「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第14巻「竜の棲む国の戦い」

前のページ

69.逆転

 ユーワンに人質にされたルルは、フルートたちのすぐ目の前に浮いていました。長く伸びた体から少女が飛び下りてきます。リンメイです。

 けれども、地上までは十メートルあまりの距離がありました。まともに落ちれば大怪我をする高さです。フルートが叫びました。

「ゼン、受け止めろ!」

 ゼンは即座に駆け出してリンメイの真下で腕を広げました。少女を抱きとめようとします。

 すると、リンメイはゼンの広い肩の上に着地しました。肩を蹴ってまた大きく飛び、空中で一回転して地面に下ります。

 そこは術師のユーワンのすぐそばでした。おっ、と身をひいた術師へ回し蹴りを繰り出します。術師は脇腹に強烈な一撃を食らってよろめきました。その顔面に、今度はリンメイの拳がめり込みます――。

 

 ユーワンが折れた歯と血をまき散らして倒れると、とたんにルルを縛っていた光のいましめが消えました。ルルが、ごうっと音を立てて舞い上がります。

 同じ空では神竜が黒竜を締め上げていました。全長三十メートルあまりもある黒竜ですが、さらに巨大な神竜に絡みつかれてもがいています。毒の息を吐き、全身から稲光を放っても、ことごとく神竜に打ち消されます。

 それを見て、フルートはまた叫びました。

「来い、ルル!」

 風の犬が急降下してきました。フルートを背中に拾って、また空へ舞い上がります。その太い首を強く抱きしめてから、フルートは言いました。

「神竜が黒竜を抑え込んでくれている! この間にあいつを倒すぞ!」

「もちろんよ! 黒竜とデビルドラゴンに思い知らせてやりましょう!」

 ルルは笑うように言って、さらに高く舞い上がりました。そこは二匹の竜の真上でした。神竜の白い体と黒竜の体がもつれるように絡み合っています。

 フルートは握り続けていたペンダントを突き出して叫びました。

「光れ!!」

 金の石が輝き出しました。澄んだ光が二匹の竜をまばゆく照らします――。

 

 ポチはリンメイに駆け寄りました。

「大丈夫!? 怪我は!?」

「ないわ。ルルと一緒に牢に閉じこめられていたんだけれど、ルルが術で呼び出されたから、ルルの毛の中に隠れて一緒に脱出したのよ」

 と少女が笑って答えます。ユーワンは足下に倒れて気絶していました。ポチも思わず笑顔になります。

「リンメイはルルに乗れるようになったんだね。ルルと友だちになれたんだ」

 そのルルはフルートと共に空にいました。二匹の竜の上を旋回しながら、金の光で黒竜を照らし続けています。

 地上でゼンが、ちっと舌打ちしました。

「やっぱりなかなか消えねえな。聖なる光に溶けても、すぐまた戻りやがる」

「中にデビルドラゴンがいるからね。すぐに体を復活させちゃうんだ」

 いつの間にか隣に来ていたメールが、空を見ながら言います。

「がんばれ、金の石!」

 とフルートは叫んでいました。ペンダントをいっそう強く握りしめ、竜へ光を浴びせかけます。

 すると、ペンダントから声が聞こえました。

「もっとだ、フルート! もっと強く念じろ! 神竜にも魔王になった黒竜は倒せない。長引けば力負けするぞ!」

 金の石の精霊が言うとおり、神竜も黒竜に手こずっていました。締め上げ、黒いうろこの体に牙を突き立てるのですが、その傷があっという間に治ってしまうのです。いくら攻撃しても黒竜を弱らせることができません。

 フルートは歯を食いしばりました。光れ! みんなを守るためにもっと光れ――!! 心で叫びながらペンダントをかざすと、魔石はますます明るくなりました。金の太陽のように輝き渡ります。

 神竜が空中でがくんと急降下しました。黒竜が光の中で溶けて細くなったので、締め上げていた体が緩んでしまったのです。その隙間から黒竜が逃げ出しました。黒い蛇のような体がさらに高い場所へと昇ります。

 ルルはその後を追いました。フルートは光を浴びせ続けます。黒竜の背中に見えていた四枚翼が崩れて黒い霧になり、また寄り集まって翼に戻ります。

 

 すると、金の石が突然、ぴしり、とガラスの砕けるような音をたてました。フルートの手に小さな振動が伝わってきます。

「金の石!?」

 フルートはあわてました。小さな魔石は燃えるような光で空と竜を照らしています。あまり強く輝いたために、力を使い果たして砕けようとしているのです。とっさに光を止めようとすると、精霊の声がまた聞こえました。

「やめるな! 今やめたら黒竜がまた元に戻るぞ! このまま一気に溶かすんだ!」

「でも――!」

 力を使い果たせば砕けて消滅してしまうというのに、金の石はますます明るく輝いていました。黒竜の背中で翼が再び崩れ、体がいっそう細くなります。魔石からは、ぴしぴしと砕ける音が響きます。

「やめろ!」

 石を抑えたフルートの左手が、強烈な光に跳ね飛ばされました。火傷をしたように手のひらが痛み、すぐにそれが消えていきます。聖なる光が傷を癒したのです。魔石は光りながら燃え尽きていくように見えます――。

 

 その時、フルートの右腕を、ほっそりした女性の手がつかみました。とたんに、どっと熱いものがフルートの中に流れ込んできて、金の石がさらに明るく輝き出します。まぶしすぎて、まともには見ていられません。

 フルートの隣に、炎のように赤い髪とドレスの女性が浮いていました。驚くフルートへ冷ややかに言います。

「そなたは本当にどうしようもない。私の喧嘩相手を消滅させるな、と何度言えば理解するのだ」

 願い石の精霊はフルートを通じて金の石に力を送り込んでいました。それまでと比べものにならないほど、金の石が強く明るく輝きます。地上の人々は目をおおって、地面に伏せました。黒竜の毒の息で火傷を負っていた体から、傷と痛みが消えていきます……。

 

 聖なる光の中で、黒竜は溶けてすっかり小さくなりました。全長三メートルあまり。風の犬のルルより小さな姿です。

 黒竜の体から抜け出した影が、空に寄り集まって竜の形になっていました。ユラサイの竜よりもずんぐりした体つきの、四枚の翼のドラゴンです。地の底から響く声で言います。

「イマイマシイ勇者ドモメ。次コソハオマエタチノ息ノ根ヲ止メテヤルゾ。今度コソ、オマエタチノ上ヲ行ク魔王ヲ生ミ出シテヤル」

「何度やっても無駄だ! どんな魔王が現れたって、ぼくらは必ずおまえたちの企みを止めてやる!」

 とフルートは言い返しました。影の竜へ光を浴びせ続けます。

「間モナク、我ハチカラヲ手ニ入レル」

 とデビルドラゴンはまた言いました。影の姿がだいぶ薄れてきています。

「約束ノ時ハ近ヅイテイル。ソノ時ガ来レバ、金ノ石ナド、モハヤ敵デハナイ。世界ハ我ガモノニナル」

「なに――?」

 フルートは顔色を変えました。それはどういうことだ!? と聞き返そうとします。

 けれども、それより早く、デビルドラゴンは消えていきました。空の中に影が薄らぎ、悲鳴のような声が長く響いて途絶えます。四枚翼の影の竜は、もうどこにも見当たりません。

 神竜が空を駆け上がってきて、逃げようとした黒竜に追いつきました。巨大な口を開け、黒竜の体を真っ二つにかみ切ります。

 黒竜は空から山頂に落ちて地響きを立てました。神竜が山と空を震わせて鳴くと、ちぎれた黒竜の体が透き通って、デビルドラゴンと同様、跡形もなく消えてしまいます。

 すると、フルートの手の中でペンダントが光を収めていきました。

 吸い込まれるように金の石が暗くなり――

 山頂は再び夜に包まれました。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク