草と石だらけの地面の上に女が倒れていました。雲間から顔を出した月が、薄紅の衣と長い黒髪を照らしています。
そのかたわらに青年が立ちました。両手を拳に握ったまま、じっと女を見下ろします。
すると、女が目を開けて言いました。
「そんなにじろじろ見ないでよ、ロウガ……。黒竜がやられて術は消えてしまったんだもの。私はまた元通りの不細工よ……」
そう言うトウカは、確かに姿が変わっていました。妖艶なまでにスタイルの良かった体は痩せ細り、美しかった顔もそばかすの浮いた平凡な顔立ちになっています。けれども、二目と見られない醜女というわけではありませんでした。ロウガが低く言います。
「おまえは不細工なんかじゃないさ……。誰だ、そんなことを言ったのは」
とたんに、トウカは短く笑いました。自嘲するような笑い方です。
「みんな言っていたわよ。裏竜仙郷のみんながね……。ロウガは食魔払いに出かけてばかりだったから、知らなかったでしょう」
「連中はおまえの竜使いの才能をやっかんでいたんだよ。そんなものを真に受ける奴があるか」
とロウガは答えました。トウカにかがみ込むと、うなるように続けます。
「すまん……」
トウカは青年を見上げました。
「何を謝っているの? 私をすぐ助けに来なかったこと? しかたないでしょう、ロウガは食魔払いなんだから……。それに、駆けつけたって、どうせ私は助からなかったわ。あのユーワンの術を食らったんですもの……」
トウカの衣は、胸元から腹にかけて生地の色より濃い紅に染まっていました。背中の下の地面も大量の血で濡れています。そばかすが浮いた顔が蒼白に見えるのは、月の光のせいではありませんでした。
ロウガは唇を震わせました。何かを言おうとしてもことばにならなくて、ただトウカの手を握りしめます。
そんな幼なじみの手を握り返して、トウカは言い続けました。
「昔、よく話し合ったわね、将来のこと……。ロウガの夢は一人前の食魔払いになることで、私のは世界一の竜使いになること……。自分の力でどこまで行けるのか、試してみたいと思ったわ。でも……」
話すうちに、トウカの顔色はますます白くなりました。ロウガの手を握る指が力を失っていきます。ロウガがいくら強く握りしめても、尽きていく命を引き止めることはできません。
トウカがまた笑いました。今度はほほえむような顔です。
「竜仙郷を飛び出したりしないで……ロウガのそばにいれば良かったかしらね……」
と青年を見上げます。いやに遠いまなざしでした。もう目も見えなくなっていたのです。それでもほほえみながら話し続けます。
「そうしたら、もっと幸せになれたのかしら……それとも……やっぱり我慢できなくて、竜仙郷を飛び出してしまったかしら……わからないわね」
ふふ、とトウカは笑い、それきり息をしなくなりました。ロウガの手の中で、細い手が完全に力を失います。
ロウガは開いたままのトウカの目にまぶたを下ろすと、冷たくなっていく体を抱きしめました。
フルートたちはその後ろに立っていました。誰も何も言うことができません。フルートは唇をかんでペンダントを握りしめていました。癒しの魔石はまだ灰色に眠っていたのです。
羽ばたく飛竜の背中から、占神が言いました。
「人の人生は分かれ道と選択の連続さ。ひとつの道を選べば、その先にある将来はすべて自分のものになる――。彼女は自分の道を歩いていった。その結果がどんなものであっても、それは自分で引き受けるしかないんだよ」
占神のことばは厳かです。
山頂に広がる夜の中に、青年の嗚咽が響き始めました……。