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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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34.術師

 森の中で立ちすくむフルート、ゼン、メール、ポポロ、そしてポチの体に入った竜子帝。身動きの取れなくなっている彼らに、闇の怪物がいっせいに襲いかかってきました。その数は実に百匹以上です。

 ところが、次の瞬間、彼らは目を丸くしました。怪物と怪物がフルートたちを飛び越えて互いに襲いかかり、戦い始めたからです。フルートや仲間たちに襲いかかった怪物は一匹もいません。

「な、なんだぁ?」

 驚くゼンのかたわらでフルートが声を上げました。

「怪物も渾沌に混乱させられてるんだ! だから仲間に襲いかかってるんだよ!」

 彼らの後ろで渾沌は走り続けていました。自分から攻撃をしかけてくることはありません。ただ自分の尾を追って駆けめぐり、大声で笑い続けるだけです。その虚ろな赤い目にはなんの感情も浮かんでいません。

 フルートはポポロの手をつかんで駆け出しました。

「今のうちだ! 逃げるぞ!」

 仲間たちもいっせいにまた走り出しました。金の石ノ勇者が逃げるゾ! 捕まえロ! 闇の怪物たちが叫んで襲いかかってきますが、やはり仲間の怪物に飛びかかってしまいます。馬鹿、オレは違うゾ! ドウシテおまえがここにいるんダ!? 血しぶきが飛び、怪物たちがわめき合って、すさまじい騒ぎになります。

 その混乱に乗じてフルートたちは逃げ続けました。渾沌と闇の怪物を振り切ろうとします。

 

 ところが、森の切れ目まで来たとき、彼らの目の前に舞い下りてきたものがありました。飛竜に乗った黒い術師です。行く手をふさぐように羽ばたく竜の上から話しかけてきます。

「面白い連中に追われているな――。わしが呼んだのは渾沌一匹だけだ。あの怪物どもは何故集まっている? 金の石の勇者とか言っているようだが、それは貴様のことか?」

 と金の鎧兜を着たフルートを見ます。フルートは唇をかみました。質問されてもそれに答える筋合いはありません。

 すると、ゼンが飛び出しました。

「そこをどきやがれ、馬鹿竜! 邪魔だろうが!」

 と自分の何十倍もある飛竜を殴り飛ばそうとします。

 とたんにその拳が空振りしてゼンの体が反転しました。渾沌が引き起こす混乱はまだあたりを支配していたのです。熊も殴り殺すゼンの拳が、後ろにいた竜子帝へ飛んでいきます。

「危ない!!」

 フルートはとっさに自分の体で竜子帝をかばいました。その横っ腹にゼンの拳がまともに入り、フルートの体が吹き飛ばされて森の木に激突します。

「フルート!!」

 仲間たちは悲鳴を上げました。守られた竜子帝も仰天します。竜子帝は、ゼンの怪力を初めて目の当たりにしたのです。フルートが即死したのではないかと考えます。

 けれども、フルートはすぐに跳ね起きました。魔法の鎧にまた守られたのです。仲間たちへ叫びます。

「気をつけろ! 後ろだ――!」

 全員が振り向いたとたん、ばさばさと激しい羽音がしました。飛竜が襲いかかってきたのです。黒い術師がポポロの腕をつかみ、そのまま舞い上がってしまいます。

「ポポロ!!」

 仲間たちはまた叫びました。術師がポポロを空へ連れ去っていきます。

 後を追いかけようとしたフルートがその場に倒れました。足が動かせません。みると、黒いものが地面から伸びて足に絡みついていました。闇の触手です。その後から、ずるりと怪物が現れます。乱れた長い髪をした女の頭が、ヒヒヒヒ、と気味悪く笑っていました。

「馬鹿ナ連中。こんなチビ助ニ攻撃なんかする必要はナイのに。絡め取って頭カラ食ってやればイイだけのことヨ」

 地面の中から怪物が抜け出してきました。女の顔に続いて出てきたのは、巨大な黒いカエルの体でした。フルートを捕らえた触手をじわりと縮め、口を開けます。すると、女の口が耳元まで裂け、顔が上下に真っ二つになりました。さらにその後ろのカエルの体まで裂けて、巨大な口が開きます。女の顔は、まるで怪物の唇のようでした――。

 

 空を飛ぶ飛竜からその様子を見たポポロは、必死で術師を振り切ろうとしました。金の石が力を失っているので、フルートは闇の怪物を撃退することができません。あたしが行かなくちゃ、とあせります。

 それを術師が強く引き戻して言いました。

「貴様の相手はこのわしだ、異国の術師。子どもに化けていてもだまされんぞ。とっととくたばれ」

 術師は手に呪符を握っていました。ポポロに押し当てようとします。ポポロはいっそうあせりました。今日の魔法はあと一回しか残っていません。敵を倒そうとすれば、魔法を使い切ってしまって、フルートを守ることができなくなります。

 すると、その迷い顔をどう受けとったのか、術師がまた笑いました。

「無駄だぞ、異国の術師。わしに貴様の攻撃は効かん。渾沌の術はここまでは届かなくとも、わしにはこれがついているからな」

 術師のことばと共に、翼が生えた虎が姿を現しました。術師より大きな体をしているのに、鳥のように器用に術師の肩に留まっています。

「窮奇(きゅうき)だ。やはりいにしえの術を使う悪神よ。これがわしを守っているから、貴様の術はわしには届かん。死ね、異国の術師!」

 黒い術師が呪符をポポロに押し当てました。同時に呪文を唱えます。とたんに激しい衝撃がポポロを襲いました。全身に稲妻のようなものを食らって、飛竜の背中にたたきつけられます。

「ポポロ!」

 地上でフルートが叫んでいました。女面の怪物の触手に捕まって今にも食われそうになっているのに、その目は空のポポロを見上げています。

 ポポロは身を起こしました。その体の上で星の光がきらめきます。服が星空の衣に戻り、敵の術を跳ね返して彼女を守ったのです。ポポロが地上へ叫び返します。

「フルート! 逃げて――!」

 けれどもフルートは完全に身動きが取れなくなっていました。剣を抜こうにも、鞘や柄にも闇の触手が絡みついているのです。ゼンやメールが駆けつけようとしましたが、そこへ闇の怪物たちが押し寄せてきました。女面の怪物からフルートを奪おうとして、また同士討ちを始めます。混乱した怪物の集団にさえぎられて、ゼンたちはフルートを助けに行けません。

 なんとかしなくちゃ、とポポロは考えました。怪物へ攻撃魔法を繰り出したいのですが、混乱を司る渾沌が追いついて駆けめぐっていました。攻撃したら、怪物ではなくフルートたちを直撃してしまうでしょう。

 どうしよう、とポポロは考え続けました。いつも本当に泣き虫の彼女ですが、考えるのに必死で涙をこぼす暇がありません。すると、突然一つの考えがひらめきました。この魔法ならば、いにしえの悪神たちに邪魔されずに使えるかもしれません――。

 

 ポポロは飛竜の上に四つん這いになったまま、片手を地上へ向けました。指先に念を込めます。

 すると、フルートの声が響きました。

「よけろ、ポポロ! 後ろだ!」

 女面の怪物は今にもフルートに食いつこうとしています。それなのに、フルートはやっぱりポポロを見つめていたのです。ポポロめがけて翼のある虎が飛び下りようとしていました。鋭い爪と牙が光ります。

 ポポロも魔法使いの目で背後の怪物を見ていましたが、振り向こうとはしませんでした。地上へ手を伸ばしたまま呪文を唱えます。

「レターキヨケスター!」

 それは助けを求める呪文でした。黒い術師を撃退する魔法でも、地上の怪物たちを攻撃する魔法でもありません。これならばいにしえの悪神たちに打ち消されたり、力をねじ曲げられて混乱させられたりしないだろう、と考えたのです。指先からほとばしって消えていく緑の光を見つめながら、心に叫びます。お願い、来て! フルートを助けて――!

 女面の怪物が触手を縮めてフルートにかみついていきます。

 

 すると、剣がひらめき、フルートを縛る触手を断ち切りました。フルートが倒れ、怪物の口が空をかみます。リーン、と涼やかな音が響いて、触手が黒い霧に変わります――。

 フルートは地面の上で驚いていました。突然現れた助け手が、怪物に切りつけていました。女の顔が真っ二つになり、またリーンと鈴のような音が響いて怪物が霧散します。

 すると、助け手が振り向いて、いきなりフルートをどなりつけました。

「なんだこれは!? またこんな危険な状況になりおって、馬鹿者が!!」

 それはいぶし銀の鎧兜を着た、ロムド国の皇太子でした――。

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