「やったか!?」
とゼンが言いました。フルートが剣から炎の弾を撃ち出して、食魔を燃やしたのです。
けれども、フルートは厳しい顔のままでした。
「だめだ、怪物は燃えていない――。火が効かないんだ」
暗闇でうごめく食魔たちが大口を開けて燃える火に飛びかかっていました。たちまち炎が消えていき、あたりはまた暗闇になります。
「あいつら、火も食べるのかい!?」
メールが驚きました。その姿ももう闇の中に沈んで見えません。腕の中の竜子帝が答えます。
「食魔はなんでも食い尽くす。魔法も火も水も、本当にまったく効かない。唯一効果があるのが太陽の光だ。だが、今は夜だからそれもない!」
「そういうことだ」
と男は答えました。芳枝を強くかみながら言い続けます。
「連中は明るい場所を嫌うが、太陽光以外のものでは倒すことはできん。だからな――俺のような奴の出番になるんだ」
男は闇の中にかがみ込んでいました。その手の中には籠があります。炎があたりを照らしている間に捕まえていたのです。革でできた覆いを取りのけます。
すると、強い光が遺跡いっぱいに広がりました。さっきペンダントが放った聖なる光の何十倍、何百倍もの明るさです。遺跡が真昼の明るさになります。籠の中に、一つの石が鳥のように閉じこめられていました。輝いているのはその石です。あまりにまぶしくて、まともには見ていられません。
とたんに周囲ですごい騒ぎが起きました。彼らに迫っていた食魔が大あわてで逃げ出していました。影の中へ飛び込もうとしますが、その背中に光を浴びたとたん、金属をひっかくような悲鳴を上げて消えていきます。
「太陽の石じゃねえか。しかも原石かよ」
かざした手の陰から目を凝らして、ゼンが言いました。驚いている声です。フルートは首をかしげました。太陽の石、という名前を、ずっと以前にも聞いたような気がしたからです。すると、ゼンが言いました。
「俺たちドワーフの洞窟を照らしてる石のことだ。ほら、そいつを輝かせる力のルビーを毒虫のグラージゾが奪っていったから、一緒に地底湖まで取り戻しに行ったじゃねえか。俺とおまえの一番最初の冒険だ」
あっ、とフルートは思い出しました。黒い霧の沼の戦いの時のことです。
「知っていたのか。俺たち食魔払いの必需品だ」
と男が言いながら籠を掲げました。いつの間にか色ガラスのはまった眼鏡をかけて、強い光から目を守っています。籠を大きく左右へ振ると、光が動いて、影だった場所を照らします。すると、そこに潜んでいた食魔たちがまた大騒ぎをしながら逃げだし、光を浴びて消えていきました。
「太陽の光と同じなのね……。なんて明るいの」
とポポロはびっくりしていました。いろいろな魔法の道具がある天空の国にも、こんな石はありません。
ゼンがそれに答えました。
「地上に降りそそいだ太陽の光が、地中で石に変わるんだよ。太陽の光や熱や力をそのまま持ってるんだ。だが、原石のまま使っていたら、あっという間に燃え尽きちまう。だから、洞窟では石から力を離して力のルビーに作り替えるんだ。そうすりゃ長い間燃え続けるし、石を休ませて夜を作ることもできるからな。こんな使い方をしていたら、長持ちしねえだろう」
「詳しいな」
と男が苦笑しました。地面の上に籠を置きます。
「この籠は魔法でできているから、この中に入れて覆いをかけておけば、太陽の石の力はあまり減らない。とはいえ、覆いを外してしまえば、そうはいかないがな。正直言えば、この石はもうだいぶ弱ってきてるんだ。だから、早いとこ仕事を片づけなくちゃならん」
言いながら帯から取りだしたのは手鏡でした。丸い鏡面に銀の持ち手がついています。意外なものにフルートたちがまた驚いていると、男が言いました。
「こいつも、俺たち食魔払いの必需品だ。なにしろ、連中はすぐ影の中に逃げ込んでしまうからな。倒すのにはこうするんだ」
男はふいに走り出しました。遺跡の石の壁が作る影に駆け寄り、手鏡をかざします。太陽の石の光が鏡に当たって反射し、影の中を照らしました。狂気の赤い目が潜む暗がりです。食魔が体に光を浴びて消滅していきます――。
へぇっ、とフルートたちは感心しました。食魔払いの男は手鏡を動かして、光の届く影を片端から照らしていきます。すべての影に魔物が潜んでいました。太陽の石の光を浴びて、煙のように消えていきます。
すると、反撃に出た食魔がいました。光を避けて影伝いに地を走り、男の後ろに回って食らいつこうとします。男は振り向きざま手鏡を構えました。きらりと反射しながら鏡が足下を照らし、怪物を消滅させます。
「すげぇな」
とゼンが感心しました。簡単そうに見えますが、光源の石と鏡の角度をすばやく判断しなくてはできないことです。
その時、フルートが叫びました。
「危ない、左から来る!」
食魔が鏡のない左側から男に飛びかかってきたのです。男はちょうど右の影を照らしているところでした。鏡が間に合いません。
すると、男は左手を上げました。腕に留めつけていた盾を掲げます。それは鏡のように磨き上げられた銀の円盤でした。太陽の石の光を返して、襲いかかる食魔へ浴びせます。怪物がたちまち煙に変わります……。
「鏡の盾!」
とフルートは思わず声を上げました。自分が左腕につけている盾と同じです。今は聖なるダイヤモンドで強化されているので、聖なる盾とかダイヤモンドの盾とか呼ばれることも多いのですが、鏡のように磨き上げられた銀の表面は健在です。黒い霧の沼の戦いの時、そして北の大地の戦いの時、フルートはこれに敵のメデューサやバジリスクを映して戦ったのです。
フルートは駆け出しました。自分も盾で太陽の石の光を反射させて周囲の影を照らしていきます。光を浴びた食魔が次々飛び出し、煙に変わって消えていきます。お、と男が振り向きました。
「おまえも鏡を持っていたのか。助かる」
フルートは、にこりと笑いました。ちょうど男の後ろから飛びかかっていた怪物を照らして消滅させます――。
「光を反射できればなんでもいいんだな。それじゃ、俺はこれだ!」
とゼンが言って弓矢を戻し、腰からショートソードを抜いて駆け出しました。日頃からゼンが手入れを怠らずにいる剣は、刃が銀色に輝いています。それで闇を照らせば、やはり食魔が消えていきます。
メールの腕の中で竜子帝があきれていました。
食魔はユラサイではもっとも恐れられている怪物の一つです。太陽の光だけには弱いのですが、連中は日中には決して姿を現しません。夜の闇に乗じて忍び寄り、人も獣も、建物や武器さえも呑み込んで、また闇の中へ戻っていくのです。
食魔相手には、どんなに優秀な術師も勝つことはできませんでした。魔法の攻撃はすべて呑み込まれるし、魔法で日の光を作り上げても、その光で食魔を消すことはできないからです。それができるのは、食魔払いと呼ばれる特殊な人々だけでした。男自身が言うように、太陽の魔石と鏡だけを武器にして、食魔の巣へ乗り込むのです。熟練と勇気が不可欠な職業ですが、フルートやゼンは、そんな食魔払いと同等の活躍をしていました。隙を見て襲いかかってくる怪物を、次々と確実に消していきます。改めて、この勇者たちの実力を見せつけられた気がします――。
ところが、その時、籠の中の石が揺らめきました。光が一瞬暗くなり、またすぐに明るくなります。
食魔払いやフルートたちは、はっとしました。ポポロが声を上げます。
「石が力を失うわ! 光が消える――!」
そのことばが終わらないうちに、ふぅっと石が暗くなりました。あっという間に輝きが失われ、あたりはまた真っ暗闇になってしまいます。
食魔払いが叫びました。
「石が燃え尽きたんだ! 逃げろ! 食魔が襲ってくるぞ!」
周囲でひっかくような笑い声が湧き起こっていました。逃げまどっていた食魔たちが、闇の中でまた勢いを取り戻したのです。遺跡の中の一行に押し寄せます。
ゼンや犬の竜子帝にはそれが見えていました。
「よけろ! 飛びかかってくるぞ!」
「メール、頭を下げるのだ!」
とっさにメールが身をかがめると、その頭上を怪物が飛び越えていく気配がしました。また耳障りな笑い声が響きます。
ゼンは駆け寄りざま食魔を殴りつけました。怪物は吹き飛んでメールから遠い場所へ転がりましたが、ゼンの右手にも激痛が走りました。思わず悲鳴を上げてうずくまります。
「ゼン!」
仲間たちが叫ぶ中、食魔払いがどなりました。
「食魔に触れるな! 食われるぞ!」
その男にも食魔が飛びかかりました。気配で男がかわすと、怪物の手が顔をかすめるように過ぎていきました。男がくわえていた芳枝が消えてしまいます。
「しまった……!」
逃げだそうとした男の背中に食魔がしがみつきました。大口で右肩を食いちぎっていきます。闇の中に男の悲鳴が響きました――。