「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第14巻「竜の棲む国の戦い」

前のページ

第20章 闇夜

58.大食い

 ホウの都の南側の山で、フルートたちは怪物と戦い始めていました。

 切り立った崖の前にいるのは、人頭牛身のトウテツです。ねじれ角が生えた頭を低く下げ、前足で地面をかいて、今にも突進しようとしています。

 フルートとゼンはそれより早く駆け出しました。フルートは炎の剣を握っていますが、ゼンは武器を持っていません。フルートが剣を振って炎の弾を撃ち出すと、たちまち怪物に飲み込まれてしまいます。トウテツは大食らいなのです。

 けれども、その間にゼンが怪物に駆け寄っていました。火を飲んだばかりで口を開けられないトウテツの角をつかみ、高々と持ち上げて投げ飛ばしてしまいます。地響きを立てて落ちた怪物へフルートが駆けつけて剣を振り下ろすと、ぼっとトウテツの体が火を吹きます。

「やった!」

 とメールが歓声を上げます。

 すると、トウテツが自分の体を振り向きました。大口を開け、あろうことか、燃え上がる自分の体をひと呑みにしてしまいます。怪物の体が消え、空中に頭だけが残ります。

 フルートたちが驚いていると、その目の前でまたトウテツの体が復活してきました。火傷ひとつ負っていない、元通りの牛の体です。また振り向き、近くにいたフルートへ食いついてきます。

「――!」

 フルートはとっさに身をかわし、地面を転がってトウテツから離れました。狙いを外した怪物が地面をかみ、土と岩がごっそりその口の中に消えていきます。

「なんて野郎だよ……!」

 とゼンがうなりました。うかつに近づけば食われそうで、攻撃することができません。

 すると、フルートが跳ね起きてまた駆け出しました。

「頭だ! 頭を狙え!」

 と叫びます。体は自分を食うことで再生できても、頭のほうは再生できないだろうと考えたのです。まず怪物の口に炎をたたき込み、振り下ろした剣を返す形で怪物の頭を切り裂こうとします。

 ところが、剣が届くより早く、トウコツの頭が後ろへ下がりました。――体は元の場所にあります。首が急に蛇のように伸びて剣をかわしたのです。そのまま首をくねらせてフルートに襲いかかってきます。

「危ねえ!」

 ゼンは長い首に飛びついて、力任せに引き戻しました。その間にフルートはまた飛びのきましたが、トウテツが首をねじったのを見て、また叫びました。

「ゼン、逃げろ!!」

 トウテツが口を開いてゼンを飲み込もうとします。

 

 すると、ざぁっという音を立てて大量の花が飛んできました。トウテツの頭に激突してその口に飛び込んでいきます。勢いに押されて怪物が後ずさった隙に、ゼンは怪物を放して飛びのきました。

「ありがとよ、メール!」

 花使いの姫がそれに答えました。

「あんまり持たないよ! あいつ、本当に大食らいさ! 花をどんどん食われてく!」

 あたりは日が暮れて薄暗くなりつつありました。曇った空からわずかに届く名残の光に、怪物の姿がぼんやり浮かび上がっています。大口を開けて、飛んでくる花を片端から飲み込んでいるのです。

「メール、もうやめろ! 花鳥で北の山へ行けなくなる!」

 とフルートは言って、また駆け出しました。メールが花を退いた(ひいた)瞬間に剣を振ります。

 怪物の頭に炎の弾が激突しました。火の粉が飛び散り、人の顔をした頭が炎に包まれます。フルートがとどめの剣を振り下ろそうとします。

 すると、炎の中から長い大きな舌が現れました。ぐるりと回転するようになめ回し、燃えさかる炎をすっかり飲み込んでしまいます。また現れた頭は火傷ひとつ負っていません。

 フルートはあわててまた飛びのきました。その目の前へまた怪物の頭が飛んできて、地面を食いちぎっていきます。

 大きな岩の塊を飲み込んで、トウテツが言いました。

「無駄だ、人間ども。わしは何でも食らう。きさまらの攻撃など何も効かんぞ」

 蛇のように伸びていた首がするすると元に戻りました。またぐっと頭を下げ、地面をかいて突進しようとします。

 フルートは言いました。

「メール、花鳥! 空に逃げるぞ!」

 ざぁぁっと雨のような音を立てて花が集まり始めました。薄暗がりの中、大きな鳥に変わっていきます。その背中にメールとポポロが乗りました。ゼンも駆けつけて飛び乗ります。

「いいぞ、フルート!」

「フルート、早く!」

 仲間に呼ばれてフルートも駆け出します。

 

「逃がさん」

 とトウテツが言いました。フルート目がけて突進を始めます。その音にフルートは横へ飛びました。すぐ隣を怪物が猛スピードで駆け抜け、崖際の大木に激突します。倒れかかってきた木に押しつぶされそうになって、花鳥が空に舞い上がりました。地上にフルートを残したままです。

「フルート!!」

 仲間たちが必死で呼ぶ中、トウテツがまたフルートへ向きを変えました。フルートは飛びのこうとして、とたんに、ぎょっとしました。自分の後ろには切り立った崖がありました。左右には地面がありません。暗くなっていく中を闇雲に逃げたので、逃げ場のない崖の突端に入り込んでしまったのです。

 トウテツが突進を始めました。角を振りかざす代わりに、口を開けます。口が大きく広がって伸び、フルートをひと呑みにしようとします。

 フルートはとっさに崖から飛び下りました。空の花鳥からゼンとポポロがまた叫び声を上げます。二人は暗がりの中でも目が効くのです。

 地響きと共にトウテツが立ち止まりました。口を縮めるように閉じると、フルートが飛び下りた崖をのぞき込みます。

 とたんに、その顔に炎がまた激突しました。トウテツの頭が燃え上がって、暗闇を照らします。

 崖にフルートが片手でぶら下がっていました。もう一方の手には炎の剣を握っています。怪物がのぞき込んできた瞬間に炎の弾を撃ち出したのです。

 怪物が後ずさった隙に、メールが花鳥を急降下させてフルートを拾い上げました。そのまま舞い上がります。

 地上のトウテツがまた炎を呑み込み、空にいる彼らへほえました。花鳥を追ってきません。トウテツは空を飛ぶことはできないのです。

「今のうちだ! 北の山へ行くぞ!」

 とフルートが言ったとき、崖の上からトウテツがまたほえました。先とは違った高く鋭い声です。

 とたんに、ばっと花鳥の体が散りました。一瞬で花に戻ってしまいます。

「逃がすものか」

 とトウテツが笑うように言いました。

「きさまらの術など何も効かん。おとなしくわしに食われろ!」

 空から落ちる一同の下で、怪物が巨大な口を開けました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク