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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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第24章 影の中の魔物

70.終結

 デビルドラゴンが去り、黒竜も死んで、戦いは終わりました。フルートの手の中で金の石が光を収めていくと、山頂にまた夜が戻ってきます。

 風の犬が空から下りてきたので、仲間たちはいっせいに駆け寄りました。フルートとルルを笑顔で出迎えます。

 すると、その目の前に二人の人物が姿を現しました。黄金の髪と瞳の少年と、赤い髪に赤いドレスの女性です。少年が女性に食ってかかります。

「何故いつもぼくを助ける、願いの!? 誰もそんなものは願っていないんだぞ! 重大な契約違反だ!」

「私は私のために力を使うことを許されている。フルートはなかなか願いを言ってくれぬ。このうえそなたまで消えてしまっては、私が退屈になるからな」

 と願い石の精霊がすまして答えます。

 精霊の少年は髪を金色の炎のように揺すってどなり続けました。

「誰が消えると言うんだ! 余計なお世話だ! もう二度とぼくの邪魔は――」

 その時、金の石の精霊が大きくよろめきました。いきなり蒼白な顔色になると、崩れるように倒れてしまいます。願い石の精霊がそれを受け止めましたが、精霊の少年は目を開けませんでした。気を失ってしまったのです。

 やれやれ、と願い石の精霊は言って、少年を抱き上げました。異国風の服を着た小さな体が、女性の両腕と胸にぐったりともたれかかります。

「言わぬことではない。力を使いすぎて疲れ果てたのだ。フルート、守護のをしばらく休ませるぞ」

 そう言い残すと、女性は少年を抱いたまま姿を消していきました。フルートたちは思わずあっけにとられてしまいました。無表情な願い石の精霊が、なんだか、金の石の精霊の姉か母のように見えたからです。うーん、とゼンが腕組みしました。

「金の石の精霊のヤツ、後で目を覚まして激怒するんじゃねえのか? とんでもない侮辱をされた、って言ってよ」

 フルートは自分の胸の上を見ました。ペンダントの真ん中で、金の石が灰色に変わっていきます……。

 

 白く輝く神竜は、まだ空にいました。祭壇の前に立つ竜子帝へ話しかけます。

「闇は去り、この国は守られた。我はまた世界の彼方へ戻るが、その前に、そなたたちを元に戻さねばならぬな――」

 神竜が巨大な頭を一度上下させると、犬の竜子帝の体が白い光を放ち始めました。フルートたちと一緒にいたポチも、同じような光に包まれます。まばゆく光って、再び光がおさまると、竜子帝は人間に戻っていました。青い上着を着た長身の少年です。ポチのほうは人間から白い小犬に戻っていました。自分の体を見回し、尾をいっぱいに振って、ワン、と嬉しそうにほえます。

「やった! やっと元に戻れた!」

 竜子帝は両手を合わせると、神竜に向かって深々と頭を下げました。

「感謝する、神竜……。朕の声を聞いて助けに来てくれたことにも、心から感謝している。ありがとう」

 すると、神竜は笑うように金の目を細めました。

「二千年前にかわされた契約に従ったまでのことだ。この国はかつてユウライ砦で光の軍勢と共に戦い、闇を撃退する大きな力となった。そのため、再び闇と戦う日まで、竜によって守られることになったのだ。――金の石の勇者たちと力を合わせ、この国と世界を堅く守るが良い、竜子帝。そなたたちだけでは世界を守りきれなくなったとき、我はそなたの呼びかけに応えて、再びこの世に姿を現すだろう」

 そう言われて、竜子帝は思わずフルートたちを見ました。勇者の一行は真剣な表情をしていました。竜子帝と神竜へ力強くうなずき返します。

 竜子帝は神竜に向き直ると、はっきりと言いました。

「約束する、神竜。朕はこの国と世界を守るために、できる限りのことをしよう。……力及ばないこともあるかもしれないが、それでも、朕にできるだけのことは必ずする」

 すると、その様子を見守っていた人々の中から、ハンが進み出てきました。火傷を負った足は、金の石の光に癒されていました。竜子帝と神竜へ手を合わせて言います。

「そのために我々がいるのです、竜子帝。帝が国を守る手助けをするために、我々は帝にお仕えしているのです」

 他の家臣たちもいっせいに手を合わせ、頭を下げて同意します。

 竜子帝はほほえみました。ハンの隣にはリンメイが立っていて、父親と一緒に竜子帝へ笑いかけています。

 すると、ゼンが言いました。

「まずは、腹が減ったり困ったりしている国民をなんとかしてやることからだぜ、竜子帝。国を守るってのは、そういうことだろうが」

 それを聞いて、竜子帝は今度はにやりとしました。

「そうだな。また捕まって食われそうになったら大変だからな」

 フルートたちが声を上げて笑います――。

 

 やがて、神竜は空で白い光に包まれました。全員に見送られて、夜空の中へ消えていきます。

 輝く神竜がいなくなると、山頂は急にひどく暗くなりました。祭壇で燃えるかがり火だけが、夜を照らしています。観客席のかがり火や松明は、黒竜が巻き起こした風で消えてしまっていました。

 ふぅ、とフルートは大きな息を吐きました。仲間たちに向かって、改めて笑って見せます。

「ようやくこれで全部終わったね。ポチと竜子帝は元に戻ったし、竜子帝の敵もデビルドラゴンもいなくなったし。これでやっと一安心だ」

「だな。ああ、ほっとしたら腹が減ってきたぞ――!」

 とゼンが伸びをします。

 ルルは犬の姿に戻ってフルートの足下にいました。竜子帝の姿から小犬に戻ったポチは、反対側のゼンの足下にいます。ルルは、そっとポチを見ました。話しかけようとして、ためらいます。

 すると、ポチもルルを見ました。小さな頭をかしげ、すぐにルルのそばへやってきます。

 ルルはどぎまぎしました。ポチに言おう、言わなくちゃ、と思ってきたことばはあったのに、いざポチが目の前にやってくると、急に何も言えなくなって、うつむいてしまいます。

 そんなルルの鼻面を、ポチはぺろりとなめました。驚いたように顔を上げた雌犬へ話しかけます。

「ルルが無事で本当に良かった。ぼくもまた犬に戻れたし、これですっかり元通りですね」

 小犬はやっぱり丁寧な口調で話していました。優しいけれど、どこか距離のある言い方です。ポチ、とルルは思わず言い、その先をどう続けていいのかわからなくなって、またうろたえてしまいました。言いたいことはあるのに、それがことばになりません。

 ポチはルルの前で尻尾を振って、犬の顔で笑っていました。ルルの気持ちは匂いでわかっているはずなのに、それに対しては何も言いません。ルルはいっそううろたえて、どうしていいのかわからなくなりました。泣きたいような、怒りたいような、混乱した気分に襲われます。

 

 すると、ポチがいきなり、えっと声を上げました。背中の毛を逆立てて振り向きます。

 祭壇から離れた暗がりに人が倒れていました。術師のユーワンです。まだ気絶しているように見える男へ、ポチは激しくほえ出しました。

「ワンワンワン……!!! あいつ、目を覚ましている! 術を使うつもりだ!」

 とたんにユーワンが頭を上げ、ぎろりとポチをにらみました。その顔から、リンメイに殴られた痕が消えていました。金の石の光が、ユーワンの傷まで癒してしまったのです。

 黒い術師は一同に向かってうなるように言いました。

「わしは負けん……まだ負けんぞ。わしは世界一の術師だ。闇の竜などなくとも、天下を取って、この世界の皇帝になってみせるのだ!」

「この野郎――!」

 ゼンが駆け出しました。ユーワンを力ずくで抑え込もうとします。

 けれども、それより早くユーワンは跳ね起き、宙へ呪符を投げました。呪文を唱える声が響きます。

 フルートはゼンの前に飛び出してゼンを背中で止めました。炎の剣を振り下ろすと、目の前で怪物が燃え上がります。それは人のような形をしていました。闇色の顔の中で赤い目を光らせ、金属をひっかくような耳障りな悲鳴を上げます。

 人々は仰天しました。

 地上に落ちた呪符から、湧き出るように黒い怪物が姿を現しています。それは、魔物さえ食い尽くしてしまうという、恐ろしい食魔の大群でした――。

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