花鳥が花に戻ってしまったので、フルートたちは空に放り出されました。
「花! 花たち!!」
メールが死にものぐるいで呼びますが、花はまったく応えません。いにしえの怪物のトウテツに花使いを邪魔されているのです。トウテツは、落ちる彼らを飲み込もうと、大口を開けて待ちかまえています。
フルートが叫びました。
「金の石――!」
とたんに、フルートの胸から金の光がほとばしりました。ペンダントの真ん中で魔石が輝き、たちまち墜落が止まります。
金の光に包まれた一同の前に、黄金の髪と瞳の少年が姿を現しました。空中に浮いたまま話しかけてきます。
「あれは闇の怪物じゃないから、ぼくには消滅することができない。ポポロの魔法もあいつには効かない。まったく、この国にはやっかいな連中が多いな」
冷静な声です。フルートは言いました。
「元からポポロは夜明けまで魔法を使えないよ。なんとか倒す方法はないのか? ぼくたちは大急ぎでポチと竜子帝のところへ行かなくちゃいけないんだ」
「光の力でも闇の力でも、あいつを倒すことはできない。あいつはその外側にある存在なんだ。同じいにしえの存在なら、あいつと対抗できるんだろうけれどな」
「なんだよ、その同じいにしえの存在ってのは!?」
とゼンがどなります。金の光に包まれていれば、墜落して怪物に食われる心配はありませんが、ここから移動することもできないのです。
その時、メールとポポロが声を上げました。
「危ないよ、精霊!」
「トウテツが!」
地上から怪物が首を蛇のように伸ばしていました。空中の精霊に、ばくりと食いつきます。大口の中に精霊の姿が消えたとたん、フルートたちを包む金の光も消えました。全員がまた地上へ落ちます。
「花たち――!」
メールの悲鳴のような声に、地上に散っていた花たちが反応しました。花鳥になることはできませんが、地面の上で寄り集まり、山のように積み重なります。その真ん中にフルートたちは墜落しました。花に受け止められます。
フルートは飛び下りるように地上に立って胸を見ました。金の石はまた灰色になっていました。食魔に襲われたときのように、守りの光をトウテツに食われてしまったのです。フルートは炎の剣を握り直して仲間たちへ言いました。
「ポポロとメールは下がって! ゼン、食われないように気をつけろ!」
「食魔と違って、さわっただけで食われねえところはマシだけどな」
と言いながらゼンはまた駆け出しました。それと一緒にフルートも走り出します。前方でトウテツが突進を始めていたからです。フルートが剣を振って炎を撃ち出し、それを呑み込んだ怪物をゼンがまた捕まえます。
「そぉら、今度こそ頭を切られろ!」
角を両手でつかみ、蛇のように伸びていた頭をフルートの前へ背負い投げます。そこへフルートが切りつけます。
とたんに、トウテツがまた首を縮めました。フルートの剣が空振りし、戻ってきた頭にゼンが直撃されて地面に倒れます。
「愚かな連中め! きさまらにわしが倒せるものか! わしに食われて、いにしえの理(ことわり)に戻るがいい!」
ラッパの形に大きく広がった怪物の口がゼンを襲います。
そこへフルートが飛び込んできました。よけきれずにいたゼンを突き飛ばし、次の瞬間には、自分がトウテツの口に呑み込まれてしまいます。
「フルート――!!!」
ゼンとメールとポポロが叫びます。
すると、トウテツの頭がいきなり炎を吹いて燃え上がりました。
「よくも!!」
とトウテツがわめきます。怪物の口の内側から剣の切っ先が突き出て、口ごと頭を切り裂いたのです。燃え上がる炎の中から、金の鎧兜のフルートが姿を現しました。炎をなめ取ろうとした怪物の舌を、剣でまた断ち切ります。今度は怪物の全身が炎に包まれます。
「よくも――よくも!」
トウテツはわめき続けました。首をねじり、燃える頭でまた口を開いて体を呑み込もうとします。フルートは炎を鎧に赤く映しながら、三度目の剣を怪物に振り下ろしました。首が切れ、頭が地響きを立てて地面に落ちます。それでもトウテツは口を広げ伸ばして自分の体を食おうとしましたが、その前に炎が完全に頭を包み込みました。口も頭も、牛の体も、炎の中で燃えていきます。
と――それが紙切れに変わりました。真ん中で二つに切れた呪符です。あっという間に燃え尽きてしまいます。
「やっぱりあの術師が呼んだ怪物だったな。怪我はねえか、フルート?」
ゼンが駆けつけてきて尋ねました。
「大丈夫だよ。呑み込まれる前に口を切り裂いたからね。ぼくは火はまったく平気だし」
なんでもないことのように答えるフルートを、ったく、とゼンが小突きます。
炎が完全に消え、あたりは真っ暗になりました。すっかり日の暮れた空は厚い雲におおわれていて、月も星も出ていなかったのです。
すると、メールが呼びました。
「フルート、ゼン、また花鳥が作れたよ! 急いで乗りな!」
フルートの胸でも金の石がぼんやりとまた光り出していました。聖なる力で隠さなければ、フルートはすぐに闇の怪物に発見されてしまいます。トウテツに力を食われて弱っているのに、金の石はまたフルートと仲間たちを守り始めたのです。
花鳥が一同を乗せて舞い上がると、ポポロが都の向こうを指さしました。
「あそこだわ! 低い山の頂上に祭壇が準備されてるの! あそこが儀式の会場なのよ!」
フルートたちにも、都の北側に当たる暗闇に小さな灯りがいくつもともっているのが見えました。
「ポチと竜子帝は?」
とフルートが尋ねると、ポポロはいっそう目を凝らして答えました。
「まだ来ていないわ。あ、でも、山の麓から登っていく人たちがいる。男の人たちが輿(こし)を担いでいるの。乗っているのは――竜子帝のポチだわ!」
「ねえ、ものすごくたくさんの灯りも山を登っていくよ。あれも竜子帝の家来?」
とメールが首をかしげました。花鳥が羽ばたくたびに都の北の山は近づいてきます。山そのものは夜に沈んでしまっていましたが、その麓から頂上を目ざす山道を、何百という灯りが列をなして登っていくのが見えていたのです。灯りの行列は山道に沿ってつづら折れになっています。
そちらを見てポポロは言いました。
「松明(たいまつ)を持ってる人たちは兵士の恰好をしてるわ――。みんな武器も持ってる。いやにものものしい雰囲気よ」
「おい、飛竜の大群も現れたぞ! 頂上を目ざしてやがる。なんだありゃ?」
とゼンが夜空を見通して声を上げます。
少し考えて、フルートは言いました。
「ユウライの私兵だな、きっと……。もしかしたら、もう一人の叔父のガンザンも乗り出してきたのかもしれない。今すぐ儀式を開かなかったら都を攻めると迫ったんだ。だから、ポチたちは夜のうちに儀式をすることにしたんだよ」
「でも、なんで夜のうちに? 竜子帝に儀式を失敗させて皇帝の座から引きずり下ろしたいなら、明るくなってから、大勢の家来や有力者を集めてやるほうが効果的じゃないか」
とメールが言いました。とてももっともな疑問です。フルートも、先ほどからそこが気になっているのでした。
「たぶん、今夜儀式をする必要があるんだよ。なんのために儀式を急ぐのか、そこはわからないんだけれど」
本当に何故なんだろう、とフルートは考え続けました。きっと何か理由があるはずなのですが……。
星も月もない闇夜の儀式は、不吉な気配を漂わせています。灯りが作るつづら折れが、暗がりの中を天に向かって登り続けていました。