ただしく仕事に戻り、中庭にはフルートたちと竜子帝、そして、ハンとリンメイだけが残ります。

 リンメイはずっと父親のそばにいました。竜子帝はもとの姿に戻ったのですが、ここまでいろいろと慌ただしく、いつも大勢の家臣が周りにいたので、二人が個人的な話をする時間はありませんでした。やっと互いの声が届く状況になって、どちらからともなく相手を見ます。

 すると、リンメイが急に目を伏せました。しばらく何も言わずにうつむき、やがてまた顔を上げると、怪訝そうにしている竜子帝へ言いました。

「立派になったわね、キョン。あなたはもう本物の皇帝だわ。誰もあなたに文句なんかつけられないわよね」

 ああ――と竜子帝は答えました。リンメイの様子がなんだか変なので、まだ怪訝な顔をしています。

 そんな竜子帝へ、リンメイは言い続けました。

「ユウライ様やガンザン様も死んだから、キョンが命を狙われることも、もうないだろうし……これで本当に安心したわ。これで私もコウインに行ける」

「コウイン? どうしてそんなところに」

 と竜子帝は聞き返しました。コウインは有名な寺院都市です。

「尼寺に入るからよ」

 とリンメイは答えると、幼なじみへにっこり笑って見せました――。

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