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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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66.裏切り

 「黒竜か!」

 とロウガが声を上げました。

 かがり火に照らされた祭壇の上に、黒光りのする巨大な竜が浮いています。色が変わっただけで、大きさも姿も以前のままですが、いつの間にか後脚が消失していました。黒竜には二本の前脚しかありません。

 ち、とゼンは舌打ちしました。

「やばそうなヤツだな。ちくちくしてきやがったぞ」

 と首筋の後ろを撫で、もう一方の手ですばやく背中の弓を外します。

 フルートは自分の胸を見つめていました。ペンダントの真ん中で金の石が明滅を始めていたのです。ひとしきりまたたいて、急に止まり、また明滅を始めます。まるで石自身がとまどっているような光り方です。

「なにさ。あれって闇の生き物なのかい!?」

 と驚くメールに、ポポロが言いました。

「変なのよ。闇の気配がしたり、しなかったりしているの……。ものすごい力は感じるんだけど、それが闇の色になったり変わったり。こんなの初めてよ……」

 ポチも黒竜を見上げながら言いました。

「この国の竜や怪物は、基本的に光でも闇でもないんですよ。ユラサイの歴史書にそう書いてありました。ただ、長い年月の間に闇になっていった怪物もいるらしいけれど、黒竜は――」

「黒竜は災害を引き起こす邪悪な竜だが、闇の怪物ではない」

 と竜子帝が答えます。

 

 山頂の儀式の場に、ごうごうと風が吹き出していました。人々は吹き倒されそうになって、座り込んだり互いにしがみついたりしました。風の中心は空の黒竜です。キァァ、と鳴き声を上げると、風がいっそう強まります。

 衣の袖や裾をあおられながら、ユウライがどなっていました。

「トウカ! トウカ――! これはどうしたことだ――!?」

 怒りに充ちた声ですが、トウカは返事をしませんでした。胸の前で指先を組み合わせ、竜を見つめて、つぶやくように話しかけています。

「落ち着きなさい、黒竜……ユーワンの術など払いのけてやるのよ。もう一度、白くおなり。そうすれば、いくらでも言い逃れてみせるから」

 キァァァァ、と黒竜が空からトウカを見下ろしました。トウカの周囲にいた人々が悲鳴を上げて逃げ出します。

 すると、ユーワンがまた声を上げました。

「噴火も洪水も、人の術師が起こすには大きすぎる災害だ! 災害を司る黒竜を使っているんだろうと思っていたのだ! 案の定だったな!」

 トウカは指を組んだまま、それに答えました。

「馬鹿をおっしゃい、ユーワン! 例え黒竜でも、神竜になりすませば天罰を食らうわ! この竜は本物の神竜よ。それを邪悪な術で黒く変えたのはおまえだわ!」

 こんな状況でも、少しも負けてはいません。

「女狐がしゃあしゃあとぬかしおる」

 とユーワンは冷笑すると、縄を越えて儀式の場へ入り込んできました。上空の竜を見上げて呼びかけます。

「聞こえるか、黒竜――! わしはおまえに逢いたいと思い続けていたのだ! おまえは通常の黒竜よりはるかに大きく、しかも、神竜の罰にも平気でいる! おまえはただの黒竜ではあるまい! もうひとつ奥に、もっと本当の姿があるはずだ! それを見せろ!」

 また呪符が宙に舞い、光に変わって竜へと駆け上っていきます――。

 

 フルートは、はっと自分の胸へ目を向けました。ペンダントの真ん中で、金の石がいっそう激しく明滅を始めたからです。強く弱く、さらに強く……警報のように輝きます。

 空で呪符の光が黒竜に絡みつきました。竜の全身をなめるようしながら、さらに上へ、空の彼方へと昇っていきます。

 光が過ぎた後の竜は、何故だか姿がかすんで見えました。輪郭がにじんで、ぼやけているのです。おぼろになった体が、空で大きく上下します。

 とたんに、どこからか音が聞こえてきました。ばさり、ばさりと翼を打ち合う音です。そこへもうひとつの音が重なります。

 シャラーン、シャララーン、シャラララーン……

 金の石が鈴を鳴らすような音を三度繰り返し、また激しく明滅します。

 フルートは思わず息を飲み、空の竜をまた見上げました。仲間たちも驚いて金の石と黒竜を見比べます。金の石の明滅は、ますます強く激しくなっていきます。

 すると、黒竜の背中を突き破るように何かが飛び出してきました。実体のない影の翼です。二枚ではなく、四枚あります――。

「デビルドラゴン!!!」

 と少年少女たちは声を上げました。フルートも空を見ながら叫びます。

「デビルドラゴンは竜に取り憑いたんだ! あの黒竜が新しい魔王だ!!」

 

 ばさり、とまた影の翼が羽ばたきました。竜が首をねじってフルートたちの方を見ます。黒竜の大きな目は、血のように赤い色に変わっていました。

「いかにも、わしは魔王だ。影の竜のデビルドラゴンはわしの内にいる。貴様たちが金の石の勇者の一行だな。わしの邪魔はさせん。とっとと立ち去れ!!」

 響き渡るような声と共に、ごうっと激しい風が巻き起こり、フルートと仲間たちは地面に吹き倒されました。同じ風は観客席の人々も襲います。やはり吹き倒されたトウカが、信じられないように竜を見上げました。

「なに、あれは……? 黒竜はあんなものを身の内に飼っていたわけ……?」

「気がついていなかったのだろう、馬鹿な女め!」

 とユーワンがあざ笑いました。術師は離れた場所にいてもトウカの声が聞こえていたのです。

「おまえにかけられている姿変えの術は、ありえないほど強力だ。それほどの術は人には使えん。むろん、このわしにもな。おまえの後ろには強大な人外のものがいると踏んで、ずっとおまえと組んでいたのだ」

「なんのために!?」

 とトウカがどなり返すと、ユーワンは頭巾からのぞく目を細めました。笑ったのです。

「なんのために? そんなことはわかりきっていただろう。わしは天下を取る男だ。その力となる希望の星を、この手につかみ取ってやるためだ!」

 声高くそう宣言して、ユーワンは空の黒竜へ手を伸ばしました。

「聞け、黒竜! いや、魔王よ――! わしは天下の主になる! わしへ力を貸せ! ユラサイの皇族どもより、はるかにすばらしいものをおまえに与えるぞ!」

 すると、竜が空から答えました。

「それはどんなものだ。トウカは、ユウライを皇帝にすれば、わしに五万の人間を生贄(いけにえ)に捧げると約束した。おまえはそれより良いものを差し出すと言うのか?」

「生贄を百万」

 とユーワンは即答しました。

「さらに、ユラサイ中の人間の嘆きと絶望をおまえの祭壇に捧げてやる! わしと手を組め、魔王! わしこそが皇帝にふさわしい男だ!」

 

「なんだって……?」

 風を避けて伏せていたフルートが、青ざめた顔を上げました。唇を血がにじむほどかんで竜をにらみつけます。

 ポチの腕の中でも犬の竜子帝が頭を上げていました。小さな体がまた激しく震え出しています。

 風の中にトウカが立ち上がりました。髪留めの外れた黒髪を狂ったようになびかせながら、空へ指を突きつけて叫びます。

「ここへおいで! ユウライ様の元へ早く! おまえはユウライ様に皇帝の地位を与える竜! 老いぼれ術師の世迷い言なんかに耳を貸すんじゃないわ!」

 力のある声でした。巨竜が、たじろぐように空中で身をひきます。

 すると、その反対側でユーワンがまた声を上げました。

「わしへ力を貸せ、黒竜魔王! わしはユラサイの次に世界を手に入れるぞ! さらに多くの生贄、多くの血、多くの嘆きと涙をおまえに食わせてやる! それこそがおまえの望んでいるもののはずだ!」

 黒竜は赤い目を細めると、ひとりごとのように言いました。

「どちらと組むべきなのだ、わしら竜の王よ。どちらを皇帝にすれば、わしはより旨いものを食らうことができる?」

 すると、地の底から這い上がるような声が答えました。

「仲間ヘ冷酷ナ人間ノホウヲ選ベ、黒竜。仲間ヲ想ウ人ノ気持チハ、アナドルコトガデキナイ。世界ニ自分ヒトリガ生キ残ッタトキニ、自分ハ勝ッタト笑エル人間ヲ選ブノダ」

 それはフルートたちにはあまりにも馴染みのある声でした。闇の竜が黒竜の内側から答えているのです。

 フルートは地面から跳ね起きました。風に逆らって祭壇のほうへ走りながら、首から鎖を外して、ペンダントを竜へ向けます。

「光れ!!」

 フルートの声と共に、金の石がまばゆく輝き出しました――。

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