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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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50.空中戦

 ポチとリンメイが乗る飛竜の行く手を、黒い術師の竜がさえぎっていました。術師が呪文と共に呪符を投げつけてきます。

「行け!」

 呪符が大きな槍に変わり、ポチ目がけて飛んできました。ポチは腕にルルを抱いているので逃げられません。ルルの上に身を投げ出すようにして伏せると、飛竜のカーラが大きく身をかわしました。危なく背中から落ちそうになったポチとルルを、後ろからリンメイが捕まえます。

 術師は二枚目の呪符を取り出しました。

「往生際が悪いな、竜子帝! おとなしくあの世へ行け!」

 また呪符を投げると、今度は空中に怪物が現れました。人の男の頭に虎の体、全身長い毛におおわれ、口にはイノシシのような牙が生えています。

「トウコツ!」

 とリンメイは叫びました。ユラサイでは有名な凶獣です。

 トウコツが空中を地面のように駆けて襲いかかってきたので、竜のカーラはまた身をかわしました。怪物の長い尾が、ぴしりとポチやリンメイをたたいていきます。

 ポチは身を伏せて、ルルを抱きしめ続けていました。したたかに打たれた背中が痛みますが、それを気にする余裕はありません。右へ左へ、カーラは怪物の攻撃をかわして急旋回を繰り返します。その動きに振り回されて、ルルが激しく痙攣を始めていました。切れ切れのうなり声は、今にも止まってしまいそうです。傷を押さえた布は、血でびっしょりと濡れています――。

 すると、トウコツがまた飛びかかってきました。今度は正面からです。カーラが急降下してかわすと、トウコツの牙がリンメイへ向かってきました。少女を串刺しにしようとします。

 リンメイはとっさに手綱を放して後ろへ倒れました。そのすれすれ上のところを牙と怪物が通り抜けていきます。とたんに、リンメイの前で悲鳴が上がりました。手綱を握るリンメイに支えられていたポチが、バランスを崩して竜の背中から滑り落ちたのです。真っ逆さまに墜落していきます。腕に抱いたルルも一緒です。

「ポチ――!!」

 リンメイがカーラと助けに向かおうとすると、トウコツがまた襲いかかってきました。キィ、とカーラが鳴いて、また身をかわします。ポチたちを助けに行けません。

 

 空を落ちながら、ポチは、もうだめだ、と考えてしまいました。風がうなりながら耳元を過ぎていきます。風の犬になるたびに聞いてきた馴染みの音が、今はポチたちに死の宣告をしています。人間になったポチは空を飛ぶことができません。地面に激突して、木っ端みじんになってしまうのです。

 息の詰まりそうな風の中で、ポチはルルを強く抱いて呼びました。

「ルル! ルル! 変身するんだ! 風の犬になって逃げろ! 早く――!」

 けれども深手を負って死にかけているルルは返事をしませんでした。ポチの腕に抱かれたまま、一緒に空を落ちていきます。

 とうとうポチは目をつぶりました。ルルを胸の中に堅く抱きしめ、心で救いを求めます。お願いだ、フルート! ルルを助けて! ルルだけは助けて――!

 仲間たちはまだ遠い竜仙郷にいると承知の上で、呼び続けます。いつの間にか、心の声が本物の声になっていました。

「フルート……! フルート、フルート……!!」

 

 とたんに、少ししゃがれた声が言いました。

「こら、馬鹿犬。俺の名前も呼べよ」

 ポチとルルが何かの上に落ちました。まるで羽根のように柔らかいものの中を、ふたりの体が沈み込んでいきます。すると、また別の声がしました。

「わっとっと……! 花たち、こらえな! 突き抜けちゃったら大変だよ!」

 たちまち何かがポチの体を捕まえました。墜落が止まります。ポチは思わず目を開け、自分とルルに緑色のものが絡みついているのを見て驚きました。植物の蔓です。その周囲にはとりどりの色が群れていました。むせかえるような芳香もします。ポチたちは無数の花に受け止められていたのです。

 花に埋もれたポチとルルの上に、ぽっかりと穴が開いていて、そこから二つの顔がのぞき込んでいました。

「おい、大丈夫か、馬鹿犬ども?」

「今引き上げてあげるから、じっとしてなよ」

 ポチは、ぽかんとそれを見上げてしまいました。口々に話しかけてきたのは、ゼンとメールでした。自分を取り囲む花の向こうで、ばさり、と羽音が聞こえます。花鳥の翼の音です――。

 

 花に持ち上げられて花鳥の背中に現れたポチとルルを見て、ゼンとメールは思わず声を上げました。

「おまえら――!」

「なにさ、その血!?」

 ポチのほうには、どうしてここにゼンたちが、と尋ねる余裕などありませんでした。叫ぶように言います。

「ルルが大怪我をして死にかけてるんです! フルートは!? フルートはどこ――!?」

「ここだよ」

 頭上から声がして、彼らの上に影が落ちました。大きな飛竜が真上にいて、その背中からフルートが身を乗り出していました。血にまみれたポチとルルを見たとたん顔色を変え、竜から飛び下りて花鳥に乗り移ってきます。

 ポチは何も言えなくなりました。フルートがポチからルルを抱き取り、金の石をルルに押し当てるのを見守ります。すると、したたり続けていた血がぴたりと止まりました。呼吸がすぐに強く深くなってきて、ぱっちりと目が開きます。ルルは頭を上げると、自分を見守る仲間たちを見回しました。不思議そうに尋ねます。

「フルート――ゼンもメールも。どうしてあなたたちがここにいるの?」

 ポチはその場にへたへたと座り込みました。フルートがルルを抱きしめます。

「間に合ってよかった……。占神に言われて竜仙郷から飛んできたんだよ」

「ったく。こんなに危ねえ状況だなんて、占神は一言も言わなかったじゃねえか。寿命が縮んだぞ」

 とゼンがぶつぶつ言います。メールも、ほっとした顔をしています。

 

 すると、まだ頭上を飛んでいた飛竜から、別の声が聞こえてきました。

「こら、おまえたち! のんびりするにはまだ早いぞ! 敵はまだそこにいるんだからな!」

 ポチの知らない人物が飛竜の上からどなっていました。頬に大きな傷のある若い男です。指さす空に飛竜に乗った黒い術師がいました。人頭虎体のトウコツもリンメイが乗った飛竜を追い回しています。

 頭上の飛竜にはポポロもいました。

「フルート、あの怪物にも魔法が効かないの! いにしえの怪物なのよ!」

 と言います。

「わかった、すぐ行く」

 とフルートは答えてルルを花鳥の上に下ろしました。舞い下りてきた飛竜に飛び移ります。その拍子に、同じ竜の背にいる人々の姿がポチに見えました。頬に傷のあるたくましい男、青い乗馬服に革の胸当てをつけたポポロ、そして、全身が真っ白な小犬――。一瞬ポチと小犬の目が合いました。互いに相手を見つめるうちに、竜と花鳥がまた離れていきます。

 

 食魔払いのロウガは、飛竜を上昇させながらフルートに言いました。

「案の定だぞ。あの黒い術師は裏竜仙郷のユーワンだ。強力な術を使ってくるから気をつけろよ」

 何故だか嫌に堅い声です。

「あのトウコツも術師が呼んだのだ! リンメイが捕まる! なんとかしろ、フルート!」

 と小犬の竜子帝はわめいています。

 フルートは、術に捕まらないように空を旋回する飛竜に片手で捕まり、もう一方の手で背中の剣を引き抜きました。トウコツを見据えて言います。

「ポポロの魔法を邪魔しているのは、きっとあの怪物だ。まずあいつから倒す。ロウガ、あそこへ!」

「よし!」

 食魔払いが竜を急旋回させました。虎のような怪物へ迫っていきます。

 すると、術師のユーワンが間に割り込んできました。

「そうはさせんぞ。これでも食らえ!」

 呪符が宙に舞ったとたん、炎の塊がフルートたちを襲いました。飛竜がかわそうとしますが、炎が大きすぎてかわしきれません。

 すると、ポポロの声が響きました。

「セエカ!」

 緑の星と共に光が広がり、炎の弾を弾き返しました。攻撃魔法は打ち消されても、守りの魔法は使うことができるのです。飛び散った火の粉を術師があわてて避けます。

 その間にロウガは竜をトウコツに接近させました。相変わらず手綱もなしに竜を操り、リンメイを追い回す怪物を見て苦い顔になります。

「四凶(しきょう)のトウコツか……。ユーワンめ、完全に悪に墜ちたらしいな」

 フルートが竜の上に立ち上がりました。ロウガと同じように、どこにもつかまってはいません。その恰好で両手で剣を振り上げ、行く手を飛び回る怪物へ勢いよく振り下ろします。

「せいっ!」

 たちまち切っ先から炎の弾が飛び出しました。うなりながら飛んでいって、トウコツに激突します。とたんに、怪物の体が火を吹きました。燃え上がり、次の瞬間には一枚の紙切れに変わって燃え尽きてしまいます。

 

 ロウガがまた飛竜を旋回させました。今度は術師のユーワンのほうへ向かいます。そのとたん、今度は竜子帝とリンメイの目が合いました。

「キョン!」

 と少女が叫びます。

 犬の皇帝は目をそらして少女へ背を向けました。何も答えません。

 犬と人を乗せて遠ざかっていく飛竜を、リンメイは自分の飛竜の上から茫然と見送ってしまいました……。

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