暗闇の中、フルートは唇を血がにじむほどかみしめました。ゼンのうめき声と食魔払いの悲鳴が響く中、気配で炎の剣を振ります。フルートの目の前にいた食魔に炎の弾が激突して燃え上がり、あたりが明るくなります。
とたんに少女たちが悲鳴を上げました。
「ゼン――!!?」
ドワーフの少年は右腕を押さえてうずくまっていました。その手首から先に右手がありません。
食魔に背中に飛びつかれた男も、右肩を食いちぎられていました。傷口から血は吹き出しませんが、まるで消されてしまったように、肩から腕の付け根にかけてがごっそり失われています。
「ゼン! ゼン――!!」
メールは半狂乱になりました。竜子帝を放り出して駆けつけようとします。
とたんにあたりがまた暗くなりました。食魔たちが炎に飛びかかって食い尽くしたのです。
フルートはまた火の弾を撃ち出しました。再び炎が燃え上がり、あたりを照らします。それが食い尽くされる前に、フルートは叫びました。
「ポポロ、力だ!! 金の石に力を送れ――!!」
フルートの胸の上で、守りの魔石は光を食われて灰色になっていました。力を取り戻さなければ、癒しの力を発揮できません。
ポポロはゼンの傷にショックを受けて泣き出しそうになっていましたが、かろうじて泣き声を呑み込みました。涙をこらえ、両手を堅く握り合わせて、祈るように呪文を唱えます。
「セドモリトーオラカチーヨシイー!」
炎が食われて戻ってきた闇の中に、緑色の光ときらめきが広がります。
すると、それを追いかけるように、闇の中から金の光がわき起こりました。たちまち強まって、あたりを明るく照らし始めます。
フルートの胸の上でペンダントが輝いていました。金の石が力を取り戻したのです。強い光に驚いて、食魔たちが影に飛び込みます。
同じ光はゼンや食魔払いの傷も癒していました。ゼンの右手が復活し、食魔払いの肩も元に戻ります。痛みと傷が消えて驚く男を、フルートは大急ぎで引き寄せました。
「近くにいて――! 影のそばにいると、また食魔に飛びかかられる!」
「ゼン!!」
メールが飛びついて泣き出したので、ゼンが言いました。
「泣くな! 泣いてる暇なんかねえぞ! 金の石じゃ連中を倒せねえんだからな!」
フルートは全員を後ろにかばいながら剣を構えていました。そう、ゼンの言うとおりです。どんなに金の石が強く輝いても、食魔を消すことはできません。狂った赤い目でこちらを見つめながら、光が弱まる時を待っているのです。
ところが、金の光にもうひとつの光が重なり始めました。金の石よりさらに強い輝きが広がっていって、遺跡を真昼に変えます。
「まさか!」
食魔払いの男がまた驚きました。輝いていたのは、籠の中に入った太陽の石でした。燃え尽きたはずの石が、再びまぶしく燃え上がっていたのです。先刻よりもっと明るく激しく光り輝きます。
「何故だ? どうして!?」
自分の目を疑っている男に、フルートが気がついて言いました。
「ポポロの魔法だ! 石に力を与える魔法が太陽の石も復活させたんだ!」
「な、なに――?」
男は目を白黒させました。やっぱり意味がよくわからないのです。
すると、突然彼らの間に金色の少年が姿を現しました。一瞬遅れて、赤い髪を結い上げて垂らしたドレスの女性も現れ、それぞれ冷静な口調で言います。
「みんな、もっとぼくのそばに寄れ。太陽の石の光が強すぎて危険だ」
「ポポロの魔法が太陽の石を暴走させている。守護ののそばにいなければ焼き尽くされるぞ」
金の石の精霊と願い石の精霊でした。一同は仰天して二人の近くに集まりました。食魔払いもフルートにまた引き寄せられます。
精霊の少年が、じろりと精霊の女性を見上げました。
「それで、君はどうしてここにいるんだ、願いの。フルートは君を呼んでいない。君の出番じゃないはずだぞ」
「そなたが太陽の石に負けるようなことがあれば、フルートは願いを言う前に焼き尽くされてしまう。そうなる前にそなたを手助けしようとここにいるのだ」
と願い石の精霊が答えました。美しく整った顔は、すましているようにさえ見えます。
金色の少年は、かっと顔を赤くしました。
「ぼくをそんな非力な石だと言うつもりか!? フルートたちはぼくが守る! さっさと戻れ!」
「そなたは小さい、守護の。太陽の石の暴走に対抗できるかどうか疑わしい」
「なんだと!!?」
石の精霊たちが口論をする間も、太陽の石はどんどん光度を増していました。肌に当たる光が火傷しそうなほど熱く感じられます。露出度の高い服を着ているメールが思わず悲鳴を上げると、すかさず願い石の精霊が言いました。
「そら、守りの力が弱いであろう、守護の」
「うるさい! 邪魔をしているのは君だぞ!」
精霊の少年が片手を振ると、金の光が強まって一行を包みました。突き刺すような光と熱がたちまち和らぎます。
金の光に守られながら、一行は周囲の様子をあっけにとられて眺めていました。太陽の石は信じられないほど明るく燃え上がり、遺跡中を照らしていました。建物の壁や瓦礫は影を作るのですが、別の壁や地面が強すぎる光に白々と輝き、影へと光を乱反射します。あらゆる方向から照らされて食魔が影を飛び出し、煙のように消えていきます。それが遺跡のいたるところで起きているのです。影を失った遺跡が、やがて高熱に溶け始めました。石壁が蝋(ろう)のように流れ出すと、その隙間に潜んでいた食魔が、また飛び出して燃えていきます……。
やがて、太陽の石は吸い込むように光を収めていきました。籠の中で白く輝く石になり、それも光を失って、なんの変哲もない石ころに変わってしまいます。
空に夜が戻り、遺跡の中が薄暗くなりました。ただ、金の石だけは、その輝きを失いませんでした。精霊たちはいつの間にか姿を消し、守りの石だけがあたりを穏やかに照らしています。
ふぅ、と一同は思わず溜息をつきました。遺跡は太陽の石があった場所を中心に、溶けて崩れていました。溶け出した石壁が赤い溶岩のようにまだ光り続けています――。
ゼンがちょっと肩をすくめてポポロを振り返りました。
「昨日といい今日といい、やっぱりポポロの力はすげえな……。おかげで助かったぜ、ありがとよ」
と元に戻った右手を握ったり開いたりしてみせます。そのかたわらではメールがまだ泣いていました。いくら金の石でも、心に受けた衝撃までは癒すことはできなかったからです。泣くな! とゼンがいつものようにどなります。
食魔払いの男は、自分の右肩を信じられないように撫でていました。肩にも腕にも傷一つ残っていません。夢を見ていたのかと思いたくなりますが、上着の肩の部分が、食魔の口の形に大きくちぎれていました。やはり夢ではないのです。静かになってしまった遺跡を見回し、改めて目の前の少年少女たちを眺めます。少年たちは、泣き出した少女たちをそれぞれに慰め、人のことばを話す小犬がそれを見上げていました。
「おまえたち、いったい何者だ?」
と男は尋ねました。月並みでも、それ以外の質問は思いつけません。
すると、金の鎧の少年が顔を上げました。
「ぼくたちは金の石の勇者の一行です。闇と戦う光の戦士なんです」
気負う様子もなく答えた少年は、まるで少女のように優しい笑顔をしていました……。