「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第14巻「竜の棲む国の戦い」

前のページ

72.機転

 人々はまた仰天しました。いっせいに山道へ走り、眼下に広がるホウの都を眺めます。

 時は深夜、人々が寝静まる時間帯です。巨大な都はあちらこちらに小さな灯りをともすだけで、暗い夜の底に、さらに黒い影絵となって横たわっていました。闇を好む食魔たちには絶好の条件です。

「皆に知らせねば! あれだけの数の食魔に襲われたら、都は壊滅するぞ!」

 とハンが叫び、他の家臣たちと山道を駆け下り始めました。けれども、都まではかなりの距離があります。飛ぶように都へ向かう食魔たちには、とても追いつけません。

 リンメイが竜子帝に飛びつきました。

「キョン! もう一度神竜を呼べないの!?」

「呼んでいる! だが、現れてくれないのだ!」

 と竜子帝が答えます。神竜は闇との戦いの時にまた現れると言っていました。食魔から都を救うためには、やって来てくれないのです。

 

 フルートたちは立ちすくんでいました。食魔は朝が来れば逃げていきますが、それまでの間にどれほどの都の人が食われてしまうか、想像するのも恐ろしいほどです。

 ちきしょう! とゼンがわめきました。いくら怪力のゼンでも、食魔相手では手も足も出ません。

「花! 花たち――!」

 メールは呼び続けましたが、いくら呼んでも花は飛んできませんでした。食魔の気配に恐れをなして、隠れてしまっているのです。

 ポポロは両手を握り合わせて泣いていました。魔法使いの目には、食魔たちが都めがけて走っていく様子がありありと見えているのに、それを止める力がありません。魔法が復活する夜明けは、まだ何時間も先のことです。

 焦って混乱する仲間たちの声を聞きながら、フルートは必死で考えていました。金の石は力を使い果たして眠っています。太陽の石は一瞬輝くだけの力しかありません。食魔が嫌う芳枝ももう残っていません。万事休すのこの状況で、どうしたら都を救えるか、懸命に考えを巡らせます。

 一瞬、脳裏を赤いドレスの女性が横切り、すぐに姿を消していきます――。

 

 その時、方法が浮かびました。

「太陽の石は、一瞬だけなら光る」

 とフルートが突然言い出したので、足下にいたポチが驚いて見上げました。

「だとしたら――もしかしたら――きっと!」

 他の者には意味のわからないことをつぶやきながら、フルートはロウガを振り向きました。今度ははっきりとした声で、こう言います。

「ロウガ、覆いを外して太陽の石を出せ! 早く!」

 青年は驚きました。

「そんなことをしても食魔は追い払えないぞ! すぐにまた燃え尽きて――」

「それでもいいんだ! 急げ!!」

 とフルートがまた叫びます。

 ロウガは面くらい、すぐに飛竜の背に飛びつきました。意味はわかりませんが、フルートの言うとおりにしてみようと考えたのです。荷物の中から籠を取りだして、革の覆いを外します。

 とたんにまぶしい光が広がりました。籠の中の太陽の石が、山頂とフルートたちを白々と照らします……。

 

 すると、ポポロが急に息を飲みました。

 両手を握り合わせたまま目を見張り、やがてつぶやくように言います。

「力が戻ってきた……また、魔法が使えるわ」

 仲間たちはびっくり仰天しました。空はまだ白んでもいません。夜明けはずっと先のことなのに――。

 ポチが理由に気がついてワン、とほえました。

「太陽の石のせいだ! 石が放った太陽の光が、ポポロの魔法を復活させたんだ!」

 彼らの前で太陽の石は急速に暗くなっていました。再び燃え尽きてしまったのです。そちらへ駆け出しながら、フルートはまた言いました。

「ポポロ、魔法だ! 二度の魔法を全部使って、ありったけの力を太陽の石へ送り込め!」

 ポポロもようやくフルートの作戦を理解しました。はいっ、と答えると、両手を握り直して呪文を唱えます。

「ロエモーヨシイノウヨイータテエオラカチー!」

 続けてもうひとつ。

「ケヤーガカヨクツ!」

 

 籠の中で太陽の石がいきなりまた輝き出したので、ロウガは思わず籠を放り出しました。石の光が火傷しそうなほど熱く感じられたのです。石から伝わる熱気に全員が後ずさりました。まるで燃えさかる巨大な炎を前にしているようです。あまりの熱さに、飛竜が空へ逃げていきます。

 そんな中、フルートだけは太陽の石に駆け寄っていました。籠を拾い上げると、振り向いて言います。

「ポチ、来い――!」

「ワン!」

 ポチは即座に飛んで、フルートを風の背中に拾い上げました。フルートと共に空へ舞い上がります。

 フルートが持つ籠の中で、太陽の石はますます明るくなっていました。本物の太陽のように輝きながら、地上をまぶしく照らします。夜に沈んでいたホウの都が、真昼のように明るくなります――。

「明るすぎるぞ!」

 とロウガが空を見ながら叫びました。太陽の石はいっそう明るく、熱くなっていました。あまりの暑さに、地上からかげろうが立ち始めます。

 ポポロは真っ青になりました。呪文を立て続けに使ったので、魔法が暴走を始めているのです。石はさらに輝きと熱を増します。都の上空で石をかざすフルートが、燃えるような光に呑み込まれていきます。

 フルート!! と仲間たちが叫んだとき、太陽の石が爆発しました。白い輝きが空いっぱいに広がって、夜の中に吸い込まれていきます――。

 

 

「フルートは!? フルートはどうしたのだ!?」

 と竜子帝がリンメイと駆けつけてきました。他の仲間たちはポポロを振り向きます。ルルが叫ぶように尋ねます。

「ポポロ、ポチは!? 無事なの!?」

 太陽の石の光が消えて、空はまた暗くなっていました。強い光を見てしまった後なので、彼らには何も見つけられません。

 ポポロは泣きそうになりながら夜空を見透かしていました。祈るように両手を握りしめ、やがて、ほっと溜息を洩らします。

「大丈夫……二人とも無事よ。こっちに戻ってくるわ」

 ポポロが言ったとおり、じきにフルートとポチが戻ってきました。空から下りてくるなり、フルートもポポロに尋ねます。

「ホウの都はどうなった!? 食魔は消えたかい!?」

 フルートは都を太陽の石であまねく照らしましたが、距離がありすぎて、本当に食魔を退治できたかどうか確かめることができなかったのです。

 

 ところが、ポポロが都を透視しようとしたとき、ばさばさと空から羽ばたく音がしました。中年の女性の声が話しかけてきます。

「都は守られたさ。水路の水門を開けて、都に入り込めないようにしておいたからね。食魔は一匹残らず都の外で消滅したよ」

 それは竜仙郷の占神でした。足の不自由な彼女は、飛竜の背に鞍を置いて座っていました。竜の手綱を握っているのは、先代の占神の老人です。

 水路の水門? とフルートが聞き返すと、竜子帝が答えました。

「ホウの都は、防衛のために至るところに水路が引いてあって、水門を開けることで外敵の侵入を防げるようになっているのだ。占神はそれを開けてくれていたのだな。だが、食魔が水に弱いとは知らなかった」

 すると、占神が笑いました。

「水が食魔の弱点ってわけじゃないさ。連中は、水もいくらでも飲み込んでしまうからね。ただ、ホウの水路には大河から水がどんどん流れ込んでくるから、さすがの食魔も飲み干せなくて、岸辺でもたついているうちに太陽の石に焼き尽くされたんだよ」

 なるほど、と一同は納得しました。フルートたちから少し遅れて竜仙郷を出た占神たちは、タイラク山ではなく、ホウの都へ向かっていたのです。都を守るためにはそうしたほうがいい、と占いで見極めていたのに違いありません。

「ありがとう、占神」

 と竜子帝が感謝すると、占神は静かに言いました。

「自分が何者だったか、その答えはもう見つかっただろう、竜子帝? あんたにはあんたが果たすべき役割がある。それをする者が、真のユラサイの皇帝なのさ」

 竜子帝はほほえみました。黙って占神にうなずき返すと、眼下に広がるホウの都を眺めます。

 その時、ようやく空で雲が切れました。月から差す青白い光の中に、広大なユラサイの国はどこまでも続いていました。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク