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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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41.占神(せんしん)

 朱塗りの門の奥には広い庭があり、さらにその奥に母屋がありました。門は赤い柱に赤い屋根でしたが、母屋の方は白い柱と壁の上に黒い屋根瓦が載っています。入口から建物の中に入ると、しんと静まり返った広間に灯りが明るく燃えていました。香の匂いも漂っています。

「占神――」

 と小柄な老人が呼びかけると、奥の扉から返事がありました。

「やっと到着したね。入っておいで」

 フルートたちは驚きました。中年の女性の声だったからです。占神は二百年以上も前から生きている不思議な占い師だ、と竜子帝が話していたので、なんとなく、ひどく年とった人物を想像していたのですが――。

「こりゃ、やっぱりエルフか?」

 とゼンがつぶやきました。占神の正体は、ヒムカシの国で出会ったオシラのような、隠れ里のエルフなのかもしれません……。

 老人が扉を開け、その向こうに下がっていた布を横に引いたので、一行は部屋に入っていきました。最初はロウガ、続いてフルート、ゼン、犬の竜子帝、メール、しんがりはポポロです。

 部屋の中にも色とりどりの布が何枚も張り渡されていました。まるで幾重にも重なったカーテンのようです。ロウガが布をかき分けて進むので、フルートたちはついていきました。奥に近づくにつれて、香の匂いが強くなります。

 その時、フルートは唐突に一つの光景を思い出しました。ざぁっと海のような音をたてて風になびく草原と、その向こうに横たわる大きな暗い森――その中を全力疾走していく蹄の音まで聞こえた気がしました。何故そんな光景が、と自分自身でびっくりします。

 

 ロウガが最後のカーテンを押しのけました。フルートたちを振り向いて言います。

「そら、これが占神だ」

 部屋の一番奥まった場所に、丸い台座に載った椅子があり、そこに一人の人物が座っていました。声から想像したとおり、中年の女性です。先の老人と同じように黄色い長い上着と黄色いズボンを身につけていますが、服に刺繍はなく、代わりにきらきら光る金糸が生地全体に織り込まれていました。とても細身な女性で、黒髪をきっちりとまとめ、額には服と同じ色の宝石を鎖で垂らしています。

 その女性を見たとたん、フルートの脳裏で、ざぁっとまた草の海が揺れました。どこかで会ったことがある、と思います。ゼンも立ち止まって、いぶかしむ顔で占神を見つめます。竜子帝、メール、とやってきて、最後にポポロが到着すると、いきなり魔法使いの少女が叫びました。

「あなた――昔、闇の森であたしたちを襲った占者――!!!」

 フルートとゼンも、あっと思い出しました。もう三年余りも前の、風の犬の戦いの時のことです。エスタ国王の依頼で怪物退治に向かったフルートたちを、王弟のエラード公の刺客が襲いました。非常に優秀な女占者が同行していて、フルートたちを正確に追い詰めていったのです。

 フルートが思い出していたのも、その時の場面でした。あの時、フルートは刺客の頭目だったジズに、草原の中でもう少しで絞め殺されそうになり、ポポロのほうは女占者自身に追い詰められて、闇の森で殺されそうになりました。女占者がつけていた香水と同じ匂いが、この部屋の中に焚き込められていたのです。

 

 ゼンは大きく飛びのいてエルフの弓を構えました。フルートも仲間たちを背中にかばって剣に手をかけます。メールは女占者に会ったことがありませんでしたが、仲間たちの様子に、すばやく竜子帝を抱き上げて下がりました。

「な、なんだ? どうしたんだ、急に?」

 とロウガが驚くと、黄色い服の女占者が落ち着き払って言いました。

「この子たちは、あたしと同じ顔の占者に殺されかかったことがあるのさ。でも、安心おし。それはあたしじゃない。竜仙郷を離れた、あたしの双子の妹さ」

 双子!? とフルートたちは驚きました。改めてまじまじと女性を見つめますが、自分たちを狙った占者と別人なのか同一人物なのか、見分けることはできません。

 警戒したままフルートは尋ねました。

「証拠は? どうやって別人だと証明する?」

 すると、女は痩せた肩をすくめました。

「証明できないね。あんたたちの中に、嘘を見破れる犬はいないんだろう? それなら、信じてもらうしかないよ。――あんたたちのことは、妹のシナから聞いていたのさ。あんたたちが刺客軍団をやっつけてしまったから、妹はエラード公からお払い箱にされた。刺客の首領をしていたジズって男も、あんたたちの味方に寝返ったんだろう? 妹は、今じゃエスタ国王お抱えの占者さ。エスタ城まで行ってもらえれば、あたしの言っていることが嘘じゃないことはわかるんだけれどね」

「エスタ国王お抱えの占者になっている!?」

 とフルートたちはまたびっくりしました。

「あの女はエラード公のお抱え占者だったんだぞ! そんなヤツがエスタ王の占者になったっていうのか!? んな馬鹿な話があるか!」

 とゼンがわめきましたが、フルートは考える顔で言いました。

「いや……あり得る。あの時、エスタはゴブリン魔王に襲われていて、国王のお抱え占者たちがみんな殺されてしまったんだ。エスタ王は占者が必要だったはずだ。あのシナって人は、占者としては確かに優秀だったから、エスタ王も以前の罪を許して雇ったのかもしれない」

 すると、ポポロもおずおずと口をはさんできました。

「ねえ、フルート……赤いドワーフの戦いの時、サータマン軍に襲われていたロムド城を、エスタ軍が助けに来てくれた、ってオリバンが言っていたわよね……。サータマン軍は闇の石に隠されていたから、ユギルさんの占盤にも象徴は現れなかったんだけど、エスタの占者が襲撃を見抜いてエスタ王に知らせてくれたんだ、って……。それが、あのシナって人だったのかもしれないわ。このユラサイの国は、いろんなところで光や闇とは違う力の魔法を使っているから、闇の石をもった軍勢も見抜くことができたのかも……」

 

 それを聞いて、占神が笑いました。

「やれやれ、金の石の勇者たちっていうのは、本当に頭がいいねぇ。まったくその通りさ。シナが言っていたよ。あんたたちは子どもの体に大人の魂を吹き込まれた連中なんだ、ってね。あんたたちとは二度と戦いたくない、とも言っていた。特に、その魔法使いのお嬢ちゃんには本当に怖い想いをさせられたようだから、シナも二度とあんたたちの敵には回らないさ」

 フルートたちは顔を見合わせました。占神の話は非常に筋が通っています。どうやら嘘もついていないらしいのですが……。

「でも、納得できねえことがあるぞ」

 とゼンが占神へ言いました。

「皇帝の話じゃ、あんたはもう二百年以上も生きてるって言うじゃねえか。どう見たって、あんたはそんな歳じゃねえぞ。それとも、魔法かなんかで若作りしてやがんのか?」

「こっちの坊やは失礼だねぇ。女性に歳の話なんかするんじゃないよ。でもまあ、二百歳なんかじゃないことは確かだけれどね。人間にそんなに長生きができるわけないだろう。あたしはまだ四十一さ」

 歳の話をするな、と言っているくせに、占神は、けろりとそんなことを言います。

 え、それじゃどういうことだよ、と驚くゼンの隣で、フルートがまた思い当たって言います。

「占神は一人じゃないんだ! 竜仙郷にいる占者の称号なんだな? つまり、過去に何人もいたんだ!」

 占神の女性がまた笑いました。

「それも大当たりだよ、賢い勇者。この竜仙郷は、昔から能力のある占者が生まれてくる里でね、その中でも一番力のある者が占神の名前を引き継ぐのさ。今の占神は、このあたし。名前はキナって言うよ。シナもかなりの占者だったけれど、あたしのほうがもっと遠くまで正確に見通すことができたんだ。占神になれなかったシナは、怒って竜仙郷を飛び出していっちまった。おかげで、面白い巡り会いをしたみたいだね」

「巡り会いのしすぎだろ」

 とゼンがぶつぶつ言いました。彼らが訪ねていた占神は、以前戦った刺客軍団の女占者と双子の姉妹で、しかも、女占者のほうは今はエスタ国王に仕えていて、ロムド国を助けるのに力を貸してくれている――そこまではなんとか理解しましたが、根が単純なゼンなので、人間関係がこれよりもっと複雑になれば、お手上げになってしまいそうでした。

 すると、占神が言いました。

「あんたたちは闇と戦うために、世界に呼ばれた勇者たちだ。そして、この竜仙郷は、ユラサイと共に闇と戦ってきた里さ。そうとは知らない間に、巡り会いは始まっていたんだよ。――ようこそ、光の戦士たち。闇との決戦の時は刻一刻と近づいてきている。あたしはもうずっと長い間、あんたたちが到着するのをここで待ち続けていたんだよ」

 占神と呼ばれる女性の声は、いつの間にかひどく厳かになっていました。遠い未来から響いてくる声のようです。

 その瞬間、フルートは気がついてしまいました。ずっと探し続けてきた、闇の竜を倒すための道。そこへ至る手がかりは、この竜仙郷にあるんだ、と。

 占神の黒い瞳は、はるかなまなざしでフルートたちの向こうを見つめています……。

 

 けれども、占神はすぐに現実的な口調に戻りました。

「さあ、それじゃおいで。もう朝食の支度はできてるんだ。話の続きは食べながらしようじゃないか」

 と立ち上がります。

 いえ――占神の座っていた椅子が、立ち上がりました。

 フルートたちはびっくり仰天して占神の下を眺めました。椅子の載った丸い台座からいきなり四本脚が伸びて、占神の体を持ち上げたのです。続いて、椅子の前ににょっきりと大きな頭が出てきます。

「亀!?」

 とメールがまた驚きました。それは確かに亀の頭でした。丸い台座と見えていたのは、亀の甲羅だったのです。

 すると、ロウガが言いました。

「あれは贔屓(ひき)と言って、あれでも竜の一種なんだ。竜になりきれなかった竜、というところかな。占神を運ぶのが役目だ」

 けれども、フルートは大亀ではなく、椅子に座ったままの占神を見ていました。亀が立ち上がったので、占神は足下までよく見えるようになっていました。黄色いズボンをはいた二本の脚は、まるで子どものように細く短く、横に揃えて折り曲げられたまま、まったく動く様子がなかったのです。

 その視線に気がついて、占神が笑いました。

「そう、あたしの脚は全然使い物にならないんだよ。生まれたときからこうさ。妹のシナは跳んだり跳ねたり、いくらでも走り回ることができたけれど、あたしはこの通り、自分では座った場所から一歩も動けない。でも、天はちゃんとどこかで帳尻合わせをしているものでね、あたしは脚の代わりに未来を遠くまで見る目をもらうことができたのさ。あたしを運ぶ贔屓(ひき)もね――。さ、急ぎな。亀のように見えても、この子の足は速いよ。ぐずぐずしてると置いていっちまうからね」

 そのことばの通り、大亀のような竜はぐんぐん歩き出し、たちまち部屋を出ていってしまいました。まるでトカゲのようなすばやさです。フルートたちは大あわてで後を追いかけました。

 

 竜仙郷。竜。そして占神――。

 このユラサイは、本当に不思議なものに充ちている国でした。

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