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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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第21章 儀式

61.再会

 都の北にあるタイラク山の頂上では、あちこちにかがり火が焚かれ、祭壇と大勢の人々を照らしていました。

 祭壇の周囲には三十メートル四方ほどの広さで縄が張り巡らされ、その外側に人々が集まっています。祭壇の北側には誰もいませんが、東側と西側には竜子帝の家臣や兵士たちが立ち、南側には皇帝の叔父のユウライとガンザンが椅子を置いて座っています。二人は血のつながった兄弟ですが、それぞれに自分の家臣や兵士に囲まれていて、そばに寄ることがありません。ユウライの兵が連れている飛竜がひどく騒々しいので、竜子帝の家臣たちは不愉快な顔をしていました。

 すると、竜子帝の家臣の上にも一頭の飛竜が舞い下りてきました。人々の間に器用に着地すると、翼をたたみます。その背中から飛び下りたのはロウガでした。後見役のハンを見つけて声をかけます。

「帝は間もなく到着するぞ。もうすぐそこまで来ているんだ」

 ハンはうなずき、気がかりそうにロウガの飛竜を見ました。

「間もなく神聖な儀式が始まる。貴殿は上空から警備にあたってくれるのだろうか」

 いかにもそうしてほしそうな後見役の口ぶりに、食魔払いの青年は笑いました。

「竜が騒ぐのを心配してるのか? こいつは生粋の竜仙郷育ちだ。俺が命じれば、行儀良く控えて身動きひとつしなくなる。あそこに並んでるような、しつけの悪い竜とはわけが違うぞ」

 とユウライの飛竜部隊を示しますが、とたんにその表情が変わりました。ユウライの陣営の中にも一頭の飛竜が舞い下りてきたのです。乗っているのは若い女でした。薄紅の服を着て、手綱も鞍もない竜の背に立っています――。

 

「ロウガ殿?」

 とハンが尋ねました。青年が射抜くような目で女性を見つめていたからです。すると、視線に気づいたのか、相手もロウガを見ました。絶世の美女です。整った細い眉が、いぶかしそうにひそめられます。

 その顔を見て、ハンが言いました。

「ユウライ殿の愛人だ。こんな場所まで連れてくるとは」

「愛人? 名前は?」

 とロウガは尋ねました。

「名前はわからないが、一月ほど前からユウライ殿のお気に入りになって、ユウライ殿の行くところには、どこでも姿を現しているのだ。裸竜に乗っているので、竜仙郷の出身だろうともっぱらの噂なのだが。貴殿のお知り合いか?」

「わからん。ちょっと確かめてくる」

 とロウガは言い残して歩き出しました。人混みをかき分けて、ユウライの陣営へ向かいます。すると、女性のほうでも竜を下り、ユウライに何か耳打ちしてから、一人でこちらへ歩いてきました。ユウライの陣営と竜子帝の陣営の、ちょうど中間で出会います。頬に傷のあるたくましい青年と、薄紅の衣の妖艶な女性。先に口を開いたのは、女性のほうでした。

「やっぱりロウガだったわね。遠目だったけれど、そうだろうと思ったのよ」

 その顔をまじまじと見つめて、ロウガは言いました。

「やはりトウカか。おまえの竜のマイラのように見えたんだ。だが、その顔はどうした?」

 堅い声です。うふん、と女性は怪しく笑い返しました。

「顔だけじゃないでしょう。全身美しくなったと言ってちょうだい。私は今じゃユウライ様の愛妾よ。この美貌でそれだけの地位を手に入れたの。どう?」

 と腰に片手を当て、青年へも秋波を送ります。

 それを無視して青年はまた尋ねました。

「誰にやってもらった? それは姿形を変える術だろう。ユーワンか」

 声がいっそう堅く厳しくなっています。

 女性は、今度は、ふん、と馬鹿にするように笑いました。

「冗談。紙切れ一枚が破れれば消えるような術に、誰が頼るものですか。私は私自身の力で美しくなったのよ」

「馬鹿な。おまえは術師ではないはずだぞ」

「ええ。でも、私は一流の竜使いよ」

 女性がまた笑います。美しい笑顔は謎めいています――。

 

 山道を登ってきた輿が頂上に到着していました。

 人のいない祭壇の北側に男たちが輿を下ろすと、中から背の高い少年が出てきます。少年は腕に白い小犬を抱いていました。駆け寄ってきた後見役のハンと話し始めます。

 それを眺めながら、トウカはまた話し出しました。

「竜子帝は神竜を呼ぶことはできないわよ。それをするのはユウライ様。今夜、新しい皇帝がこのユラサイに誕生するの。私はこの国の皇后だわ。ねえ、ロウガ、すばらしいと思わない? 国と皇帝のために尽くせと言われて、ずっと日陰の存在でいた竜仙郷から、この国の皇族が生まれるのよ」

「おまえは小さい頃からそれを言っていたよな、トウカ。いつかこの国の女帝になってみせる、と。……ガキの夢物語にしておけばいいものを」

 ロウガの声が、ひやりとするほど鋭くなりますが、トウカは平気な顔でした。

「あいにくと、私は夢物語なんか語っているつもりなんて、これっぽっちもなかったのよ。竜仙郷を飛び出してから三年。夢をかなえる方法を探しに探して、やっと手に入れた力とチャンスですもの。絶対に逃がしたりするもんですか」

「ユーワンとぐるになったというわけだな。あいつが仲間に何をしたか、おまえだって知っているはずだろう」

「そうね。でも、あの男は役に立つわ。術師としては優秀だもの」

「あいつはいつか必ず裏切るぞ。人の下で我慢しているような奴じゃない。利用しているつもりで、利用されるのはおまえのほうだ」

「幼なじみの忠告? 親切にありがとう、ロウガ。でも、私はあなたたちみたいにお人好しじゃないのよ。絶対にだまされたりするものですか」

 とトウカがまた笑います。目を奪うような美しい笑顔が広がりますが、ロウガは顔をしかめました。嫌悪の表情です。

 

「おまえたちの思い通りにはさせん」

 とロウガはうなるように言いました。

「この国の皇帝は竜子帝だ。ユウライに神竜など現れるもんか」

「いつの間に竜子帝に肩入れするようになったの、ロウガ? 裏竜仙郷の住人のくせに」

 こちらは相変わらずからかうような口調のトウカです。

「俺はもうあそこには住んでいない……。飛び出していったおまえの行方を知りたくて、竜仙郷の占神を訪ねたからな。ユーワンが姿を現せば、おまえともまた巡り会える、それまで待て、と言われたんだ」

「あら、じゃあ当たったのね。さすがは占神だわ。私を見つけてどうするつもりだったの? 無理やり連れ戻そうとしても、それは不可能よ。ユウライ様が黙っていないわ」

 トウカが出てきた陣営では、ユウライが腕組みしたまま、じっとこちらを見ていました。嫉妬の表情です。その後ろや周りには、飛竜を連れた兵士たちも百名ほど控えています。確かに、ロウガがトウカへおかしなそぶりを見せれば、即座に攻撃されそうな状況でした。

 ロウガはいっそう低い声になりました。

「竜子帝の幼なじみを今すぐ解放しろ。そして、あいつらから離れるんだ。今ならまだ間に合う」

 あら、と女性は目を丸くしました。

「幼なじみ? あの娘は竜子帝の側室ではなかったの? ふぅん……。でも、悪いけどそれも無理な話ね。万が一に備えて人質を準備しておけ、とユウライ様がご命令だから。幼なじみでもきっと役には立つでしょう」

 

 ロウガは少しの間、何も言いませんでした。何かを探すように相手の顔を見つめ、やがて、疲れたような溜息をつきました。

「すっかり変わったな、トウカ。竜仙郷一の竜使いの誇りはどうした」

「なくしていないわよ。逆ね。私は私の実力にふさわしい姿を手に入れたのだもの。今度は私に見合った地位につく番だわ」

 言い切って、トウカはロウガへ背を向け、ユウライの陣営へ戻り始めました。

 その後ろ姿へロウガは言いました。

「うぬぼれる竜使いは、竜にかまれるぞ」

 竜仙郷で昔から使われている諺(ことわざ)です。

 それが聞こえたのかどうか。トウカは振り向くこともなく、ロウガから離れていきました――。

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