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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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57.代理

 「ここでいい、ハン。朕は一人で着替えができる。急いで儀式の準備にかかれ」

 竜子帝の姿のポチは、入口で振り返って、白髪頭の後見役に言いました。そこは宮殿の中の竜子帝の部屋でした。儀式に向かう前に、血がついた服を着替えに来たのです。

 しかし……とハンが渋ると、ポチはまた言いました。

「大丈夫だ。着替えたらすぐに行く。自分でできるから、世話係もいらん」

 そのかたわらには右頬に傷があるロウガが、足下には白い小犬がいました。一緒に竜子帝の部屋に入ろうとしています。

 大丈夫だ、と少年皇帝はまた言いました。

「ロウガもこの犬も朕の護衛だからな。心配はいらない。それより、叔父たちの対応を頼む。朕は本当にすぐに行く。叔父たちが短気を起こして都に攻め込むことがないよう、抑えておいてくれ」

「承知いたしました――」

 ハンは一礼をすると宮殿の外へ向かいましたが、その際に、ほんの一瞬、ポチの顔を見つめました。何かを問いかけようとして、ためらうようにやめて去っていきます。

 その後ろ姿を見送って、ロウガが言いました。

「何か言いかけたようだな。なんだったんだ?」

「リンメイの行方を聞こうとしたんですよ……。ぼくと一緒に社殿を出たはずなのに、ここにいないから」

 竜子帝の部屋に入り、戸をしめてから、ポチは言いました。本来の口調に戻っています。部屋には彼ら以外には誰もいなかったのです。

「絶対に尋ねてくると思ったのに。何故ハンは黙っていたのだ?」

 と犬の竜子帝が言いました。その小さな体はまだかすかに震え続けています。

 ポチは、少し考え込むように黙ってから、答えました。

「竜子帝が降竜の儀をする気になっているところに、リンメイの名前を出して邪魔したくなかったんだろうな……。リンメイは竜子帝の側室と思われてるんです。そのことで、ユウライたちが難癖をつけてきているから」

「側室だと!!?」

 と竜子帝は驚くほど大きな声を上げました。ロウガやポチが、思わず、しっとたしなめたほどです。

「な――何故そんなことになっているのだ!? リンメイに何をした!!?」

 と竜子帝が尋ねます。自分の体に迫られて、ポチは苦笑しました。

「何もしていないですよ。ただ、礼拝堂で書を読んでもらっていただけです。周りが勝手に誤解して大騒ぎしたんです」

 それでも竜子帝が納得できずに牙をむいているので、ロウガが口をはさみました。

「まあ、無理はないだろうな。あのお嬢ちゃんはけっこう美人だったし、本物の竜子帝も、黙って立っていればなかなか立派なもんだ。あんたらが二人揃っていたら、周囲も勘違いしたくなるだろうよ」

「朕たちはただの幼なじみだ――!!」

 と竜子帝がほえるように言ったので、ポチは黙って目を細めました。何かをいたむような表情をします。代わりにロウガが静かに言いました。

「それでも男と女に変わりはないさ。幼なじみなんてことばに目をくらまされて後悔するなよ、竜子帝」

 あまりに意味ありげなことばに、ポチと竜子帝が思わずロウガを見つめます――。

 

 すると、青年はがらりと口調を変えました。

「そら、早いこと着替えろ。ぐずぐずしてると、あの後見役が物騒な親戚どもを抑えきれなくなるぞ」

 あ、とポチたちは我に返りました。

「着替えはその長持ちの中に入っている。好きなものを着ろ」

 と犬の竜子帝が部屋の隅の大きな箱を示したので、ポチはそこから一組の服を取り出しました。青地に白銀の糸で大きな竜の刺繍が施されています。

「ロウガ、着替えを手伝ってください。ぼく、ユラサイの服の着方がよくわからないんです」

「よくそれで竜子帝の代役ができたな」

 青年があきれながら着替えに手を貸してくれます。

 犬の竜子帝はその足下を落ちつきなく歩き回りました。

「ポチが朕の変わりに儀式に出て――そして、どうする? いくら朕と同じ姿でいても、まさか神竜は呼び出せまい」

「それは当然ですよ」

 とポチはあっさり答えました。

「ぼくは儀式でも代役です。本当にやるのはあなたですよ、竜子帝。ぼくと一緒にいてください。そして、神竜を呼ぶんです」

 竜子帝はびっくりしました。叫ぶように言い返します。

「朕は犬になっているのだぞ!」

「それでも、あなたは本物の皇帝だ。契約で呼び出されてくる神獣は、その人の姿には左右されないはずです。例え犬でも、神竜は出てくるはずですよ」

「そんな馬鹿な!」

 と竜子帝はどなり続けました。

「それに――朕は元々神竜を呼べないのだと――! 不可能だ!!」

 すると、ポチは着替え途中の恰好でかがみ込んで、竜子帝と同じ目の高さになりました。

「呼び出さなくちゃいけないんです。神竜が現れる時には、きっと直前に予兆があります。そうすれば、ユウライは焦って、必ず人質を前に出してくる。神竜を呼び出したりしたら人質をただではおかないぞ、ってね。リンメイとルルを助け出せるのは、その時しかないんです」

 強い口調でした。どこかフルートにも似ています。

 

 竜子帝はいっそううろたえました。

「だ、だが、朕は――それに、どうやってリンメイたちを助け出す? 朕とポチが儀式をしていては、動けるのはロウガしかおらぬぞ」

 この心配は妥当でした。ユウライは百騎を超す飛竜部隊を、ガンザンも多くの私兵を引き連れてきているのです。人質が簡単に救出できるはずはありません。

「おいおい、俺は食魔払いだぞ。兵士じゃないんだから戦闘は無理だ」

 とロウガが言うと、ポチが答えました。

「心配ありません。ちゃんと来てくれます――フルートたちが」

 竜子帝とロウガは驚きました。

「本当か? 本当に彼らは来るのか?」

「大丈夫なのか? 連中は降竜の儀がこんなに早まるとは思っていないはずだぞ」

 ポチはまたにっこりしました。

「来ますよ。特に、フルートは何があったって絶対に来ます」

 この時、フルートたちは都の南側の山で、怪物のトウテツと戦闘を始めていました。ポチたちはそれを知りません。気配や予感でそれを感じ取ることもできません。ポチはただ強く信じる声をしていました。それは、別の場所で敵に捕らわれているルルと、まったく同じ響きの声でした。

「さあ、ぼくたちはぼくたちの役目をやらなくちゃ。着替えて、降竜の儀に臨みましょう」

 とポチは立ち上がり、着替えの続きを始めました――。

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