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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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第14章 占神

39.飛竜

 「金の石の勇者?」

 と食魔払いの男はフルートのことばを繰り返しました。

「――闇と戦う光の戦士だって?」

「信じられないだろうとは思いますけど」

 とフルートは言って、また笑いました。そう思われて当然だというような笑顔です。

 いや、と男はひげの生えた顎を撫でました。

「信じるさ。さっきのおまえたちの戦いっぷりを見ればな……。まったく、とんでもない連中だな。占神がここへ食魔払いに行けと言ったのは、おまえたちが来るとわかっていたからなのか」

 占神、と聞いて、フルートたちは驚きました。彼らが竜仙郷に訪ねようとしていた人物です。メールが急いで尋ねます。

「あんた、竜仙郷の人間!?」

「ああ。俺はリ・ロウガ、食魔払いを生業(なりわい)にしている一匹狼だ。おまえたちは?」

 そこで、フルートたちも簡単に自己紹介をしました。金の石の勇者のフルート、人間の血を引くドワーフのゼン、海の王の娘のメール、天空の国の魔法使いのポポロ……そんなふうに名乗ると、ロウガという男は足下の小犬に目を向けました。

「で、こいつは? 人のことばを話すんだから、こいつもただの犬じゃないだろう」

 フルートたちが説明に困って口ごもると、小犬自身が答えてしまいました。

「朕は竜子帝だ。訳あって犬の姿になっている。朕は占神に会いに来たのだ。案内せよ」

 フルートたちはあせりました。あまりにも無防備で傲慢な言い方です。案の定、ロウガは目を丸くして、疑うような表情になりました。

「竜子帝と言えば新しい皇帝の名前じゃないか。皇帝が犬になっているというのか?」

「黒ずくめの術師にやられたのだ。占神であれば奴の正体がわかるはずだ」

 と竜子帝がまた答えます。とたんに、ロウガはまた表情を変えました。――いえ、表情を消したのです。急に冷静になった顔と声で、ふぅん、と言います。

 フルートはちょっと首をかしげました。どうかしましたか? と聞こうとしましたが、それより早くロウガは太陽の石の籠を取り上げて歩き出しました。

「こっちだ。ついてこい」

 え、とフルートたちは驚きました。急いで後を追いかけて尋ねます。

「どこへ行くんですか?」

「もちろん竜仙郷だ。おまえたちを占神に会わせてやるよ――」

 ロウガが答えたとき、空の黒雲が晴れて、また半月が姿を現しました。食魔が消えた遺跡を青白く照らし始めます。同じ光に照らされたロウガの顔は、何故だかひどく冷ややかに見えました。

 

 遺跡の外に出ると、そこにロウガの荷物がありました。ロウガが太陽の石の籠に覆いをかけて荷袋に入れるのを見て、ゼンが尋ねました。

「どうすんだよ、それ? 燃え尽きたから、もう役には立たねえんだろう?」

「こうして覆いをかけてしばらく休ませておくと、また力を取り戻すんだよ。完全に元通りには復活しないから、じわじわと弱っていくんだが、それでももうしばらくは使えるだろう」

 とロウガは答え、荷物から小枝の束を取り出して、それをフルートたちに見せました。

「これが何かわかるか……? 芳枝と言って、食魔が嫌う匂いを出すんだ。俺たち食魔払いは必ずこれをかんで襲われないようにするんだが、おまえたちは芳枝なしで連中を退治しちまった。まったく、食魔払い形無しの連中だな」

 そんな話をして、男は笑いました。無精ひげの伸びた顔には、右頬に大きな傷痕がありますが、ごつくて恐ろしげな割には、案外親しみやすい笑顔をしています。さっき見せた冷ややかさは、もうどこにも見当たりませんでした。

「竜仙郷には食魔払いが大勢いるんですか?」

 とフルートがまた尋ねました。

「いや、このあたりの食魔払いは俺だけだ。だから、忙しくてかなわないのさ――」

 そう言って、ロウガは夜空へピーッと鋭く口笛を鳴らしました。そのまま空を見上げています。

 やがて、羽ばたきの音と共に飛んできたのは、一頭の飛竜でした。大きな翼を打ち鳴らして、ロウガの前に舞い下り、お辞儀をするように頭を下げます。よしよし、とその頭を撫でてから、ロウガはフルートたちを振り向きました。

「俺の相棒のタキラだ。俺はこいつに乗って竜仙郷からここに来たんだが、おまえたちは乗れないだろうなぁ」

 タキラという飛竜は頭から尾の先まで含めれば七、八メートルの大きさがありましたが、体の幅が狭いので、全員が乗るには小さすぎたのです。

 すると、メールが笑いました。

「そんなの心配ないさ。そら!」

 さっと両手を振ると、遺跡を取り囲む森から花が飛んできました。虫の群れのように寄り集まって大きな鳥の形に変わります。ゼンが驚きました。

「このあたりに花は咲いてねえんじゃなかったのか? どうして呼べたんだよ」

「花は咲いてたんだよ。ただ、あの場所には食魔がいたから、花たちが怖がって飛んでこなかったのさ」

 とメールは答え、ロウガと同じように、花鳥の頭を撫でました。ロウガはあきれ、声をたてて笑い出しました。

「まったく……本当にとんでもない連中だな、おまえたちは。よし、来い。竜仙郷へ案内してやるぞ」

 自分の竜に荷物を積み込み、その背中に飛び乗ります。フルートたちも花鳥の上に乗り込みます。

 

 すると、竜子帝がロウガに言いました。

「それで振り落とされないのか? その竜には手綱も鞍もついていないではないか」

「俺たち竜仙郷の人間にそんなものはいらないさ。竜の方でも、俺たちを振り落とすことは絶対ない」

 そう言うロウガは、飛竜の背中に無造作に立ち、両腕を胸の前で組んでいました。どこにもまったくつかまっていません。

 ふと、フルートは真顔になりました。飛びたとうとするロウガを引き止めて尋ねます。

「竜仙郷の人たちは手綱や鞍なしで飛竜に乗れるんですか? 他に、そういう乗り方ができる人たちは?」

 ロウガは目を丸くしました。何故そんな質問をされるのかわからなかったのです。

「いないな。裸竜に乗れるのは、生まれたときから飛竜と一緒に育つ竜仙郷の人間だけだ」

 と答え、それを証明するように、飛竜と空に舞い上がりました。羽ばたく竜の上で器用にバランスを取り、ほんの少しの体の動きで竜を操ります。竜がどんどん高く上昇していきます。

 メールも花鳥を舞い上がらせました。ロウガの竜の後を追いかけます。

 すると、ゼンがフルートに尋ねました。

「どうした?」

 親友がひどく真剣な表情をしていることに気がついたのです。

 フルートはすぐには答えませんでした。ことばを選ぶように考えてから、おもむろに口を開きます。

「竜子帝やぼくたちを何度も襲ってきた、あの黒い術師……あいつも、手綱も鞍もない飛竜に乗っていたんだよ。ということは、あいつは竜仙郷の人間だということだ。ロウガは術師の正体に思い当たっているのかもしれない。知っていて、隠しているのかも――」

 フルートはいつの間にか非常に厳しい声になっていました。飛竜の上に立つ男を鋭い目で見ています。

 すると、竜子帝が反論してきました。

「竜仙郷が朕の命を狙っているとでも言うのか!? 馬鹿なことを言うな! 竜仙郷には占神がいるのだぞ!」

 ひどく憤慨した声です。

「それでもだよ。君は自分の目で竜仙郷を確かめたわけじゃないんだから」

 と厳しいことばで竜子帝を黙らせて、フルートは言い続けました。

「竜仙郷に行かなければ真相はわからない。だから竜仙郷に行く。でも、油断はするな。竜子帝のそばから絶対離れちゃだめだ」

 何も言えなくなった少年少女と犬を乗せて、花鳥は夜空を飛び続けました。その先をロウガが乗った飛竜が飛んでいきます。半月に照らされた山脈が、彼らの行く手に延々と続いていました――。

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