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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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第13章 食魔(しょくま)払い

36.遺跡

 夜。半月が照らす森から一人の男が出てきました。

「やれやれ。この場所も久しぶりだな」

 とぼやきながら、石造りの建物跡を眺めます。そこは遺跡でした。月の青白い光が、遺跡のそこここに影を落とします。

「月が出ている間は連中は出てこないだろう。今のうちに準備しておくか」

 と男はまたつぶやくと、背負ってきた荷袋を地面に下ろし、手早く物を取り出していきました。盾、覆いをかぶせた籠、手鏡、それに長さ十センチほどの小枝……。続いて男が口元をおおう布を引き下げると、意外なほど若く精悍(せいかん)な顔が現れました。右の頬に大きな古い傷痕があります。おもむろに小枝をくわえると、枝の端をかみながら遺跡をまた見上げます。

「どうやら、いちだんと数が増えたようだな。石が古くなってきているから、できればやりたくなかったんだが、占神に言われたんじゃしょうがないか」

 聞く相手もいないのにしゃべり続けるのは、普段から一人で行動をしているせいでした。自分自身を聞き役にして話す癖がついているのです。手慣れた様子で盾を左腕に取り付けますが、不思議なことに剣や武器の類はまったく身につけません。手鏡を帯に差し込み、覆いをかけた籠を持つと、遺跡の中へと入っていきます……。

 

 遺跡の中は不気味なほど静まり返っていました。屋根はとおに崩れ落ち、差し込む半月の光が瓦礫の山を照らしています。月の光が作る影は、いちだんと濃く黒く見えます。

 小枝をかみながら男はまた言いました。

「いるな。こっちをうかがってやがる。このまま待つか、こっちから行くか――」

 ところが、そこまで言いかけて、男はことばを切りました。聞き耳を立てるように首をかしげます。遺跡の外が急に騒がしくなってきたからです。

「なんだよ、ここ? えらく不気味な場所に出たじゃねえか」

「遺跡のようだな。ずいぶん古そうだ。いつ頃のものだろう」

「ねえさあ、まさかここが竜仙郷だなんて言わないだろうね?」

「馬鹿なことを言うな! 方角と距離から見て、ここはユウライ砦(さい)だろう。大昔の戦いで使われた砦の跡だ」

 四、五人ほどで話し合っていますが、どの声も若くて、女の声も混じっています。男はまた首をかしげました。こんな時間にいったい誰がやってきたんだろう、と考えます――。

 

 声の主たちが遺跡の中に踏み込んできました。なんの用心もせずに入ってきて、中に立つ男を見て、びっくりしたように立ち止まります。男の方も驚きました。やって来たのは子どもだったのです。少年が二人と少女が二人、小さな白い犬を連れています。

 とたんに少年たちが身構えました。一人は拳を握り、もう一人は少女や犬たちをかばうように背中の剣に手をかけます。

「誰だ!?」

 と鋭く尋ねてきたのは、剣を握る少年のほうでした。姿は華奢で小柄ですが、隙のない身のこなしと厳しい口調はまるで大人のようです。

 男は目を細めました。相手が見た目通りでないことに気づいたのです。自分が丸腰なのを見せるように両手を広げてから答えます。

「それはこっちの台詞だな。こんな時間帯に砦跡に来るなんて、正気の沙汰じゃないぞ。食魔に食われたいのか?」

「しょくま?」

 と少年や少女が聞き返してきました。

「魔物だよ。こういう古い遺跡の暗闇に棲みついて、通りかかった奴を食らうんだ。意地汚い連中で、闇の魔物さえ食っちまうから、名前が食魔だ」

 と男が言います。

 すると、剣の少年がいぶかしむ顔になりました。

「そんな怪物がいるとわかっていて、どうしてあなたはここにいるんです? 野宿するには危険すぎるでしょう」

 口調は丁寧ですが、やはり大人びています。もう一人の少年も油断なく身構え続けていました。男が少しでも怪しいそぶりを見せれば、間違いなく殴りかかってきます。こいつら何者だ? と男は考えました。絶対にただ者ではありません――。

 

 その時、少女の一人が剣の少年にしがみつきました。青い上着に白いズボンを身につけ、赤い髪をお下げに結っています。

「いるわよ、フルート……ものすごい数だわ。こっちを狙っているの」

 と周囲を見回します。すると、拳の少年が片手で自分の首の後ろを撫でました。

「ち、そうらしいな。やばい雰囲気だ。おい、メール、花は呼べそうか?」

「ダメさ。さっきからやってるんだけど、花の返事が聞こえないんだよ。このあたりには花が咲いてないみたいだ」

 ともう一人の少女が答えました。先の少女は小柄ですが、こちらは長身で痩せています。何故だか髪を緑色に染め、ぴったりの袖無しの上着に半ズボンという、見慣れない恰好をしています。恰好と言えば、二人の少年たちの恰好もそれぞれ変わっています。金色の鎧兜や青い胸当て。西方の異国風の防具です……。

 すると、彼らの足下で突然犬が口を開きました。

「この場から逃げるのだ! 食魔がいるのでは、暗闇になったとたんに襲われるぞ! 全員食われてしまう!」

 おっ、と男は驚きました。犬は少年の声でしゃべったのです。青い胸当てをつけた拳の少年が、即座に言い返します。

「んな暇ねえよ! メール、皇帝を抱いてろ。フルート、来るぞ!」

「ポポロはぼくの後ろにいて!」

 フルートと呼ばれた金の鎧兜の少年が、小柄な少女をかばって剣を抜きました。細い腕には不釣り合いな大剣ですが、ふらつくこともなく構えます。

 こいつら、ずいぶん戦い慣れてるな、と男は考えました。まだ姿を現していない怪物の気配を敏感に捕らえ、恐れることもなく戦闘態勢に入っています。おそらく腕前もかなりのものでしょう。ただ、相手は食魔でした。通常の攻撃では絶対に勝てません――。

 

 その時、地上を闇が流れました。みるみるうちにあたりが真っ暗になります。黒雲が空の半月を隠したのです。遺跡が闇に包まれます。

 何も見えなくなった世界で、動き出しているものがありました。金属をひっかくような音が聞こえてきます。

 すると、鎧の少年が叫びました。

「光れ、金の石!」

 とたんに少年の場所から光があふれました。鮮やかな金の光がほとばしるように広がり、遺跡の中を照らします。その瞬間、怪物の姿が見えました。真っ黒な人のようなものが、彼らの周囲で躍り回っています。次の瞬間には、光が作る影の中に飛び込み、彼らを見て赤い目で笑います。金属をひっかくような、耳障りな笑い声が響きます。

「光を恐れているようだな。闇から出てこない」

 と鎧の少年が言いました。金の光はその胸元から出ていました。首にかけたペンダントがまばゆく輝いているのです。青い胸当ての少年が聞き返しました。

「闇の怪物か?」

「いや、聖なる光で消滅しない。普通の闇の怪物じゃないんだ」

「食魔はいにしえの怪物だ。通常の怪物とは違う」

 と少女に抱かれた犬が口をはさみます。

 面白い連中だな、と男は考えました。どうやら聖なる武器を持つ戦士のようです。もうしばらくお手並み拝見といくか、と考えます。

 

 聖なる光は遺跡の闇の部分をいっそう濃くしていました。彼らの足下にもくっきりと影が落ちています。と、その中から飛びかかってきたものがありました。影に潜んでいた食魔です。赤い目で笑いながら、鎧の少年へ襲いかかります。

「フルート!」

 少年の後ろにいた少女が背中にしがみついて強く引きました。鎧の少年が体勢を崩してのけぞり、後ろへ倒れます。宙にペンダントが躍ります。

 そこへ食魔が食いつきました。闇色の顔が信じられないほど大きく口を開け、少年を呑み込もうとして届かずに口を閉じます。ペンダントの直前です。とたんにあたりが真っ暗になりました。

「金の石――!?」

 少年が驚いた声を上げました。輝いていたペンダントがいきなり光を失ったのです。

「食魔はなんでも食い尽くすんだ。聖なる光だって例外じゃない。お嬢ちゃんが助けてくれなければ、おまえも食われていたな」

 と男は言って、あたりの気配を確かめました。暗闇になったので食魔がまた動き出していました。芳枝(ほうし)をかむ男を嫌って、少年や少女たちのほうへ襲いかかろうとしています。

 とたんに、ビィン、と強い音がして、また金属をひっかくような音が響きました。食魔の声です。犬がどなりました。

「こんな暗闇で弓を使うな、ゼン! 味方に当たるぞ!」

 矢を撃ったのか! と男は仰天しました。暗闇の中で怪物に囲まれて、恐怖で頭が変になったのに違いありません。急いで籠へ手を伸ばしましたが、あわてたので籠を突き倒してしまいました。籠が闇の中を転がっていきます――。

 胸当ての少年がどなり返していました。

「んな間抜けなこと、誰がするか! 俺はドワーフだ。ちゃんと見えてるぜ! とはいえ、矢はあいつらに効かねえみたいだな。頭に突き刺さった矢が呑み込まれていったぞ」

「ポポロも見えているね? 敵がどこにいるか教えてくれ。焼き尽くす」

 と鎧の少年が言い、うん、と少女が返事をします。

 本当に何者だ、こいつら? と男は考えました。この暗闇の中、食魔に襲われても少しも動じていないのです。

 すると、少女と胸当ての少年が同時に声を上げました。

「フルート、右!」

「飛びかかってくるぞ!」

 ごうっと風のような音がして、あたりがまた明るくなりました。火の玉が闇を飛び、食魔に激突して燃え上がったのです。

 真昼のようになった遺跡の中で、鎧の少年が大剣を握り、振り下ろした恰好で立っていました。そのすぐ後ろにはお下げ髪の少女、少し離れた場所には小犬を抱いた長身の少女と、守るように弓矢を構えた胸当ての少年がいます。

 どうやって火を出したんだ!? と男が驚いたとたん、鎧の少年がまた剣を振りました。今度は下から上へ。とたんに、その切っ先から火の玉が飛び出し、赤い目が潜む影に激突しました。ひっかくような食魔の悲鳴がまた響きます。

 男はあっけにとられました。少年が握っているのは、炎の力を持つ魔剣だったのです――。

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