ユーワンに人質にされたルルは、フルートたちのすぐ目の前に浮いていました。長く伸びた体から少女が飛び下りてきます。リンメイです。
けれども、地上までは十メートルあまりの距離がありました。まともに落ちれば大怪我をする高さです。フルートが叫びました。
「ゼン、受け止めろ!」
ゼンは即座に駆け出してリンメイの真下で腕を広げました。少女を抱きとめようとします。
すると、リンメイはゼンの広い肩の上に着地しました。肩を蹴ってまた大きく飛び、空中で一回転して地面に下ります。
そこは術師のユーワンのすぐそばでした。おっ、と身をひいた術師へ回し蹴りを繰り出します。術師は脇腹に強烈な一撃を食らってよろめきました。その顔面に、今度はリンメイの拳がめり込みます――。
ユーワンが折れた歯と血をまき散らして倒れると、とたんにルルを縛っていた光のいましめが消えました。ルルが、ごうっと音を立てて舞い上がります。
同じ空では神竜が黒竜を締め上げていました。全長三十メートルあまりもある黒竜ですが、さらに巨大な神竜に絡みつかれてもがいています。毒の息を吐き、全身から稲光を放っても、ことごとく神竜に打ち消されます。
それを見て、フルートはまた叫びました。
「来い、ルル!」
風の犬が急降下してきました。フルートを背中に拾って、また空へ舞い上がります。その太い首を強く抱きしめてから、フルートは言いました。
「神竜が黒竜を抑え込んでくれている! この間にあいつを倒すぞ!」
「もちろんよ! 黒竜とデビルドラゴンに思い知らせてやりましょう!」
ルルは笑うように言って、さらに高く舞い上がりました。そこは二匹の竜の真上でした。神竜の白い体と黒竜の体がもつれるように絡み合っています。
フルートは握り続けていたペンダントを突き出して叫びました。
「光れ!!」
金の石が輝き出しました。澄んだ光が二匹の竜をまばゆく照らします――。
ポチはリンメイに駆け寄りました。
「大丈夫!? 怪我は!?」
「ないわ。ルルと一緒に牢に閉じこめられていたんだけれど、ルルが術で呼び出されたから、ルルの毛の中に隠れて一緒に脱出したのよ」
と少女が笑って答えます。ユーワンは足下に倒れて気絶していました。ポチも思わず笑顔になります。
「リンメイはルルに乗れるようになったんだね。ルルと友だちになれたんだ」
そのルルはフルートと共に空にいました。二匹の竜の上を旋回しながら、金の光で黒竜を照らし続けています。
地上でゼンが、ちっと舌打ちしました。
「やっぱりなかなか消えねえな。聖なる光に溶けても、すぐまた戻りやがる」
「中にデビルドラゴンがいるからね。すぐに体を復活させちゃうんだ」
いつの間にか隣に来ていたメールが、空を見ながら言います。
「がんばれ、金の石!」
とフルートは叫んでいました。ペンダントをいっそう強く握りしめ、竜へ光を浴びせかけます。
すると、ペンダントから声が聞こえました。
「もっとだ、フルート! もっと強く念じろ! 神竜にも魔王になった黒竜は倒せない。長引けば力負けするぞ!」
金の石の精霊が言うとおり、神竜も黒竜に手こずっていました。締め上げ、黒いうろこの体に牙を突き立てるのですが、その傷があっという間に治ってしまうのです。いくら攻撃しても黒竜を弱らせることができません。
フルートは歯を食いしばりました。光れ! みんなを守るためにもっと光れ――!! 心で叫びながらペンダントをかざすと、魔石はますます明るくなりました。金の太陽のように輝き渡ります。
神竜が空中でがくんと急降下しました。黒竜が光の中で溶けて細くなったので、締め上げていた体が緩んでしまったのです。その隙間から黒竜が逃げ出しました。黒い蛇のような体がさらに高い場所へと昇ります。
ルルはその後を追いました。フルートは光を浴びせ続けます。黒竜の背中に見えていた四枚翼が崩れて黒い霧になり、また寄り集まって翼に戻ります。
すると、金の石が突然、ぴしり、とガラスの砕けるような音をたてました。フルートの手に小さな振動が伝わってきます。
「金の石!?」
フルートはあわてました。小さな魔石は燃えるような光で空と竜を照らしています。あまり強く輝いたために、力を使い果たして砕けようとしているのです。とっさに光を止めようとすると、精霊の声がまた聞こえました。
「やめるな! 今やめたら黒竜がまた元に戻るぞ! このまま一気に溶かすんだ!」
「でも――!」
力を使い果たせば砕けて消滅してしまうというのに、金の石はますます明るく輝いていました。黒竜の背中で翼が再び崩れ、体がいっそう細くなります。魔石からは、ぴしぴしと砕ける音が響きます。
「やめろ!」
石を抑えたフルートの左手が、強烈な光に跳ね飛ばされました。火傷をしたように手のひらが痛み、すぐにそれが消えていきます。聖なる光が傷を癒したのです。魔石は光りながら燃え尽きていくように見えます――。
その時、フルートの右腕を、ほっそりした女性の手がつかみました。とたんに、どっと熱いものがフルートの中に流れ込んできて、金の石がさらに明るく輝き出します。まぶしすぎて、まともには見ていられません。
フルートの隣に、炎のように赤い髪とドレスの女性が浮いていました。驚くフルートへ冷ややかに言います。
「そなたは本当にどうしようもない。私の喧嘩相手を消滅させるな、と何度言えば理解するのだ」
願い石の精霊はフルートを通じて金の石に力を送り込んでいました。それまでと比べものにならないほど、金の石が強く明るく輝きます。地上の人々は目をおおって、地面に伏せました。黒竜の毒の息で火傷を負っていた体から、傷と痛みが消えていきます……。
聖なる光の中で、黒竜は溶けてすっかり小さくなりました。全長三メートルあまり。風の犬のルルより小さな姿です。
黒竜の体から抜け出した影が、空に寄り集まって竜の形になっていました。ユラサイの竜よりもずんぐりした体つきの、四枚の翼のドラゴンです。地の底から響く声で言います。
「イマイマシイ勇者ドモメ。次コソハオマエタチノ息ノ根ヲ止メテヤルゾ。今度コソ、オマエタチノ上ヲ行ク魔王ヲ生ミ出シテヤル」
「何度やっても無駄だ! どんな魔王が現れたって、ぼくらは必ずおまえたちの企みを止めてやる!」
とフルートは言い返しました。影の竜へ光を浴びせ続けます。
「間モナク、我ハチカラヲ手ニ入レル」
とデビルドラゴンはまた言いました。影の姿がだいぶ薄れてきています。
「約束ノ時ハ近ヅイテイル。ソノ時ガ来レバ、金ノ石ナド、モハヤ敵デハナイ。世界ハ我ガモノニナル」
「なに――?」
フルートは顔色を変えました。それはどういうことだ!? と聞き返そうとします。
けれども、それより早く、デビルドラゴンは消えていきました。空の中に影が薄らぎ、悲鳴のような声が長く響いて途絶えます。四枚翼の影の竜は、もうどこにも見当たりません。
神竜が空を駆け上がってきて、逃げようとした黒竜に追いつきました。巨大な口を開け、黒竜の体を真っ二つにかみ切ります。
黒竜は空から山頂に落ちて地響きを立てました。神竜が山と空を震わせて鳴くと、ちぎれた黒竜の体が透き通って、デビルドラゴンと同様、跡形もなく消えてしまいます。
すると、フルートの手の中でペンダントが光を収めていきました。
吸い込まれるように金の石が暗くなり――
山頂は再び夜に包まれました。