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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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71.影の中の魔物

 「ユーワン、貴様――!!」

 ロウガは叫んで駆け出しました。

 食魔払いたちは食魔の恐ろしさを骨身にしみて知っています。どんな武器や術でも食魔を倒すことはできないのです。唯一の弱点は日の光ですが、連中は太陽のない夜に現れ、影から影へ飛び移って襲ってきます。かつて食魔払いの仲間だったユーワンが、事もあろうにその食魔を呼び出したことに、青年は抑えようのない怒りを覚えていました。駆け寄って、術師を殴り飛ばそうとします。

 すると、地面のくぼみの影から食魔が飛び出してきました。ロウガ目がけて襲いかかってきます。青年は身をかわそうとして体勢を崩しました。食魔が青年へ大口を開けます――。

 そこへ一匹の竜が飛び込んできました。全長一メートルほどの小さな赤い竜です。身をくねらせて食魔へ火を吐くと、炎の明るさを嫌って食魔が下がります。

 その間に立ち直ったロウガは、背後を振り向きました。赤い竜はそちらから飛んできたのです。離れた場所に女が立っていました。ほどけた長い髪を垂らし、片手をこちらへ向けています。女の衣は薄紅色です。

「トウカ!?」

 驚く青年へ、女が言いました。

「相変わらず無鉄砲ね、ロウガ……。子どもの頃と少しも変わらないんだから」

 苦笑いをするような声でした。青年を助けてしまった自分にあきれているのかもしれません。

 

 ユーワンがトウカをにらみつけました。

「まだわしの邪魔をするか、女! さっさとユウライの後を追え!」

 宙に舞った呪符が光の槍に変わって赤い竜を切り裂きました。さらに向こうまで飛んでいって、トウカの胸を貫きます。トウカは悲鳴を上げました。薄紅の袖と黒髪が宙に舞い、地面へ落ちていきます。

「トウカ!!」

 ロウガは叫んで駆け出しました。向かった相手はトウカではなくユーワンです。次の術を繰り出そうとする男を殴り倒します。

「よくも――よくも貴様――!」

 すると、ユーワンは地面に仰向けに倒れた恰好で笑いました。

「わしの進む道を邪魔する奴は誰であろうと許さんのだ。わしは天下を取る男だからな。貴様らなど一人残らず食魔に食われてしまえ!」

 ユーワンが投げた呪符が、地面の上で黒い穴に変わりました。そこからまた食魔の大群が飛び出してきます。ロウガは飛びのくと、自分の懐から芳枝を取り出しました。食魔を見据えながら、強く枝をかみます。

 とたんに食魔のほうでもロウガから離れました。芳枝の出す匂いを嫌ったのです。いっせいに退いた場所に、術師が仰向けに倒れていました――。

 ユーワンは、ぎょっとしました。自分が魔物たちに取り囲まれたことに気づいたのです。とっさに術で強い光を作ると、食魔たちは影の中に逃げ込みました。影の中で無数の赤い目が躍り、金属をひっかくような笑い声が響きます。

 ユーワンは跳ね起きました。危険な場所から脱出しようと駆け出しますが、とたんに目眩に襲われました。ロウガに食らった一発が効いていたのです。よろめいた拍子に、片足が地面の影を踏みました。たちまち闇から黒い怪物が飛び出してきて、悲鳴もろとも術師を呑み込んでしまいます――。

 

「ちょっと! 術師が死んだのに食魔が消えないよ!?」

 とメールが金切り声を上げました。

 ユーワンが術で作った光や地面の穴は消えたのに、食魔の大群はまだ山頂にいたのです。周囲の影という影に潜み、赤い目を光らせて笑っています。

 人々は恐れおののいて立ちすくみました。おびえた飛竜たちが主を残して空へ逃げていきます。残されたユウライの兵はパニックに陥り、武器を振りかざして逃げ出しました。それを見て、ガンザンの私兵もいっせいに駆け出します。

「行くな!」

 とフルートは叫びました。

「そっちへ行っちゃだめだ! そっちには光がない――!」

 山道や斜面で次々に悲鳴が上がりました。逃げた兵士が暗がりに潜む食魔に捕まって食われているのです。

 

 トウカの元へ駆けつけようとしていたロウガが立ち止まりました。聞こえてくる悲鳴と魔物の笑い声に顔を歪め、芳枝を折れるほどかみしめます。

 次の瞬間、ロウガはピーッ、と口笛を吹きました。月も星もない空から一頭の竜が舞い下りてきます。竜仙郷からロウガたちを乗せてきた飛竜です。ロウガはその背中の荷物に飛びつき、食魔払いの道具を取り出そうとして、はっと手を止めました。

「だめだ! 太陽の石はもう使い物にならない!」

 食魔を倒す唯一の武器は、遺跡で戦ったときに燃え尽きて、力を失ってしまったのです。

「全然かよ!? 休ませたら、また力を取り戻すって言ってなかったか!?」

 とゼンがどなるように尋ねました。ゼンは背後に少女や犬たちをかばい、片手に光る石をかざしていました。ゼンがいつも持ち歩いている灯り石です。太陽の石に比べればいかにも弱々しい光ですが、それでも食魔に向けると、怪物はひるみます。

「一瞬なら日の光を出す! だが、すぐにまた燃え尽きて、後はそれっきりだ! これだけの食魔は倒せないぞ!」

 とロウガがどなり返します。

 フルートは山頂を走り続けていました。影から食魔が飛び出すたびに駆けつけ、炎の弾を撃ち出して人々を救います。けれども、食魔はあまりに数が多すぎました。フルート一人では撃退しきれません。

 息を切らしながら、フルートは尋ねました。

「ロウガ、芳枝の束は――!?」

「ある! だが、ここにいる全員にはとても足りん!」

 とロウガがまたどなります。

「それを――ゼンに渡して! ゼン、急げ――!」

 とフルートは言いました。襲ってくる怪物を切り払っては走り、走っては剣を振るので、ことばは切れ切れです。

 よし、とゼンは即座に灯り石をメールに押しつけ、体ひとつで走り出しました。影や暗闇から食魔が次々襲いかかってきますが、ゼンにはそれがよく見えていました。すばやく怪物をかわし、ロウガの元へ駆けつけて、小枝の束を受けとります。

 すると、フルートがまた叫びました。

「それをかがり火に投げ込め! 早く!!」

 その時、横なぎにした剣が敵を外しました。食魔が笑い、闇色の口を開けてフルートを呑み込もうとします。

 そこへ、つむじ風がやって来ました。怪物を払い飛ばしてフルートの周りで渦を巻きます。

「ワン、大丈夫ですか、フルート!?」

「ポチ――!」

 フルートは思わず笑顔になりました。ポチが風の犬に変身して飛んできたのです。

 その間にゼンはまた走っていました。祭壇の横で燃えるかがり火を目ざします。

 すると、影伝いにやってきた食魔が祭壇の前に姿を現しました。山頂を照らしているのは、そこで燃えるかがり火だけです。炎を呑み込んで、あたりを暗闇に変えようとします。

「させないわよ!」

 と、こちらにはルルが飛んできました。風の体をひらめかせると、食魔が真っ二つに切れて転がります。

 ゼンは祭壇に駆けつけました。見上げるような場所で燃えるかがり火へ、芳枝の束を投げ込みます――。

 

 燃える炎が一瞬揺らぎ、火の粉と共に白い煙を上げ始めました。独特の匂いが漂い出すと、食魔たちの笑い声がやんで静かになります。

 やがて、食魔は影から影へ飛び移り始めました。かがり火から遠ざかるように、外に向かって移動していきます。燃える芳枝が放つ匂いを嫌って逃げ出したのです。

 それを見て、人々は逆にかがり火に集まっていきました。芳枝の匂いはますます強くなります。食魔たちが潮の引くように離れていき、やがて山頂から周囲の森へと姿を消していきます。

 人々は心から安堵しました。フルートたちも、ほっとして顔を見合わせます。走りながら剣をふるい続けたフルートの顔は汗だくです。

 すると、ポポロがいきなり悲鳴を上げました。遠い目で森を眺めながら叫びます。

「だめよ――! 食魔たちが山を駆け下りていくわ! 都に向かってる――!!」

 山頂から逃げ出した食魔の大群は、闇夜に乗じて、麓のホウの都へと殺到していったのでした。

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