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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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49.大猿

 山奥の崖から飛びたつ四頭の飛竜を見て、ポチとリンメイは緊張しました。

 飛竜は背中に人を乗せています。あんな場所から飛びたつ人々が、まともな連中のはずはありません。きっと竜子帝の命を狙う連中だ、と直感したのですが、ポチたちは武器らしい武器を持っていなかったのです。

 ところが、飛竜は彼らに気がつきませんでした。まるで何かに追いたてられるように、一目散に北のほうへ去っていきます。飛竜がよろめきながら飛んでいるのを見て、リンメイは首をひねりました。

「どうしたのかしら? 怪我でもしているみたいね」

 とたんにポチは、はっとしました。竜たちが飛びたった崖を指さして叫びます。

「あそこだ! 急いで――!!」

 リンメイの飛竜が崖へ向かいます。

 

 崖の上まで行ってみると、案の定、戦闘を繰り広げた痕が残っていました。崖の近くの太い木が何本も切り倒され、大猿の怪物が木の下敷きになって倒れています。付近の地面には血の痕もありました。怪物の体にあまり傷がないところを見ると、逃げていった竜や人間たちの血なのかもしれません。

 そして――大猿からあまり離れていない場所に、一匹の犬が倒れていました。長い茶色の毛並みが赤い血でべったり濡れています。背中から横腹にかけて、爪で引き裂かれた大きな傷がありました。

「ルル!!」

 ポチは悲鳴を上げました。飛竜が着地するのももどかしく飛び下りると、雌犬に駆け寄って飛びつきます。

「ルル! ルル、しっかり――!!」

 すると、雌犬が低くうなりました。傷が痛んだのです。目を開け、少年を見上げて信じられないような顔をします。

「ポチ……?」

 その後ろで、リンメイが息を飲んでいました。確かに犬が人のことばを話したのです。

「大丈夫、ルル!? 待っていて! 今すぐ手当てしてあげるからね!」

 とポチは言って、急いで飛竜に駆け戻りました。竜の背に掛けてあった布を引き裂いて包帯を作ろうとします。

 ルルがまた目を閉じました。茶色い毛におおわれた顔がなんだか泣き出しそうな表情をしたことに、リンメイは気がつきました。犬の気持ちがこちらにも伝わってきます――。

 

 ところが、次の瞬間、ルルは、かっとまた目を開けました。全身の毛を逆立てて叫びます。

「ポチ、危ない!」

 木に押しつぶされたように見えていた大猿が、木をはねのけて立ち上がったのです。長い腕を振り回して、近くにいたポチと飛竜に襲いかかります。

 ポチはとっさに身を沈めました。竜は羽ばたいて大きく飛びのきます。空振りした大猿がほえ、足下の少年へまた飛びかかろうとします。

 とたんに、ルルの体が爆発するようにふくれあがりました。風の獣になって飛び出し、大猿の咽元に食いつきます。

 ギャーオーオォー!!

 大猿は悲鳴を上げると、怒り任せに風の獣を殴りつけました。黒い爪が風の体をえぐり、ばっと青い霧のようなものが吹き出します。

「ルル!!」

 とポチはまた叫びました。猿は風の犬にダメージを与えています。通常とは違う、特殊な爪を持っているのに違いありません。

 けれども、ルルは食いついた牙を放しませんでした。いっそう強くかみつき、風の体で猿の体を締めつけていきます。猿はもがき暴れますが、ふりほどくことができません。

「ルル! ルル!」

 ポチは叫び続けました。風の体から青い霧が吹き出し続けています。青い霧は風の犬の血です。このままでは血を失いすぎてルルが消滅してしまいます。

 すると、ルルがポチを見ました。ポチ、早く逃げなさい――。風の目が、はっきりとそう言います。

 ポチは逃げる代わりに怪物へ飛びかかりました。柱のような猿の脚に回し蹴りを食らわせます。両脚を風の犬に絡みつかれた猿が、バランスを崩して倒れていきます。

 猿が地面に落ちる直前、ルルが離れました。一度空へ舞い上がり、そこから急降下してきます。青い霧の血が雲のように後ろにたなびきます。

 ルルが身をひるがえしたとたん、鋭い風の音が響いて、大猿の頭がぽーんと飛びました。猿の巨体が地面に倒れて地響きを立てます。

 

 すると、ルルの体が急に縮み出しました。巨大な風の獣が、また一匹の犬に戻ってしまいます。

 ルルは先よりもっと深い傷を負っていました。血が流れ続けて、立ち上がることができません。ポチは悲鳴を上げて飛びつきました。手にしていた布で傷を縛りますが、それでも血は止まりませんでした。包帯にした布がみるみる赤く染まっていきます。

 その時、リンメイが叫びました。

「危ない!」

 ルルを抱くポチのすぐ隣に飛び込んで、何かを蹴り飛ばします。それは大猿の頭でした。首を切られたのに生きていて、ポチへ食いつこうとしたのです。リンメイに蹴られて地面を転がると、そこでまた牙をむいてギャアギャアと鳴きわめきます。頭のない体のほうも、倒れたまま、まだ動き続けています。

「闇の怪物だ!」

 とポチは気がつき、リンメイへ言いました。

「あの頭を崖の下へ落とすんだ! 早く!」

 闇の怪物は頭を切られても生き続け、また体につながってしまいますが、頭と体を別々にしておけば、復活までの時間を引き延ばせます。リンメイが思いきり猿の頭を蹴ると、頭はボールのようにまた転がって、崖からはるか下の谷川へと落ちていきました――。

 

 ポチはルルを抱き上げて言いました。

「社殿へ! 術師に傷を治してもらわなくちゃ!」

 ルルはもう目を開けていませんでした。包帯や毛並みを血で染めて、ぐったりとしています。

 リンメイが顔色を変えました。

「だめよ、社殿にはラクがいないわ! 父上と一緒に都へ飛んで行ってしまったのだもの! それだけの傷は、ラクでなければ治せないわ!」

 ポチも真っ青になりました。ルルを抱きしめたまま、どうしよう、と考えます。ユラサイの都のホウは、ここからは東の彼方にあります。だいぶ前に出発したハンたちに追いつくには時間がかかるし、災害を治めるためにラクが直接現場へ向かった可能性もありました。

 ポチは振り向いて飛竜のカーラに言いました。

「竜仙郷までどのくらいで行ける!? あそこにはフルートがいるんだ! 金の石でルルを助けてもらえる!」

 ギェェ、と竜が答えました。ポチがうなずき、ルルを抱いたまま背中に乗ります。竜仙郷へ行くことにしたのです。

「待って、私も行くわ!」

 とリンメイがそれを追って飛び乗りました。彼らを乗せた竜が空に舞い上がります。

 

 ポチの腕の中でルルはどんどん弱っていきました。包帯からにじんだ血がポチの腕や服にも広がります。リンメイは気をもみながら尋ねました。

「カーラは竜仙郷までどのくらいかかるって?」

「急いで半日――」

 とポチが答えます。リンメイはまた顔色を変えました。ルルがそれまでとても持たないことは、見ただけで明らかだったのです。ポチ自身もそれは承知していました。それでもルルを堅く抱いて言います。

「大丈夫だよ、ルル。きっと間に合う。フルートが助けてくれる。だって、フルートは金の石の勇者なんだから――」

 泣き出すのをこらえる声、強く信じることで、何かをつなぎ止めようとする声です。飛竜は竜仙郷を目ざして、南西へ精いっぱい羽ばたき続けます。

 

 ところが、その行く手で羽音が起こって、一頭の飛竜が現れました。手綱も鞍もつけていない竜の背に、黒ずくめの服の術師が立っていて、ポチへ笑います。

「ガンザン殿の刺客が逃げていくので何事かと見に来れば、目を疑うような幸運だな。竜子帝が自ら社殿の外に出てきているとは。今度は仕留め損なわんぞ。覚悟しろ、竜子帝!」

 そう言って、術師は片手を上げました。その手には白い呪符が握られていました――。

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