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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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40.警戒

 明け方が近づいて空が白み始めた頃、ロウガが飛竜の速度を落として花鳥に並びました。鳥の背に乗った少年少女たちに話しかけてきます。

「そら、見えてきたぞ。あれが竜仙郷だ」

 と指さした彼方に、険しい山に囲まれた里がありました。中央に大きな湖があり、空を映して鈍い銀色に光っています。小さな家々が湖の周りを囲むように建っています。

 ポポロが驚いて声を上げました。

「見えなかった……! ここに来るまで、あの村が見えなかったわ!」

 ポポロはずっと行く手を透視していたのですが、魔法使いの目では竜仙郷を見つけることができなかったのです。

 ああ、とロウガは言いました。

「術で竜仙郷を見ようとしていたのか? そりゃ無理だ。竜仙郷は大きな術で隠された里だから、実際にそばまで行かなきゃ見えないんだ。里を囲む山は険しいから、歩いて里に行くこともまず不可能だし、飛竜に乗らなきゃ絶対竜仙郷にはたどり着けない」

「飛竜には竜仙郷のある場所がわかるんですか?」

 とフルートは尋ねました。ごく普通の声です。ロウガや竜仙郷を疑い続けているのですが、そんなそぶりはまったく出しません。

「そうだ。飛竜は竜仙郷で生まれ育っているから、どこからでも故郷に飛んで帰ってくることができるんだ。まだ夜明け前だから、みんな寝ているだろうが、占神だけは訪ねても大丈夫だ。すぐ占神のところへ連れていってやるよ」

 そんなことを話すロウガは、親切な部類の人間に見えます。それが本心からなのか、彼らをだまして罠にはめようとしているのか、フルートたちには、やっぱり見極めることができません――。

 

 やがて、彼らは竜仙郷にたどり着きました。高度を下げて湖の岸に舞い下ります。

 ロウガは竜から飛び下りると、荷袋をおろし、ぽん、と竜の首をたたきました。

「よぉし、飯にしてきていいぞ、タキラ」

 飛竜が一声鳴いて湖に入っていきました。飛竜に前足はありませんが、長い首を水中に突っ込んで、すぐにまた持ち上げます。その口にはぴちぴちと動く魚がくわえられていました。この湖は飛竜の餌場なのです。

 メールは手を振って花鳥を花に戻しました。湖の岸辺が一面の花畑に変わります。

「たっぷり水を飲んで休んでおいで」

 とメールは花に話しかけ、誰にも聞こえないくらいの声で、そっと付け足しました。

「すぐに戦ってもらうことになるかもしれないからさ……」

 ロウガが大きな荷袋を担いで手招きしました。

「来い。占神の家はこっちだ」

 フルートたちは密かに緊張しながら歩き出しました。

 

 夜明け前の村はまだ寝静まっていました。まっすぐに伸びた道に沿って、たくさんの家が軒を連ねています。まだ薄暗いのですが、どの家にも赤く塗られた屋根と柱があり、入り口の戸に鮮やかな絵が描かれているのが見えました。いかにも異国風のたたずまいです。

「竜仙郷にはどのくらいの人が住んでいるんですか?」

 とフルートはまたロウガに尋ねました。家並みは通りに沿ってずっと続いています。

「そうだな、六、七千人というところか。竜仙郷は人より竜のほうが数が多いんだ」

 とロウガが答え、横道へとまた手招きしました。

「こっちだ」

 と袋小路へ彼らを連れていきます。

 ゼンはそっとあたりへ目を配りました。物陰から彼らを狙っているような気配はありませんし、首筋に刺すような虫の知らせも感じません。それでもゼンは何かあれば即座に応戦できる構えでいました。そのすぐ後ろではポポロが自分の右手を左手で握りしめています。強力な攻撃を放てる魔法の手です。夜明け前ですが、魔法はまだもうひとつ残っているのです――。

 袋小路は途中から家がなくなって石塀になり、大きな門の前で行き止まりになりました。赤い屋根をかけた扉が閉じています。その扉も朱塗りで、大きな竜の絵が金の顔料で描かれていました。

 フルートがそれを見上げて言いました。

「この門……ポチたちがいる寺院とよく似ているな。あそこにもこんな竜の絵があった」

「ユラサイを守る神竜の絵だ。この絵を扉に描けるのは、神竜に仕える社殿と、皇族と、竜仙郷の占神だけなのだ」

 と竜子帝が答えました。その神竜を竜子帝は社殿で呼び出そうとしていたのですが、この時にはそれ以上のことは話そうとしませんでした。

「戸をたたけばいいわけ?」

 とメールが尋ねると、ロウガが笑いました。

「いや。ちょっと待っていろ――」

 

 そのことばが終わらないうちに、彼らの目の前で扉が開きました。来客に自分から開いたように見えましたが、扉が開き終わると、その陰から小柄な老人が姿を現しました。

「来たな、ロウガ。占神が待っておるぞ。早う入れ」

 男はフルートたちを振り返って、また笑って見せました。

「な? 占神には俺たちがいつ来るのかお見通しだ。だから、約束も呼び出しも必要ないんだよ」

 老人が全員を門の内側へ引き入れ、先に立って歩き出しました。黄色い地に赤い糸で竜や雲を刺繍した上着を着て、同じ色のズボンをはき、房のついた帯を締めています。頭は半ば禿げていて、残った髪は雪の色をしていました。小柄なポポロよりもっと背が低いのですが、何故だか不思議な存在感があります。

 すると、老人が急に一行を振り向いて言いました。

「そんなに殺気立つもんじゃない。屋敷の竜たちが落ち着かなくなるわい。わしらも占神もおまえたちには何もせんから、安心せい」

 フルートたちは、思わずどきりとして足を止めました。老人は低い位置から見透かすような目で彼らを見ています。

 ロウガが驚いた顔をしました。

「なんだ、俺は疑われていたのか!?」

「目一杯な。相変わらず食魔以外の気配には鈍感じゃのう、ロウガ」

「悪かったな」

 男は憮然としました。そうすると、傷のある強面が妙に若くなります。実際、彼はまだ若いのです。二十三歳になったばかりでした。

 

 すみません、とフルートは素直に謝りました。

「あなたたちが本当に味方かどうかわからなかったんです。ぼくたちは、とても大事な人を守っているから」

「その犬にされた竜子帝のことだろう。そりゃ帝が一緒なんだから、用心するのはわかるが、だからってこの俺を――」

「皇帝だからじゃありません」

 とフルートはロウガのことばをさえぎりました。自分よりずっと背が高い男を見上げて続けます。

「竜子帝はぼくらの友だちだからです。友だちを危険な目に遭わせるわけにはいきません」

 穏やかでも揺らぐことのない声――いつものあのフルートの口調です。ゼンが、ふん、と笑って腕を組みました。メールはにやりと笑い、ポポロもほほえみます。彼らは、犬の竜子帝を囲んで立っていました。どの方向から竜子帝を襲われても応戦できる体勢です。

 竜子帝だけが、思いがけずフルートから友だちと言われて、面食らっていました。きょろきょろと彼らを見回してしまいます。

 老人は楽しそうに笑いました。

「いい友だちを持っているようじゃのう、竜子帝。どれ、来なされ。占神が待ちかねておる」

 と、また先に立って歩き始めます。

「ち、朕は別に友だちだなどとは……」

 竜子帝はそう言いかけて、そのまま口ごもってしまいました。なんだか急に何も言えなくなってしまったのです。嬉しいような恥ずかしいような、不思議な感情が湧き上がってきて、自分でそれにとまどいます。

 老人の案内で、一行は奥の建物へと向かいました――。

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