リンメイと風の犬のルルを捕まえたまま、空中から巨大な手が消えていきました。竜子帝とポチが必死に名前を呼びますが、雲が淀む空には少女たちも手も戻ってきません。
フルートがポポロを振り向きました。
「早く! 行き先を追って!」
ポポロは魔法使いの目で追跡を始めましたが、すぐに、あっと小さく叫びました。
「だめ……振り切られたわ!」
「ルルはポポロと心でつながってるんだろ!? それでもわからないのかい!?」
とメールが尋ねると、ポポロは首を振りました。
「魔法の力で隠されてしまったのよ。壁が立ちはだかって、間をさえぎってしまったの……」
大粒の涙がこぼれ出します。
ゼンがロウガに食ってかかりました。
「あの黒野郎はどこに行ったんだよ!? あいつの目的は何なんだ!?」
ロウガに尋ねたのは、あの黒い術師がロウガの昔の仲間だとわかったからです。
「俺にもわからん。あいつは六年前に裏竜仙郷を飛び出したきり、ずっと行方知れずになっていたんだ――」
とロウガは堅い声で答えました。拳を握りしめて空をにらみつけています。
「リンメイはどこだ!? どうすればリンメイを助けられるのだ!?」
と犬の竜子帝が叫びましたが、誰もそれに答えられませんでした。空を見上げたまま茫然としてしまいます。
すると、花鳥の上に座り込んでいたポチが言いました。
「占神だ――。竜仙郷には占いの神と呼ばれる人がいるんでしょう? その人に、彼らの行方を占ってもらえばいい!」
あっ、と全員は気がつきました。確かに、占神ならば彼らの居場所がわかるかもしれません。
「そんな恰好をしていても、やっぱりポチだな。賢いぜ」
とゼンが少年皇帝の頭をぐいと抑えるように撫でました。メールが花鳥に命じます。
「お行き! 全速力で竜仙郷に戻るよ!」
「ロウガ、ぼくたちも!」
とフルートも言い、青年が飛竜を旋回させます。一行は南西の竜仙郷目ざして、脇目もふらずに飛び始めました。ポチが呼びかけたので、リンメイの飛竜も一緒についてきます。
うなりを上げて空を飛びながら、フルートはロウガに尋ねました。
「あのユーワンという術師は、食魔払いの仲間だったんですね? どんな人物だったんです?」
ロウガは口元を歪めました。語るのも不愉快だと言いたそうに答えます。
「得体の知れないヤツだったよ――。術師としては一流だったがな。食魔に術は直接には効かないから、影を作る場所を術で破壊して食魔を追い出す役をしていた。普段は冷静なくせに、天下を取る話になるといきなり熱くなる男で、仲間たちはみんな心配して、いさめたり諭したりしたんだが、あいつは耳を貸そうとしなかった。しまいには怪物で仲間を皆殺しにして、裏竜仙郷から飛び出していった。俺一人だけが、九死に一生を得て生き残ったんだ」
「奴の話では、誰か仕える人がいるようでしたよね。心当たりは?」
「ない。というより、信じられん。たとえ一時でも、誰かの下につくなんてことは、昔は考えられなかったんだ」
普段は気の良い青年が、黒い術師の話をするときには、驚くほど厳しい顔と声になります。
フルートは少し考えてから、思い切って質問を重ねました。
「それで……あなたが言っていたトウカっていうのは、誰なんですか? ユーワンも知っているようだったけれど」
とたんにロウガは本当に厳しい表情になりました。
「裏竜仙郷きっての竜使いだ……女だがな。こっちは三年前に裏竜仙郷を飛び出していったきり、やはり行方はわからない」
冷静に答えているような声の陰に、何か計り知れないものがありました。行く手をにらみつけるように見据えています。
「その人がユーワンに命令しているっていう可能性は?」
「それこそ、まず考えられんな。そこまで力のあるヤツじゃあない」
トウカという女性をよく知っている気配が、返事の中にのぞきます。
それきりロウガが黙り込んでしまったので、フルートもそれ以上は尋ねませんでした。ユーワンに命じているのは誰だろう、と考え続けますが、見当がつきません。やはり、竜仙郷の占神に尋ねなくてはならないようです……。
同じ竜の背の上で、竜子帝は四本の足を踏ん張り、風に逆らうように立っていました。
並んで飛ぶ花鳥の上には、自分の本当の体が小犬の魂を宿して乗っています。何かしら複雑な気分になって良いはずの状況なのに、竜子帝はまったくそちらを見ませんでした。ひたすら行く手だけを見つめて、低くうなり続けています。
すると、すぐそばに座っていたポポロが話しかけてきました。
「大丈夫よ、リンメイもルルもきっと無事でいるわ……」
「何故そんなことがわかる!? おまえは彼らを透視できないのだろう!」
と竜子帝がどなり返しました。かみつくような勢いです。
ポポロはたちまちまた涙ぐみましたが、しずくをこぼすことはありませんでした。繰り返して言います。
「大丈夫よ……。だって、ルルが一緒にいるんですもの」
信じる声ですが、竜子帝は返事をしません。
南西へ。竜仙郷へ。
二頭の飛竜と一羽の鳥は、ひたすら飛び続けました――。