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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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第15章 竜仙郷

42.約束

 占神がフルートたちを案内してくれたのは、屋敷の中の一室でした。庭に面した窓が大きく開け放たれて、朝風と日差しが部屋いっぱいに入り込んでいます。もう夜が明けていたのです。

 頭の禿げた小柄な老人の給仕で、一行は食事を始めました。鶏肉を混ぜ込んだ粥と小さなおかずが並んだだけの簡単な朝食でしたが、フルートたちは喜びました。一晩中起きていたし、食魔と乱闘を繰り広げたので、すっかり腹ぺこだったのです。

 占神は食事の間も贔屓(ひき)の背に座り続けていました。亀そっくりの竜は頭と脚を引っ込め、また丸い台座のようになっています。占神は器に半分ほどの粥をゆっくり口に運びながら話し出しました。

「さっきも言ったとおり、この竜仙郷はユラサイの国と一緒に闇と戦ってきた里さ。今から二千年も昔のことになるね……。当時、この国はシュンの国と呼ばれていて、琥珀帝という王が治めていた。そこへ西から闇の軍勢が攻め込んできて、その後を追うように、光の軍勢がやってきたのさ。金の石の勇者と呼ばれる男が、光の軍勢の旗頭だった」

「初代の金の石の勇者です。セイロスという名の人でした」

 とフルートが補足するように口をはさみました。紫水晶の鎧兜を身につけ、光の剣を持った勇者です。

 占神はほほえみました。

「ありがとうよ。あたしの占いでも、さすがに名前まではわからなかったからね……。そのセイロスという勇者の呼びかけで、ユラサイは光の陣営に加わった。あんたたちが食魔と戦ったユウライ砦。あそこを守りの拠点にして、西から攻めてくる闇の軍勢を防いだんだよ。ユラサイという国の名は、その砦にちなんでつけられたものさ。あんたたちのことばで言えば、ユリスナイ砦になるかね」

 占神はポチが社殿の歴史書から読み取ったとおりのことを語っていました。ユリスナイ! とフルートたちは驚きました。とても馴染みのある光の女神の名前です。

 

「ユウライ砦でどんな戦いが繰り広げられたのか、詳しい記録は残っていないよ」

 と占神は話し続けました。

「ただ、ユラサイが味方に加わったおかげで、光の軍勢は闇に勝てたんだと言われている。そして、戦いが終わった時に、一つの占いが残されたのさ。いつの日かまた、世界で光と闇の戦いが繰り広げられる。その時まで、ユラサイと皇帝の血筋は守られなくてはならない――とね。占ったのは、初代の占神。その時から、この竜仙郷はユラサイと皇帝を陰から守る里になったのさ」

 一同は驚いて、思わず彼らの足下にいる小犬を振り返ってしまいました。犬になった皇帝も、彼ら以上に驚いて言いました。

「朕はそんな話は聞いておらぬぞ! 光と闇の戦いとか、血筋を守るとか、そのようなことは一言も――!」

「約束の記録は、もうずいぶん前に皇室から失われてしまったからね。闇のしわざさ。自分たちに不利になる記録を、地上からことごとく消したんだよ。でも、この竜仙郷はいにしえの術に守られた里だから、約束も失われずに残り続けた。代々の占神は、常にユラサイを守るために占い続けて、ユラサイに危機が迫れば、それを皇帝に知らせに行った。皇帝の血筋が絶えそうな時にも、血筋を守るためにやはり飛んでいった。そうやって、ユラサイの国と皇帝は二千年の間、続いてきたんだよ」

 すると、彼らのそばで給仕を続けていた老人が口をはさんできました。

「先の皇帝に皇后を離縁して新しい皇后を娶る(めとる)ように進言したのは、このわしじゃ。そうしなければ皇帝の血は途絶える、と占いに出ておったからな」

 え? とフルートたちは今度は老人を振り向きました。と言うことは――

「じいやは、先代の占神さ。あたしが後を継いでからは、ずっとあたしの世話をしてくれているけどね」

 と占神が言い、老人もうなずきました。

「里に力が上の占者が現れれば、占神の座はその者に譲られるのが決まりじゃからな……。だが、当時はわしが占神じゃった。わしの進言通り、先の皇帝はヨウの里から新しい皇后を迎えた。そうして生まれたのがおまえさんなのじゃよ、竜子帝」

 小柄な体から発せられる老人の声には、強い説得力があります。

 

 竜子帝はとても驚いた顔で話を聞いていましたが、そう言われて、急にうつむきました。

「朕は……」

 とつぶやくように言って沈黙し、やがて、考えながらこう言いました。

「朕以外にも、皇帝の子はいたではないか。叔父上や叔母上のような、皇帝の血を引く皇族も――。朕が生まれなくても、その中から新しい皇帝が選ばれたはずだ」

 なんだか、自分など必要がなかったのだ、と言うような口ぶりです。

 すると、占神が言いました。

「あんたには確かに兄も姉もいたけれど、もう一人も生き残っていないだろう。あんたの叔父や叔母も同様さ。互いに暗殺し合ったから、今も残っているのは、ユウライとガンザンの二人だけだ」

 それを聞いて、フルートたちは顔をしかめました。王室や皇族に暗殺や陰謀はつきものなのですが、何度聞いてもやっぱり慣れることはできません。兄弟同士や、叔父叔母、甥や姪の間で殺し合いをするのです。

 竜子帝はますます低い声になりました。

「では、叔父たちが皇帝になれば良かったのだ……。先帝が何故朕に皇帝の座を譲ったのか、朕にはわからない」

 フルートたちは思わず竜子帝を見つめてしまいました。犬の皇帝が今までになく沈んでいることに気がついたのです。

 食魔払いのロウガが、あきれたように言いました。

「皇子がちゃんといるんだ。どうしてわざわざ弟に皇位を譲らなくちゃならん」

 竜子帝は長い間、返事をしませんでした。あまり様子がおかしいのでフルートが声をかけようとすると、ようやくまた口を開いて言いました。

「朕は先帝の本当の子ではないからだ……」

 全員はびっくりしました。

「本当の子じゃないって――じゃ――」

 とメールが言いかけると、竜子帝はうつむいたまま話し続けました。

「皆が知っていることだ。先帝が朕の母上を皇后に迎えたとき、母上はすでに朕を身ごもっていた。まだ先帝と母上は出会っていなかったのに。朕の本当の父親は、ヨウの里にいた母上の幼なじみだったと聞いている。すでにこの世にはいない人物だ。朕は皇帝の血など引いてはおらぬ。なのに、何故先帝は……」

 竜子帝はまた黙り込みました。そのままうつむき続けます。犬の体は涙を流せませんが、竜子帝が心の中で泣き出してしまっていることに、フルートたちは気がつきました。

 

 すると、占神だった老人が言いました。

「おまえさんは、おまえさんの母が皇后になってから六月目で生まれた子じゃ。先帝の子ではない、とは言えんじゃろう」

 とたんに、竜子帝は、かっと顔を上げました。

「そのような月数で生まれた子が生きて育つものか! 母上は朕を産んだときに命を落としたのだぞ! ハンは術師たちが朕を助けたのだと言ったが、それでも――! それになにより――朕は――朕には――」

 竜子帝の声が大きく震えました。本当に、今にも泣き出してしまいそうな声です。それでも涙の出てこない目で老人をにらみつけながら、竜子帝は叫びました。

「朕には、神竜が呼び出せないではないか! 朕が皇帝の血を引いていると言うならば、何故神竜は朕の呼びかけに現れない!? 呼んだのに! 全身全霊――血を吐くほどの想いで、出でよと呼び続けたのに――!!」

 竜子帝……とフルートたちは小犬を見つめ続けました。こんなに感情をむき出しにした皇帝を見たのは初めてです。ずっと何かに拗ね続けていた皇帝の本心が、ここにありました。

 

 ふぅむ、とロウガが顎ひげをかきました。

「俺はユラサイの内情ってヤツにはさっぱり詳しくないから、そのあたりのことは知らなかったんだが――占神ならば、本当のところがわかるんじゃないのか? 竜子帝が本物の皇帝なのかどうか。どうなんだ?」

「もちろん、それを言ってあげることはできるさ」

 と占神は答えました。穏やかな声です。

「でもね、それは自分で見つけなくてはならない答えなのさ。自分自身を疑っているときに、他人からいくら言われたところで、本当に納得することはできない。事実、後見役のことばを竜子帝は疑い続けているわけだからね。占神が語っても、それは同じことなんだよ。だから、あたしはこう言ってあげよう。――神竜を呼び出すことができる者が、この国の真の皇帝だよ。これは二千年前から約束されている決まり事なのさ」

 竜子帝はまた顔をそらしました。全身が大きく震えていますが、もう何も言いません。

 静まり返ってしまった部屋の中で、占神が言いました。

「それじゃ、あたしは占いを始めるよ。あんたたちの望み通り、竜子帝の命を狙っている奴を見つけてあげよう。占いの結果が出るまで、竜仙郷の中の見物でもしておいで」

 占神の椅子の下で、贔屓(ひき)がまた立ち上がりました。亀そっくりの竜の背に乗って、占神は部屋を出て行きました――。

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