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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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54.女友達

 鉄格子のはまった部屋の前で、薄紅の衣の女がユーワンと話していました。妖艶なまでに美しい女性――トウカです。

「ようやくここまで来たわね。ユウライ様は竜子帝に降竜の儀を公に執り行うように、改めて要求したわ。それを蹴れば、竜子帝は自分から皇帝の力を持たないことを証明することになるし、神竜を呼び出せなければ、やっぱり皇帝の座を降りることになる。こちらに竜子帝の側室が手に入ったのですもの、我々の勝ちよ」

 鉄格子の向こうには娘と犬が倒れていました。リンメイとルルです。板張りの床の上に横たわったまま、まったく身動きをしません。

「出られないように術はかけてあります」

 とユーワンは言いました。頭巾に隠れた顔は目以外何も見えませんが、袖からのぞく手には包帯が巻かれています。それを不自由そうに動かしながら話し続けます。

「連中は必ず娘を取り戻そうとします。この犬も竜子帝の愛犬だ。見殺しにできるわけはありません」

「甘いわよね。たかが側室に」

 とトウカは言って、牢の中の少女を眺め、馬鹿にしたように笑いました。

「まあいいわ。竜子帝は恐れることはないけれど、帝と一緒にいる術師たちは油断がならないから、連中がこの娘に執着してくれるなら好都合よ」

「連中が取り戻しに来たら、今度こそ連中の息の根を止めてやります」

 とユーワンは言い、ひとりごとのように続けました。

「わしに少しばかり傷を負わせたくらいで、勝ったつもりになどさせぬ。ひと思いに殺してくれ、と泣いて懇願するような目に遭わせてやるわ」

「あらまぁ、怖いこと」

 トウカは肩をすくめました。その拍子に、大きく開いた襟元から、まぶしいほど白い肌がのぞきます。

 けれども、それには目も向けずに、ユーワンは言い続けました。

「問題はユウライ様のほうでしょう――。降竜の儀を執り行うのはいいが、ユウライ様に神竜が呼べなければ、やはりユウライ様は帝にはなれない。そちらの手はずは大丈夫なのですかな?」

「そこに抜かりがあるはずはないわ。私は竜仙郷一の竜使いよ」

 とトウカは笑いました。牢のある部屋に女の笑い声が響きます。

 

 トウカとユーワンが出ていって、鉄の扉が閉まると、部屋の中は静かになりました。牢の中にリンメイとルルだけが残されます。

 すると、すすり泣きの声が聞こえ始めました。倒れたリンメイが、うつぶせになったまま泣いていたのです。ルルが身を起こして、すぐに、ふんとそっぽを向きます。

 リンメイは泣きながら起き上がりました。彼女たちはもうだいぶ前から正気に返っていたのです。トウカとユーワンの話もすっかり聞いてしまっていました。

「キョン……!」

 とリンメイはむせび泣きました。座り込み、膝の上で堅く握りしめた拳へ涙をこぼし続けます。ルルはそっぽを向き続けます。

 が、ルルは突然飛び起きました。背中の毛を逆立てて叫びます。

「何をするのよ!?」

 リンメイが帯の中から短剣を取り出し、鞘を払って自分へ向けたからです。それで自分の咽を貫こうとします。

「ちょっと――! やめなさい! やめなさいったら!」

 ルルはあわててリンメイに飛びつきました。短剣を握る手にかみつくと、少女が悲鳴を上げて刃物を落とします。

 ところが、彼女はまたそれに飛びつきました。反対の手で握りしめると、今度は自分の胸に突き立てようとします。ルルは悲鳴を上げてもう一度飛びかかりました。短剣の柄をくわえ、力任せに奪い取って着地します。

「返して!!」

 とリンメイは泣き叫びました。ルルへ突進してきます。

 ルルは飛びのき、狭い牢の中を逃げ回りました。リンメイが短剣を奪い返そうと追いかけてきます。

「……もうっ!」

 ルルは頭を大きく振って、牢の鉄格子の隙間から短剣を放り出しました。リンメイが格子の隙間から手を伸ばしても、もう届きません。

 リンメイはその場に泣き崩れました。

 

 その前に立って、ルルは、ガウッと激しくほえました。

「いいかげんにしなさいよ! 死んでどうするっていうの!?」

 すると、リンメイが顔を上げました。泣きながら叫び返します。

「私のせいでキョンが帝の座を追われるわ――! 私の――私のせいで!! そんなことはできない!!」

「馬鹿なこと言わないで! あなたが死んだって、なんの解決になるもんですか!

 ルルに叱られて、リンメイがまた大泣きを始めました。どれほど泣いても騒いでも、閉じた入口の戸は開きません。

 ふぅ、とルルは溜息をつきました。この牢の中では、ルルは風の犬に変身することができませんでした。遠くにいるポポロと連絡を取りたいと思うのですが、それも通じません。ユーワンが言っていたとおり、牢に術がかけられているのです。

「これは待つしかないわね」

 とルルはひとりごとのように言いました。人質にされている状況はまったく面白くありませんが、そのおかげで殺される心配はなさそうでした。生きてさえいれば、必ず脱出するチャンスは巡ってくるはずです。まだ泣いているリンメイを見て、強く言います。

「ちょっとあなた、もう泣きやみなさいよ! うるさいじゃない!」

 リンメイはびくりと肩を震わせ、怒ったようにルルをにらみつけました。

「キョンが危ないのよ! あなたの仲間たちだって殺されるかもしれないのに! あなたこそ、どうしてそんなに落ち着いているのよ!?」

 すると、ルルは、ふふん、と笑いました。

「冗談言わないで。フルートたちがあんな奴らに負けるものですか。必ずフルートたちは来るわ。どうやったらそれに合流できるか、泣かずに考えなさいよ」

 リンメイは目をぱちくりさせました。ルルの強さに押し切られる形で、涙も引っ込んでしまいます。雌犬は牢の中に座り、何かを確かめようとするように、鼻をあげて匂いをかいでいます――。

 

 リンメイはルルに話しかけました。

「ねえ、あなた……」

「ルルよ。なに?」

 と雌犬が答えます。そっけない声です。

 リンメイは少しの間ためらい、思い切って言いました。

「ごめんなさい……私、気がつかなかったのよ。キョンとポチが入れ替わっていたなんて……」

 ルルは驚いてリンメイを見ました。首をかしげます。

「それ、ポチから聞いたの?」

 リンメイはうなずきました。今さらながら顔が赤くなってきます。彼女は別人相手に大告白してしまったのです。しかも、それをすっかり理解できるルルが見ている前で。

 ルルはまた首をかしげました。さっきより少し穏やかな声になって言います。

「ほんとに情けないんじゃない? 自分が好きな相手くらい、ちゃんと見分けなさいよね。ポチだって迷惑していたんだから――」

 つい一言、ルル自身の願望が混じります。リンメイはしょんぼりうなずきました。

「帝になったせいだと思っていたのよ……。半年も会えずにいたし、その間に変わってしまったんだと……」

「まあね、ポチも頑張って竜子帝の代役をしていたから、無理はないのかもしれないけれどね」

 とルルは言いました。怒りん坊でも、根はとても気のいいルルです。もうずいぶん優しい声になっていました。

 

 牢のある部屋に窓はありませんでした。今が昼なのか夜なのか、外はどんな様子なのか、ここから知ることはできません。

 それでもなお匂いをかぐような様子をしながら、ルルはつぶやきました。

「妙よね……」

 なにが? とリンメイが尋ねました。

「あの術師が私の正体を仲間に話さなかったことよ。もの言う犬だとは思っていないでしょうけど、風の犬には変身したのだもの。ただの犬じゃないってのはわかっているはずだわ。それなのに、それについてはなにも言わずに、ここに閉じこめた。――あの術師、仲間にも秘密で何かを企んでるわよ。そのあたりに脱出の隙はないかしらね」

 リンメイはまた目をぱちくりさせました。

「強いわね、ルル」

 と思わず言うと、雌犬は笑うような顔をしました。

「あなただって相当強いじゃない、リンメイ。拳法の達人なんでしょう? それを思い出しなさいよ。そんなふうにめそめそしているのは似合わないわよ」

 まあ! とリンメイは声を上げました。怒ったらいいのかあきれたらいいのか、自分でもわからなくなり、なんだか急におかしくなって笑い出してしまいます。

「そうね……確かに泣いてばかりいるのは私らしくないわ。あなたを見習って、私も強くならなくちゃ」

「そうよ。それにね、強くいられる秘訣があるのよ。みんなは必ず私たちを助けに来る。必ずよ。そう信じられるから、強くいられるの」

 そうね、とリンメイはまた言いました。

「キョンも来てくれるような気がする……。罠だから来ないで、と言いたいけれど、でも……私の知っているキョンなら、やっぱり来てくれるような気がするわ……」

 どちらともわからない彼方へ目を向けて、少女はほほえみました。その頬をまた一滴の涙が伝っていきます。

 ルルは伸び上がりました。

「ほら、泣かないって言ったばかりでしょう。しょうがないわね」

 とリンメイの涙と顔をなめます。

 そして、一人と一匹の少女は祈りました。大切な人たちが無事でありますように、また巡り会い、共に戦えますように――と。

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