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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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35.助け

 フルートはぽかんと見上げ続けました。オリバンがいきなり姿を現して、聖なる剣で闇の怪物を消滅させたのです。

 すると、オリバンが空へどなりました。

「私はこちらを片づける! そっちは任せたぞ!」

「わかった」

 飛竜の上から返事がありました。口調は男のようですが、若い女性の声です。細身の剣がひらめいて、ポポロへ飛びかかった翼の虎を突き刺します。

 虎の悲鳴が響く中、ポポロも、あっけにとられてその人物を見上げました。男の恰好をした長身の美女が、レイピアを構えて立っていたのです。深手を負った怪物が煙のように消えていきます。

「貴様、何奴!?」

 と黒い術師が驚くと、女性はふん、と男のように笑って答えました。

「私はロムド国の未来の皇太子妃だ。覚えておけ」

「セシル――どうしてここに?」

 とポポロは思わず言いました。オリバンも、その婚約者のセシルも、二人ともロムド国にいるはずの人物です。

 すると、セシルが振り向きました。今度はもっと優しい顔で笑います。

「呼んだのはおまえだ、ポポロ。危ないところだったな」

 ポポロは思わず両手で口を押さえました。助けを求める彼女の魔法は、はるか彼方のロムド城から、オリバンとセシルの二人を呼び寄せてしまったのです。

 

 オリバンは聖なる剣で群がる怪物をなぎ払っていました。敵を切るたびに剣が鳴り、闇の怪物が黒い霧に変わって消えていきます。

 ようやく通り道ができて、ゼンとメールが駆けつけてきました。ゼンが目を丸くして尋ねます。

「なんでおまえらは普通に攻撃できんだよ? 混乱してねえのか?」

「おまえたちは攻撃できんのか。何故だ?」

 と逆にオリバンが聞き返してきたので、フルートが答えました。

「あの黒犬の怪物のせいです。あれが笑って自分の尻尾をかむと、とたんに攻撃が混乱させられるんだ」

「なるほど。では、尻尾をかませなければ良いのだな」

 とオリバンは言って駆け出しました。笑いながら狂ったようにぐるぐる回る犬へ、聖なる剣を振り下ろします。

 ところが、剣は怪物を素通りしました。リーンという音も響きません。

 フルートはまた言いました。

「聖なる攻撃は効きません! それは闇の怪物じゃないんです!」

 オリバンは即座に聖なる剣を鞘に収めると、今度は愛用の大剣を引き抜きました。

「これではどうだ、黒犬め!」

 剣を振ると、血しぶきが上がり、渾沌の尾がちぎれて飛びます――。

 渾沌は悲鳴を上げて立ち止まり、うなりながらオリバンに飛びかかってきました。その鼻面へオリバンはまた切りつけました。渾沌が顔にも傷を負って飛びのきます。

 

 それを見て、空中の術師は歯ぎしりをしました。やって来た助け手は非常に強力です。撃退しようとセシルへ呪符を投げつけます。

 けれども、セシルはその動きを見切っていました。魔法が来るより早くポポロを抱きかかえると、飛竜の背を蹴って飛び下ります。飛竜が魔法攻撃を背中に食らって悲鳴を上げます。

「ポポロ、セシル――!」

 フルートたちは思わず叫びました。二人が空から落ちてきます。

 すると、セシルが言いました。

「出てこい、管狐(くだぎつね)!」

 とたんに巨大な狐が空中に現れました。セシルとポポロを背中に乗せ、飛ぶような身軽さで着地します。いつもセシルのそばで彼女を守っている怪物です。次の瞬間には地面を蹴って、渾沌へ飛びかかっていきます。

 黒犬の渾沌と大狐の怪物はほとんど同じ大きさでした。狐がかみつくと、黒犬がギャン、と悲鳴を上げて白い紙切れに変わり、狐の牙の間でちぎれて消えていきます――。

 すると、フルートの胸元で光がわき起こりました。渾沌が消えて、金の石が力を取り戻したのです。みるみる明るさを増していきます。

 フルートはそれを握って高くかざしました。まだ互いに攻撃を続けている闇の怪物へ叫びます。

「消えろ!!」

 まばゆい金の光が一帯を照らし、数え切れないほどの怪物が溶けるように消滅します。

「よっしゃぁ!」

 とゼンは歓声を上げて弓を構えました。空で羽ばたく飛竜へ射ると、矢は狙いの通りに飛んでいきます。

 すると、術師がまた呪符を投げました。竜と術師の姿がたちまち見えなくなります。とてもかなわないと見て逃げていったのです――。

 

 森から敵は消えました。

 後に残っているのはフルートとゼンとメールとオリバン、管狐に乗ったセシルとポポロ、そして、茂みの向こうからは小犬の竜子帝がよろよろと出てきました。竜子帝は今まで闇の怪物の触手に捕まっていたのです。聖なる光が怪物を消したので、ようやく自由になったのでした。

 セシルが管狐から下りてきました。ポポロも下ろしてからオリバンの隣に立ちます。大柄で堂々とした皇太子に、長身の男装の麗人。本当に、絵に描いたように見事な二人です。

「オリバン、セシル……」

 とフルートは言いました。危ないところへ駆けつけてくれた二人に、胸がいっぱいになってことばが出てきません。すると、オリバンが目を細めて微笑しました。

「相変わらずのようだな、フルート。ユギルの言っていたとおりだ」

「おまえたちに呼ばれるだろうと言われて、準備をして待っていたのだ。さすがにユギル殿の占いはよく当たる」

 とセシルも言って、ほら、と指さします。そちらを振り向いて、フルートたちはまたびっくりしました。彼らの後ろに、長い銀の髪に灰色の長衣の青年が立っていたからです。ロムド城の一番占者のユギルでした。彼もまたポポロに呼ばれてやって来ていたのです。

 すると、ユギルがすっと手を上げました。一つの方角を指さして言います。

「こちらへおいでください、勇者殿……。そこで皆様方は探し求めるものを見つけられることでしょう」

 占者の声は厳かでした。金と青の色違いの瞳は、この世ではない遠い場所を見つめています。

 フルートたちは、はっとしました。それは――と聞き返そうとします。

 

 ところが、その時、彼らの姿が揺らぎ始めました。透き通るように、オリバンとセシルとユギルが見えなくなっていきます。セシルの後ろに立つ管狐も一緒です。

 驚くフルートたちにユギルが言いました。

「時間がまいりました。ポポロ様の魔法が切れるのです」

「いいだろう。彼らを守ることはできた」

 とセシルが満足そうに笑います。

 薄れていく姿で、オリバンは言いました。

「無事に戻ってくるのだぞ。途中で死ぬことは絶対に許さん。闇との決戦の時、我々は必ず共に戦うのだ――」

 オリバンが右手をフルートに差し伸べました。大きな力強い手です。フルートも急いで自分の手を差し出しました。オリバンの手を握り返そうとします。

 けれども、二人の手は触れることがありませんでした。オリバンたちが揺らめきながら消えていきます……。

 

 彼らの姿が完全に消えてしまっても、フルートたちは誰も動きませんでした。彼らがいた場所をじっと見つめ続けます。

 竜子帝が首をかしげて言いました。

「今のは何者だ? どこから来てどこへ行ったのだ?」

「あれがロムドの皇太子のオリバンだよ……。それから、婚約者のセシルと、一番占者のユギルさん。あたいたちの素敵な友だちさ」

 とメールが答えます。フルートは、そっとほほえみました。去っていった友人たちへ小さな声で言います。

「必ず戻りますよ。闇の竜を倒す方法を見つけて、必ず――」

 彼らが待つロムドの国は、ユラサイのはるか西の彼方です。

 

 すると、ゼンが声を上げました。

「よぉし、それじゃ出発するぞ! いつまでもこんなところでぐずぐずしてらんねえし――竜仙郷の場所もわかったことだしな!」

 えっ!? と仲間たちはいっせいに振り向きました。

「竜仙郷の場所なんか、どうしてわかったのさ?」

 とメールが聞き返します。

「馬鹿野郎。たった今、ユギルさんが言ったじゃねえか。あっちへ行けば探してるものが見つかるってよ」

「それって竜仙郷のことのわけ? あたいはデビルドラゴンを倒す手がかりのことなんだと――」

「俺たちが今一番探してるのは竜仙郷だ! 竜仙郷の場所に決まってる!」

 ゼンは自信満々でした。それで全然違う場所へ行ったらどうすんのさ!? と反論するメールと言い合いになります。

 フルートはポポロに尋ねました。

「あっちに何か見えるかい?」

 ううん、とポポロは首を振りました。

「高い山がいくつもそびえているだけ……。でも、あたしもユギルさんの言うことなら信じていいと思うわ。だって、あの人は世界で一番力がある占者の一人なんだもの」

「うん、ぼくもそう思う」

 とフルートは答えて、ユギルが指さした方角を見つめました。森の木立に隠されていて、行く手の様子はわかりません。それでも、フルートは言いました。

「行くぞ! 竜仙郷はきっとある。そこで敵を倒す方法を見つけるんだ!」

 おう! と仲間たちはいっせいに返事をしました。ゼンが竜子帝にかがみ込んで首に腕を回します。

「こら、おまえも言え、皇帝! おまえのために俺たちは竜仙郷に行くんだからな!」

 竜子帝は目を白黒させました。彼を見るフルートたちは、誰もが張り切った笑顔です。

「わ、わかった」

 と竜子帝はとまどいながら答えました。わけのわからない感情が、突然竜子帝の胸を揺さぶります。それは決して不快ではない感情でした――。

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