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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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第19章 宮殿

55.宮殿

 ユラサイの首都ホウは海に近い丘陵地にありました。都全体を街壁が取り囲み、さらにその外側を水をたたえた大堀が囲んでいます。堀は都の南西を流れる大河につながり、都の南と東には低い山々、もっと東には海も控えていて、都を敵の侵入から守っています。唯一開かれた都の北側には、ぽつんと小高い丘がそびえていて、それを正面の守りにするように、都の大門があります。

 皇帝の城はホウの都のほぼ中央にありました。城壁に囲まれた広大な敷地に、さまざまな建物が建っていて、その中心にある宮殿もそれ自体が驚くほど大きな建物です。何百メートルにも渡る長い通路を人々が忙しく行き来します。その中に、後見役のハンの姿もありました。追いかけてきては報告をする家臣たちに尋ねます。

「竜子帝は? 帝はまだ見つからないのか!?」

「は。リンメイ様が犬を探しに竜で社殿を出て行かれてから、社殿のどこにも姿が見当たらないと――」

 社殿からの知らせを運んできた家臣が、頭を低くして答えます。

「リンメイと外に出られたか。このような時に犬探しなど……」

 とハンは歯ぎしりしました。社殿で何が起きていたか、リンメイやポチたちが何をしていたのか、ハンには知るよしもありません。

 

 そこへまた別の家臣が駆けつけてきました。

「ハン様、ユウライ様が直接都の正門までおいでです! 即刻、人民の前で降竜の儀を執り行い、神竜の怒りを鎮めるように、と! しかも、儀式の場所に、北の大門前のタイラク山を名指しです!」

「社殿ではなくタイラク山を? 何故だ?」

 とハンは聞き返しました。その間にも次々と家臣が追いかけてきて、ハンの後ろに連なります。彼らはユラサイの北西部や中部で起きている災害について、報告にきたのです。自分の番が回ってくるのを、じれったそうに待ちます。

 ユウライの知らせを運んできた家臣が答えました。

「竜子帝が神竜を呼び出せなかったり、降竜の儀をすっぽかすようなことがあれば、自分が神竜を呼び出してみせる、とユウライ様は言っておられます。タイラク山はそのために約束された場所である、と」

「馬鹿な。そんな話は聞いたこともない」

 とハンが言います。

 家臣はあせっていました。

「後見役、ユウライ様へのお返事は――? ユウライ様は百頭を越す飛竜軍団を従え、自らも飛竜に乗って、自分の街から飛んできておられます! 皇帝が返事を引き延ばせば、飛竜軍団を連れてこの宮殿まで直接返事を聞きに来ると! このままでは都の中で戦が起こります!」

 ハンは思わず舌打ちしました。いつも力になってくれる術師のラクは、洪水の被害を食い止めるために、宮殿の術師たちと共に国の中部へ行っていました。術の力でユウライを追い返すこともできません。竜子帝はいずこにおられる!? と心の中で叫んでしまいます。

 

 そこへまた別の家臣が駆けつけました。居並ぶ他の家臣を追い越してハンに報告します。

「正門に私兵を引き連れてガンザン様がおいでです! ユウライ様と一緒になって、竜子帝に即刻降竜の儀を執り行え、と――!」

 ハンは顔色を変えました。竜子帝の叔父二人共が、竜子帝に神竜を呼び出せと迫ってきたのです。

「竜子帝は今もまだ社殿で降竜の儀の最中だ! ユウライ殿とガンザン殿にそう伝えよ!」

 とどなるように言うと、先の家臣が首を振りました。

「ユウライ様は、竜子帝が社殿にはいらっしゃらないと言い張っておいでです! 神竜の怒りに恐れをなし、儀式を捨てて――その――女と逃げたのだと――」

 女と言われているのは、ハンの娘のリンメイのことなので、家臣が口ごもります。ハンはまた大きく歯ぎしりしました。どういう手段でか、ユウライは竜子帝が社殿から行方不明になっていることをかぎつけたのです。事態は彼が一番恐れていた状況になろうとしていました。

 すると、そこにまた新たな家臣が駆けつけてきました。

「ハン様、大変でございます!!」

「今度は何事だ!?」

 とハンがどなりつけます。普段は穏和で冷静な後見役が、誰の目にもわかるほど取り乱していました。

 すると、家臣は言いました。

「宮殿の南口から竜子帝がお戻りです! ハン様をお呼びになっています!」

 

 なに!? とその場にいた全員が自分の耳を疑いました。

「竜子帝が宮殿に戻られたというのか!?」

 とハンが大声で聞き返したとき、通路に面した中庭から、ばさばさと激しい羽音が聞こえてきました。日暮れを迎えて夕映えに照らされた庭へ、一羽の飛竜が舞い下りてきます。宮殿の真ん中に飛竜がやって来るなど、通常ではありえないことです。ハンたちが仰天していると、竜の背から声がしました。

「遅い、ハン! 朕のほうで来たぞ!」

 青い上着を着た竜子帝でした。頬に大きな傷のある男と飛竜に乗っています。ハンは通路から中庭に飛び出しました。

「帝――!! どうやってこちらへ――!?」

「ここにいるのは竜仙郷のロウガ。彼に飛竜でここまで送ってもらった」

 と竜子帝は顔に傷のある男を紹介してから、竜から飛び下りました。その服に赤黒い染みが広がっているのを見て、ハンはまた仰天ました。

「竜子帝! その血は――!?」

「朕の血ではない。心配するな」

 と答えた竜子帝の上に、一匹の生き物が飛び下りてきました。竜子帝の肩を一度踏み台にして、中庭に降り立ちます。それは全身真っ白な小犬でした。竜子帝の足下に立って、ハンを見上げます。

 ハンはとまどいました。犬が違っている、とは考えたのですが、今はあまりにも心配事が多すぎて、そんなことを気にしている余裕はありませんでした。竜子帝に向かって言います。

「今すぐ降竜の儀を開かねばなりません! ユウライ殿とガンザン殿は自分の兵を率いて都までやって来ております。少しでも儀式を渋る様子を見せれば、皇帝に不適当と難癖をつけて、都に攻め込んでまいります! 彼らを引き下がらせるには、儀式を開いて神竜を呼び出してみせるしかないのです!」

 とたんに、ウゥゥ、と足下で犬がうなりました。飛竜から下りていたロウガが、かがみ込んで背中を撫でます。

 竜子帝は言いました。

「わかった。明朝の日の出と共に降竜の儀を執り行う。叔父たちにそのように伝えよ。都へ踏み入るようなことがあれば、我が叔父であってもただではすまさぬ、とも言え」

 きっぱりとした口調でした。

 二人の家臣が一礼をして飛ぶように通路を駆けていきました。都の前で待つユウライとガンザンに、帝の返事を伝えに行ったのです。

 竜子帝――とハンが感激したようにつぶやきました。他の家臣たちも、この状況の中で毅然と判断する皇帝に頭を下げて敬意を表します。

 

 すると、小犬がまたうなりました。小さな体を震わせています。

 それを抑えるように撫でながら、ロウガはそっと話しかけました。

「我慢しろ。連中はあっちが本物の竜子帝だと思い込んでるんだからな。悪気はないんだよ」

「朕が怒っているのはそんなことではない――」

 と小犬が低く答えました。人のことばを話していますが、青年がかがみ込んで人々の視線をさえぎっているせいもあって、そのことには誰も気がつきません。

 互いに入れ替わったままの竜子帝とポチ、そして食魔払いのロウガ。

 リンメイとルルを救い出すために、三人は宮殿に入り込んだのでした。

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