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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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65.白い竜

 降竜の儀を見守る観客席は騒然となりました。ガンザンがトウカを刺した刀を引き抜いて、頭上からまた切りつけています。誰の制止も間に合いません。

 すると、祭壇の上から突然青白い光が走りました。観客席のトウカとガンザンを直撃して、ガンザンの巨体を吹き飛ばします。人々はまた声を上げて驚きました。ガンザンの家臣が駆け寄って悲鳴を上げます。

「し、死んでいる!! ガンザン様が亡くなられた――!!」

 同じ光に打たれても、トウカは平気で立っていました。形の良い唇で、にっこりと笑ってみせます。

「私は術師なんかじゃありませんわ、愚かなガンザン様。神竜の怒りが下ったんですのよ」

 その脇腹から小太刀に刺された傷が消えていました。血の痕もありません。人々は恐怖に似た驚きに襲われました。思わず後ずさって、トウカや死んだガンザンを遠巻きにしてしまいます。

 それを見て、ユウライはすかさず言いました。

「ガンザンに神罰がくだったのだ! 神竜は我が妻を守られた! 儀式の妨げは許さん! 神罰を恐れるならば、黙ってそのまま見ていろ!」

 人々は何も言えなくなりました。恐れおののいて座り込み、ユウライを拝する者も出てきます。

 

「あの女、見る間に傷が治りやがった。どういうことだ? まるで闇の怪物みたいだったぞ」

 とゼンが祭壇の向こうを見ながら眉をひそめました。ロウガが顔色を変えて、そんな馬鹿な! とどなります。

 フルートは鎧の胸当てからペンダントを引き出しました。透かし彫りの真ん中で、聖なる魔石はただ静かに光っています。

「金の石は反応していない……闇の力が働いたわけじゃないんだ。あの人が闇のものになっていたら、石がはっきり教えるはずなのに」

「じゃあ、どういうことなのさ? まさか、本当にユウライが神竜を呼び出してるってわけじゃないだろ?」

 とメールが言ったので、犬の竜子帝がまたうなりました。祭壇の上にもやもやと寄り集まるものを、身震いしながら眺めます。それは、ユウライが祭壇へ向き直ると、いっそうはっきりして来ました。霧の渦のようなものが螺旋(らせん)を描いて空へと駆け上がり、見る間にふくれあがっていきます――。

 

 とたんに、霧の渦は巨大な竜に変わりました。先にガンザンが術で作った神竜の数十倍の大きさです。祭壇の上でとぐろを巻き、大きな頭を天に向けて、キァァと鳴きます。声にかがり火がいっせいに揺れ、炎が音を立てて震えます。

 人々は茫然と見上げていました。ユウライの呼びかけで祭壇に現れた竜は、全身が真っ白なうろこでおおわれています。どれほど見つめていても、その姿は変わりません。先の偽物のように、化けの皮がはがれていくことがないのです。

 ついに人々は叫び出しました。

「本物だ!」

「本物の神竜だ!」

「ユウライ様が本当の神竜を呼び出された!」

「ユウライ様が次の皇帝だ――!!」

 おぉぉーっとユウライの陣営で兵士たちが歓声を上げました。興奮した飛竜たちが、羽根をばたつかせて鳴き騒ぎます。

 

 メールはロウガに尋ねました。

「あれは!? あれも偽物なのかい!?」

 青年は信じられないように首を振りました。

「あれは本物の竜だ……。白竜は世界に一頭しかいないし、皇帝の契約でしか呼び出せない。あれは本物の神竜だ」

 んな馬鹿な! とゼンがどなります。

 犬の竜子帝は全身をわなわなと震わせていました。目の前の光景に背を向けて逃げ出そうとしますが、ポチが飛びついてそれを止めました。

「だめです、竜子帝! 逃げちゃだめだ――!」

 けれども、そう言うポチ自身にも、この後、何をどうしたらよいのかわかりませんでした。神竜は消えることがありません。圧倒的な存在感で空に横たわり、そこからユウライへ首を伸ばします。白く輝く頭の中、その目は鮮やかな金色です。

 ユウライは笑って手を伸ばしました。竜に向かって言います。

「よく来られた、神竜! 私がこの国の皇帝のユウライだ!」

 うなずくように竜が頭を動かしたので、人々はいっせいにまたどよめきました。ポチの腕の中で竜子帝が歯を食いしばり、泣くような声を上げます。

 フルートも青ざめて竜を見上げていました。何かを探すように眺め回し、後ろに立つ少女を振り向きます。

「ポポロ、あれは――?」

 少女は首を振りました。

「竜よ……本当に。ものすごい力を持っているわ。こうしているだけで、圧倒されて息が詰まりそう……」

 ポポロが本当に息苦しそうに呼吸をしたので、フルートはあわててその背中を抱いてさすりました。厳しい目で竜をまた見上げます。あれが神竜のはずはありません。絶対に、そんなはずはないのです――。

 

 すると、観客席の片隅で突然誰かが叫びました。

「あれは神竜などではない! 神竜に化けた竜だ!」

 一瞬前まで誰もいなかった場所に、小柄な男が姿を現していました。黒ずくめの服で身を包み、黒い頭巾で顔を隠しています。

「ユーワン!?」

 とトウカは驚きました。呼びもしないうちにやってきて、企みを暴露するようなことを言う仲間に、思わずあわてます。

 それを無視して、黒い術師は言い続けました。

「国の各地に天災を起こして、宮廷の術師を向かわせ、その隙に急いで降竜の儀を開いたのは何故か――!? それは無論、偽の竜の正体を術で見破られないようにするためだ! あれは本物の神竜ではない!」

「何を言っているの、ユーワン!」

 とトウカは金切り声を上げました。

「例え竜を使っても、偽物を作れば神竜の怒りが下って、たちまち殺されてしまうのよ! あれは本物の神竜! 馬鹿なことを言っていないで、さっさとお下がり!」

 とたんに、頭巾からのぞく目が、ぎらりと光りました。トウカを見据えて笑います。

「いつまでも女帝気取りでいるな、女め。わしは世界一の術師だぞ。そのわしがいつまでもおまえのような雑魚(ざこ)に従っているはずがなかろう――。確かに、そこらの竜を神竜にしたのでは、天の力に破壊されてしまう。だが、それに耐えるだけの力を持つ竜ならば、神竜の身代わりも可能だ。わしにはその正体ももうわかっている。本当の姿を見せるがいい、偽りの神竜!」

 術師が呪符を空へ投げると、白い紙が光に変わり、駆け上って空の竜に絡みつきます。

 すると、竜の体の色が変わり始めました。先の偽物のようにうろこがはがれ落ちるのではありません。まるで色を塗り替えていくように、白いうろこがみるみる色を変えていくのです。

 祭壇の前のユウライは、思わず数歩後ずさりました。人々も驚きの声を上げます。

 やがて光が消えたとき、巨大な竜は、全身が濡れたような黒い色に変わっていました――。

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