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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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第12章 渾沌

33.渾沌(こんとん)

 花鳥で空を飛ぶフルートたちは、人面蛇の共工を撃退してほっとする間もなく、また新たな敵に襲われていました。頭巾で顔を隠した黒い術師です。手綱も鞍もない飛竜に立ち乗りしています。

 術師が手に紙切れを握っているのを見て、フルートは叫びました。

「魔法が来るぞ! 逃げろ、メール!」

 術師が文字を書いた紙を使って魔法を繰り出してくることに、フルートは気がついていました。呪文を唱えると紙が魔法に変わるのです。メールは花鳥を急降下させて、森へ逃げ込もうとしました。木々におおわれた地面が迫ってきます。

 術師が片手で印を結び、もう一方の手で紙を投げました。呪文を唱えると紙が煙のように消え失せ、代わりに怪物が姿を現します。巨大な黒犬が自分の尾を追って宙を駆け回り、空を見上げてゲラゲラ笑います。赤い大きな目はガラス玉のように虚ろです。

「なんだありゃ!?」

 とゼンが驚くと、竜子帝が答えました。

「渾沌(こんとん)だ! あれも古い悪神なのだ――! 早く逃げろ、捕まると攪乱されるぞ!」

 そこへ黒犬の怪物が追いついてきました。花鳥の周りを駆けめぐり、長くなびいた自分の尾をばくん、とくわえます。

 とたんに彼らの下で花鳥の体が崩れました。花に戻ってちりぢりになり、全員が宙に投げ出されます。ゲラゲラと犬の笑い声がまた響きます。

「ダメだ! 花が言うこと聞かないよ!」

 とメールが悲鳴を上げました。いくら呼びかけても花が応えないのです。全員が真っ逆さまに落ち始めます。

「ポポロ!」

 とフルートに呼ばれて、ポポロは即座に呪文を唱えました。

「レマートヨカッラ!」

 ――何も起きません。落下は止まりません。空を舞う飛竜の背で術師も笑いました。

「やはり、いにしえの神々の術は破れなかったな、異国の術師。そのまま地面にたたきつけられて死ぬがいい」

 ちっくしょう! とゼンがわめきました。こんな時、いつも助けに飛んできてくれるポチやルルがそばにいません。

 

 すると、ふいにフルートの胸元から金の光がほとばしりました。虎人を倒すのに外に出していたペンダントが輝き出したのです。輝きが全員を包み、落ちる速度が鈍ります。

 金の石の精霊が姿を現して言いました。

「ぼくに君たちを完全に止めることはできない。あれは闇の怪物じゃないから、ぼくでは打ち消すことができないんだ。このままできるだけゆっくり下ろすから、君たちは――」

 ところが、話の途中で精霊の姿が急に見えなくなりました。自分から消えていったのではなく、何かにかき消されたような感じです。次の瞬間、フルートたちはまた落ち始めました。地上まではまだ十メートル余りあります。たたきつけられれば無事ではすみません。

 メールは必死で呼び続けました。

「花たち! 花たち! 花たち――!!」

 とたんに森がざあっと鳴り、木々の梢が激しく揺れました。風が巻き上がるように、緑の渦が湧き起こって全員を包みます。

「よし、花が来た!」

 とゼンが歓声を上げると、メールが驚いたように答えました。

「違うよ。これは木の葉たちだよ――!」

 飛んできて彼らを受け止めたのは、花ではなく、木々の枝を離れた木の葉だったのです。緑の渦を巻きながら、彼らを支え続けます。

「すげえな。おまえ、いつの間に木の葉まで操れるようになってたんだよ」

 とゼンに言われて、メールは首を振りました。

「そんなことないよ……あたいは花使いだもん。こんなの初めてさ」

 

 その時、ポポロが悲鳴を上げました。竜子帝もキャン! と叫びます。彼らの下から木の葉が這い上がってきて、足下に絡みついてきたのです。小さな竜子帝は全身を緑の葉でおおわれ、締めつけられてしまいます。

 フルートが急いでそれを払いのけながら叫びました。

「この葉は味方じゃない! 敵だ!」

 すると、竜子帝が木の葉の中から頭を出して言いました。

「渾沌は混乱の神だ! これに出会うとすべての力がおかしくなってしまうのだ!」

 木の葉が一カ所により集まって細く長くなっていました。その先端が犬の顔になってゲラゲラ笑い、彼ら目がけて襲いかかってきます。

「こんにゃろう!」

 ゼンが撃退しようと殴りかかると、何故か拳が大きく空振りしました。ぶん、と体ごと反転して、すぐ後ろにいたフルートを殴ってしまいます。フルートが吹き飛ばされて地上に落ちます。

「フルート!!」

 とゼンは驚き、あわてて自分の拳をつかみました。フルートだけでなく、そばにいたメールやポポロまで殴り飛ばしそうになったのです。勝手に動こうとする右腕を抑えてどなります。

「逃げろ! 地上に飛び下りるんだ!」

 そこはもう森の中でした。飛び下りても怪我をしない程度の高さまで下りていましたが、メールもポポロも竜子帝も、体を半分以上木の葉に捕らえられて動けません。

「無理だよ!」

 とメールが叫ぶと、地上からフルートが言いました。

「花使いの魔法を止めろ、メール! 混乱した魔法が木の葉を操ってるんだ!」

 フルートは魔法の鎧を着ているので、ゼンに殴り飛ばされても怪我はしていません。

 あっ、とメールは気がつき、伸ばしていた両手を握りしめました。花使いを止めたのです。とたんに木の葉が崩れ、全員が地上へ落ちました。たくさんの木の葉がクッションの代わりになります。

「逃げろ!」

 とフルートは叫び続けました。

「攻撃はするな! 味方を攻撃させられる! 逃げてあいつを振り切るんだ!」

 木の葉は地面で動かなくなりましたが、空から森の中へ渾沌が下りてきていました。巨大な黒い体は森の木々を素通りします。全員は跳ね起きて走り出しました。後ろからゲラゲラという笑い声が追いかけてきます。

 走りながらフルートは唇をかんでいました。渾沌に切りかかるわけにはいきません。そんなことをすれば、剣は間違いなく仲間たちを切り裂くでしょう。ポポロに魔法を使わせることもできません。魔法は発動しなくなるか、混乱して味方を攻撃するかのどちらかです。混乱の悪神をどうやって撃退するか――。考えても考えても名案は浮かばなくて、ひたすら逃げることしかできません。

 

 すると、先を走っていたポポロが突然身をひるがえしました。フルートの胸に飛び込み、抱きついて叫びます。

「止まって、フルート!」

 その目の前の地面から、いきなり真っ黒なものが飛び出してきました。巨大な口がポポロの背中に襲いかかります。

 フルートはとっさに後ろへ倒れました。ポポロと一緒に地面に転がると、たった今までポポロのいた場所をばくりと牙がかみます。それは黒いぬらりとした怪物でした。大口とは対照的な小さな目でフルートを見ながら言います。

「ギ、ギ、食い損ねたカ。もうちょっとデ、金の石ノ勇者はわしの口の中だったのにナ」

「こいつ、マンイーターだぞ!」

 とゼンがどなりました。人食いの闇の怪物です。金の石の勇者と名指ししているからには、願い石を狙って出てきたのに違いありません。

 フルートは怪物に聖なる光を浴びせようとして、ぎょっとしました。ペンダントの真ん中で、金の石がいつの間にか灰色に変わっていたのです。渾沌は魔石も混乱させていました。守りの力が失われたので、闇の怪物がフルートを見つけてしまったのです。

 それを証明するように、森に続々と怪物が姿を現していました。人に似たもの、鳥や獣に似たもの、虫や植物に似たもの、そのどれにも似ていないもの……。ありとあらゆる醜悪な姿の怪物たちが、彼らを取り囲み、金の石の勇者ダ、願い石をよこセ、と言い出します。

「願い石とはなんだ!? 怪物どもは何故さっきからそれをほしがっているのだ!?」

 と竜子帝が言いましたが、フルートたちにはそれに応える余裕がありませんでした。怪物に包囲され、一カ所に集まって身を寄せ合います。うごめく怪物たちは、すでに百匹を超えています――。

 

 その時、ポポロがまた叫びました。

「だめよ、フルート!」

 細い両腕に力を込めて、いっそう強くフルートを抱きしめます。フルートが怪物を仲間から引き離すために飛び出そうとしたのを、すばやく察したのです。ゼンもすぐにフルートに腕を回しました。

「一人で行くんじゃねえ、馬鹿! ったく、最近やっとまともになってきたと思ったのに、やっぱりこれかよ」

 でも――とフルートはあせって言いました。闇の怪物は増え続けます。金の石は力を失っています。怪物を撃退することができないのです。

 ゲラゲラゲラ。渾沌が彼らの後ろでまた笑いました。森の中をぐるぐる駆け回り、自分の尾をくわえます。とたんに闇の怪物も声を上げました。金の石ノ勇者! 願イ石! と狂ったような声が森に響き渡ります。

 そして、怪物たちはいっせいに襲いかかってきました――。

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