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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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44.竜仙郷

 降りそそぐ朝の光が次第に夏のまぶしさを放ち始める頃、占神の館の門が開きました。中から十数頭の飛竜が現れ、二本の脚で狭い路地を歩き出します。その先頭には占神の館の使用人がいて、かけ声だけで竜たちを率いていきます。

 ゼンとメールはその後についていきながら、一緒に来たロウガに尋ねました。

「この竜たちは? どこに行くんだ?」

「占神の飛竜だよ。こいつらも湖へ朝飯に行くんだ」

 と食魔払いの青年が答えます。袋小路から大通りに出ると、同じような飛竜の群れがいくつも同じ方向へと歩いていました。群れを先導しているのは竜仙郷の住人ですが、男も女も、小さな子どももいたので、ゼンたちは目を丸くしました。

「あんな子どもでも飛竜に言うことを聞かせられるんだな」

「ちゃんとおとなしくついて行くじゃないのさ」

「竜仙郷の人間は生まれたときから竜と一緒だからな。竜とは兄弟のようなものだ」

 とロウガが笑います。

 

 ヤァッ、ハイッ、とかけ声が響く通りを、竜の群れは歩き続け、やがて湖へ到着しました。いっせいに水へ入っていって、しぶきを上げながら魚を追い始めます。

「どうして竜たちは湖に飛んで行かなかったの?」

 とメールが尋ねると、ロウガがまた答えました。

「飛竜は離陸にある程度の距離が必要なんだよ。町中は狭いから、それだけの場所がないのさ。おう、いたな、タキラ――!」

 岸辺に横になってひなたぼっこをしていた竜が、首を上げていました。ロウガが両手を広げると、すぐに立ち上がって駆け寄ってきます。ロウガの竜のタキラでした。

 その首や体を撫でながら、ロウガは話し続けました。

「竜仙郷の人間は竜を育てる。その竜はユラサイの皇族や貴族たちの乗り物に使われるんだが、本来は戦闘用だ。やがて来る闇との決戦に備えて、戦闘で使う飛竜を飼育しているんだよ」

 それを聞いてゼンとメールはまた感心してしまいました。ユラサイの皇室は竜仙郷の意味を忘れてしまっても、竜仙郷のほうでは決して忘れず、二千年もの間、ずっとその役割を果たし続けてきたのです。

「そういや、サータマン国は飛竜部隊を抱えているんだよな。あの竜は、この竜仙郷で育ったヤツらだったのか」

 とゼンは言いました。その飛竜部隊に、ロムド城のあるディーラは襲撃されたのです。赤いドワーフの戦いの際のことです。

 すると、ロウガが急に表情を変えました。ゼンたちから目をそらし、ぽん、と竜の体をたたいてまた湖へ送り出してから、こう言います。

「それをしたのは竜仙郷の人間じゃあない」

 と言って、ちょっと口ごもりながら続けます。

「いや、竜仙郷の人間には違いないんだが……ここの住人じゃない。飛竜を他国へ売り渡すのは厳禁だからな。それをやったのは、もうひとつの竜仙郷の連中だ」

 もうひとつの竜仙郷? とゼンたちが聞き返すと、ロウガは渋い顔で頭をかきました。

「裏竜仙郷、と呼ばれているところだ。この竜仙郷のやり方に納得がいかなくなって、里を飛び出して別の場所に新たな竜仙郷を作った連中がいるんだよ。そいつらは、ユラサイや皇帝を守る役目に反発しているし、育てた竜を平気で他国へ売っている。サータマンに飛竜を売ったのも、その連中だ」

 どこか後ろめたそうに話すロウガ見て、メールは言いました。

「もしかして、あんたはその裏竜仙郷の人間なの、ロウガ?」

 食魔払いの青年は口元を歪めました。

「昔の話だよ……。俺があっちを飛び出してきたのは三年前だ。それ以来、一度も戻ったことはないし、今じゃこっちの竜仙郷が俺の故郷のつもりでいる」

 

 すると、ゼンが、うん? と急に思い当たった顔になりました。考えながら言います。

「そういやフルートが言っていたぞ――。竜子帝や俺たちを襲ってきた黒い術師は、竜仙郷の人間なのかもしれねえ、ってな。ってことは、あの術師は、裏竜仙郷のヤツだったってことか?」

「確信はないが、思い当たる奴はいる。ユーワンという男で、裏竜仙郷で一番力があった術師だ」

 とロウガが答えます。何故だか急に冷ややかな口調です。

 メールがあきれました。

「どうしてそれを話さなかったのさ。占神に占ってもわらなくても、犯人がわかったのに」

「確信はないと言ってるだろう……。それに、ユーワンは、もう六年も前に裏竜仙郷を飛び出している。今、奴がどこにいるのか、俺にだってわからないんだ」

 ロウガの声はやはり冷ややかでした。それだけを話すと湖へ行ってしまいます。

 メールは、うーん、と首をかしげました。ロウガがまだ何か隠しているような気はしましたが、追いかけてそれを確かめるのは、ためらわれたのです。

 湖では人々が水際で飛竜を洗っていました。水音と歓声が響き、しぶきや竜のうろこが朝日に光っています。ロウガもそこに加わって、自分の竜を洗い始めました。タキラが首を伸ばして嬉しそうに鳴きます。

 のどかに見える竜仙郷の景色の中で、時間はゆっくりと過ぎていました――。

 

 

 そして。

 占神の屋敷の一室では、ポポロが部屋の真ん中に立って呼びかけていました。

「ルル……ルル……」

 社殿にいるルルやポチとは、四日前から連絡が取れなくなっていました。ポポロたちの方でも、混沌や術師に襲われたり食魔と戦ったりと、さまざまなことがあったのですが、その合間にポポロはずっとルルを呼び続けていたのでした。

 遠い彼方へ想いを伸ばし、名前を呼んでも、ルルから返事はありません。ただ、ルルがそこに存在することは感じ続けていました。いるのだけれど返事ができない、そんな感じです。

 そこで、ポポロは言いました。

「ルル、聞こえる? あたしたち、竜仙郷に着いたわよ……。竜仙郷はあたしたちの味方をしてくれる場所だったの。竜子帝の命を狙うのが誰なのか、占神が占ってくれているわ。もう少しだから頑張って、ってポチに伝えて……」

 やっぱり、彼方から返事はありません。

 

 その時、遠い風のような、すすり泣きが聞こえました。つながった心の向こうから、ひどく乱れた悲しみが伝わってきます。

 ポポロは思わず、ルル!? と声を上げました。驚いて何があったのか尋ねようとします。

 とたんに、ふっつりと泣き声は途絶え、それきりもう何も聞こえなくなってしまいました――。

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