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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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第23章 決戦

67.決戦

 フルートがかざしたペンダントの真ん中で、金の石が輝き出しました。空の黒竜をまばゆく照らします。小さな石なのに、驚くほど強い光です。

 光を浴びた竜が苦しそうにのたうち始めたので、人々は驚きました。儀式の場へ駆け込んできた少年に注目します。少年は金の鎧兜で身を包んでいます――。

 竜の体の表面が黒い氷のように溶け出したのを見て、トウカが叫びました。

「ユウライ様! 神竜が害されますわ! あの者を排除なさって!」

 ユウライは風に吹き倒されたまま、目の前の光景に茫然としていました。呼び出された竜が闇の力を得た黒竜だったと知って、何をどうするべきかわからなくなっていたのです。トウカの声に我に返ると、青ざめながら竜と少年を見ます。竜は金の光を浴びて、どんどん溶けていきます。

「あれが消えれば、俺はどうなる?」

 とユウライはつぶやきました。偽の神竜を呼び出して皇帝になろうとした愚か者、と人々は誹る(そしる)でしょう。しかも、呼び出されてきたのは邪悪な黒竜です。必ずその責任を問われて、下手をすれば死刑、うまく命拾いしても一生どこかに幽閉されるに違いありません。皇帝になる機会には二度と恵まれなくなります――。

 ユウライは跳ね起きました。地面に伏せている自分の兵へどなります。

「あれは神竜を破滅させようとする術師だ! 術をやめさせるのだ! あの男を殺せ!」

 とフルートを指さします。

 兵たちは、弾かれたように次々と飛び起きました。飛竜が強風で使いものにならないので、自分の足で走り、腰の刀を抜いてフルートへ殺到していきます。百名を越える軍勢です。

 

 すると、その目の前に花が音を立てて飛んできました。虫の大群のように渦を巻きながら、兵士たちの進路をさえぎります。

 その間にゼンとポチがフルートの元へ駆けつけました。花をくぐって襲いかかってきた兵士を、片端から投げ飛ばし、蹴り倒していきます。

 ユウライの兵相手に戦うポチを見て、ユウライがまた叫びました。

「竜子帝は邪悪な術師と組んでいるぞ! 己に神竜が呼べないので、神竜を殺して皇帝の座に戻るつもりなのだ! 術師と共に竜子帝も倒せ!」

 この混乱に乗じて、目障りな竜子帝まで亡き者にしようと図ります。

 それを聞いて竜子帝の家臣たちが激怒しました。神竜を呼べずに逃げ出したとしても、竜子帝はまだ彼らの皇帝です。主君を守ろうと、これまた武器を手に駆け出します。その中には後見役のハンの姿もありました。自分の刀を抜いてユウライの兵と切り合います。

 けれども、ハンは武人ではありませんでした。しかも、六十になる高齢です。力負けして、敵に切り伏せられそうになったところへ、白い小犬が飛び込んできました。うなりながら敵に飛びかかって、激しく顔にかみつきます。そこへ別の家臣が駆けつけて、ハンの前の敵を切り倒します。

 ハンはあえぎながら小犬を見ました。竜子帝のお供の犬がハンを助けてくれたのです。小犬のほうでもハンを見つめていました。

「おまえ……?」

 ハンは思わず言いました。小犬のまなざしが、なんだか自分のよく知っている誰かに似ているような気がしたからです。

 とたんに、小犬はくるりと背を向けました。混乱した中へ駆け去ってしまいます――。

 

 押し寄せてくる敵兵を片端から投げ飛ばしながら、ゼンが言いました。

「おい、まだか、フルート!?」

 金の石は光を浴びせ続けているのに、黒竜がなかなか溶けていかないのです。表面が溶けても、またすぐに黒い霧のようなものが集まってきて、元に戻ってしまいます。

 すると、彼らのすぐそばに金色の少年が姿を現しました。フルートに話しかけてきます。

「デビルドラゴンは黒竜の体に入り込んでいる。黒竜は光でも闇でもない怪物だから、聖なる光が効かない。その体が障壁の代わりになって、中のデビルドラゴンを守ってしまっているんだ」

「どうすればいい、金の石?」

 とフルートは尋ねました。目は空の竜を見据えたままです。精霊の少年は黄金の髪を揺らして一緒に竜を見上げました。

「奥に潜むデビルドラゴンまで光を届かせる。もっと強く念じろ、フルート」

 それだけを言って、また姿を消していきます。

 フルートは唇をかみしめました。ペンダントを握り直し、心の中で強く叫びます。光れ、金の石!! 黒竜の中から闇の竜を追い払うんだ!!!

 金の石がいっそう明るく輝き出しました。山頂を真昼のように照らし、空の黒竜をくっきりと浮かび上がらせます。その体がまた溶け出しました。黒いうろこが熱を受けた蝋細工のように流れ出し、竜が苦しそうな声を上げます――。

 

 すると、地上から空へ話しかけた人物がいました。

「さすがのおまえも聖なる光には弱いらしいな、黒竜魔王。わしと手を組めば助けてやるぞ!」

 ユーワンでした。手にはまた新たな呪符を握っています。

 黒竜は体をよじって術師を見ました。うめくように言います。

「助ける? ――どうするつもりだ」

「おまえを倒そうとしているのは、闇の竜の宿敵である金の石の勇者! 正義と光の戦士だけに、仲間への情に厚いという話だからな! そういう輩(やから)にはこの方法が一番だ!」

 呪符が宙に舞って、別のものへと変わっていきます。

 人々の目には、それもまた竜のように見えました。大蛇のような白い姿が空に長々と伸びます。ただ、その体は幻のように淡く、その中で霧が絶えず流れ動いていました。しかも、頭と前脚は犬の形をしています――。

「ルル!!!」

 フルートと仲間たちは思わず叫びました。術師が空中に呼び出したのは、風の犬に変身したルルだったのです。その首から体にかけて、禍々しい赤い色をした光が縄のように絡みついています。

 ユーワンが勝ち誇った声を上げました。

「この小僧が金の石の勇者と名乗った後、わしは調べ上げたのだ! これは金の石の勇者の仲間の犬! 金の石の勇者は、この犬を見殺しにすることが絶対にできん!」

 一同の目の前で、赤い光のいましめが、ぎりっと音を立てて狭まりました。キャウン、とルルが鳴きます。

「ルル! ルル!!」

 ポチは空を見上げて叫びました。助けようにも、人の姿になっているポチには駆けつけることができません。

「なろぉ!」

 ゼンが弓を構えてユーワンを射ようとすると、とたんに光のいましめがまたしまりました。ルルが苦しい悲鳴を上げます。

「よせ、ゼン!」

 とフルートは止めました。赤い光は魔法で作られたものです。ユーワンを攻撃しようとすれば、ルルを絞め殺されてしまいます。フルートの手の中で金の石の光が弱まっていきます――。

 

 なるほど、と黒竜は空でうなずきました。

「確かにおまえは良い切り札を持っているな、術師。しかも、おまえは世界中の人間をわしに捧げると言う。よし、気に入った。わしはおまえと組むことにしよう――」

「馬鹿をおっしゃい! おまえはユウライ様に従うのよ!」

 とトウカが金切り声を上げると、黒竜は冷ややかな一瞥(いちべつ)を投げました。空から長い尾を振り下ろして、薄紅の衣を着た女を跳ね飛ばしてしまいます。トウカ! と叫んだユウライへは、血のような目で笑って見せます。

「貴様も用なしだな。皇帝ごっこはもう終わりだ。わしの腹の中へ消えろ!」

 黒竜の頭が地上のユウライを襲います。巨大な口が開き、それが閉じると、ユウライの姿は消えていました。悲鳴ひとつ上げないうちに、竜に食われてしまったのです。

 人々は恐怖の悲鳴を上げました。戦っていた者も、立ちすくんでいた者も、雪崩を打って我先に逃げ出します。黒竜は頭を高々と持ち上げました。キアァァ、と鋭く鳴いて、逃げる人々をまた襲おうとします。

「やめろ!!」

 とフルートは叫んで金の石をかざしました。とたんに、ユーワンにルルを突きつけられます。フルートは真っ青になると、ペンダントを握りしめて、囚われのルルを見上げました――。

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