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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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29.大水

 ゼンがフルートを守ろうとして、馬の上から怪物たちの真ん中に転がり落ちました。一緒に落ちた一匹はゼンの下敷きになります。

 とたんにゼンは跳ね起きました。その場から大きく飛びのきます。

 後に残された虎人に仲間の虎人が襲いかかりました。ゼンをかみ殺そうとした牙が、仲間の体をかみ裂き、虎人が悲鳴を上げます。闇の怪物は絶大な回復力を持っていますが、同じ闇のものの攻撃だけはまともに食らってしまうのです。

「おっと、しまった」

 と七匹の虎人たちはすぐに体を起こしました。その口と牙は仲間の血で黒く染まっています。襲われた一匹は全身をずたずたにされて、すでに息絶えていました。

 それを見てゼンは逃げ出しました。いくらゼンが怪力でも、一度に七匹を相手にするのは不可能です。腰のショートソードを抜いて、飛びかかってくる虎人を切り払い、さらに走ります。

 

 すると、行く手から声がしました。

「ゼン――!」

 馬を飛び下りたフルートが、こちらに向かって走っていました。立ち止まって剣を振ると、切っ先から炎の弾が飛び出して、ゼンに迫っていた一匹を火だるまにします。

 その間にゼンはフルートの元へ駆けつけました。

「馬鹿野郎、どうして来た!? あいつらはおまえを狙ってんだぞ! 食われてやる気か!?」

 と盛大にどなり出したので、フルートもどなり返しました。

「君を放っておけないよ! 今はポチとルルがいないんだからな!」

 また炎の剣を振りますが、今度は見切られてしまいました。怪物たちが炎をかわし、ゼンとフルートを取り囲んで走り回ります。

 少年たちは背中合わせに立ちました。

「こいつらは速すぎて、攻撃が当たらないな」

「ああ。闇の怪物だから、普通の攻撃はすぐ治っちまうしな」

「金の石を使う。光が届かない後ろを頼む」

「おう、任せとけ」

 それだけをやりとりすると、フルートは胸のペンダントに呼びかけました。

「金の石!」

 後ろから飛びかかってきた虎人を、ゼンが両手で捕まえ、力任せに投げ飛ばします。

 ペンダントの真ん中で魔石が輝きます――。

 

 ところが、聖なる光が降りそそいでも、虎人たちは溶け出しませんでした。黄色と黒の毛皮を光らせながら、少年たちの周囲を駆け回り、いっせいにあざ笑います。

「無駄だ無駄だ、金の石の勇者!」

「聖なる光など、俺たちには効かん!」

「俺たちは虎人の親父と人間のおふくろの間に生まれてくるんだ」

「俺たちが生まれて最初に食らうのは、己の母親」

「人間の血と肉を持っているから、聖なる光に消滅したりはせん!」

 怪物たちがまた、どっと笑います。

 フルートは唇をかみ、ゼンは歯ぎしりしました。金の石が効かないとなれば、敵を一気に倒すことはできません。包囲網を強行突破しようと、フルートがまた炎の剣を振り上げます。

 すると、一匹の虎人が大きく飛び跳ねました。フルートの頭上を飛び越えながら体を縮め、両脚を伸ばして炎の剣の刀身を蹴ります。とたんに剣がフルートの手の中から弾き飛ばされました。手の届かない場所まで転がっていってしまいます。

「危ねえ!」

 フルートに襲いかかった虎人を、ゼンがショートソードで切り捨てました。怪物は黒い血をまき散らして地面に落ちましたが、すぐに跳ね起きました。傷があっという間に治っていきます。

 

 すると、ワンワンワン、と激しくほえる犬の声が聞こえてきました。こちらへ近づいてきます。フルートとゼンは思わず、はっと期待して、すぐにそれを打ち消しました。違います、ポチではありません。ポチの体に入れられた竜子帝がほえているのです。竜子帝では、風の犬に変身することができません――。

 花馬がフルートたちに向かって駆けていました。背中に乗ったメールが叫びます。

「よけな、二人とも! 別の怪物だよ!」

 全速力で駆ける花馬の後ろを、長いものが空を飛びながら追いかけていました。人の男の頭をした蛇です。猛スピードで飛びながら体をくねらせますが、蛇の体に当たったとたん、森の木が音をたててへし折れました。

「なんだよ。ユラサイってのはこんな怪物ばっかりだな!」

 とゼンが言って左へ飛びのきました。フルートは右へ飛びのき、さらに地面を転がって、落ちていた自分の剣に飛びつきました。フルートに飛びかかってきた虎人を突き刺して燃え上がらせます。

 そこへ花馬が飛び込んできました。後を追う蛇の怪物も一緒です。虎人たちがたちまち騒ぎ出しました。

「逃げろ、共工(きょうこう)だ! 流されるぞ!」

 流される? とフルートとゼンが自分の耳を疑ったとたん、今度はポポロが叫びました。

「水よ! 大水が追いかけてくるのよ!」

 蛇の怪物の後から水音が響いていました。森の中に激しいしぶきを立てながら濁流が迫ってきます。

 竜子帝がまたワンワンとほえて言いました。

「共工は古い悪神のなれの果てだ! 大水に呑み込まれるぞ!」

 水がとどろきながら押し寄せてきます。

 

 メールが花馬で駆け抜けながら花の蔓を伸ばしてきました。フルートとゼンをそれぞれに捕まえ、馬の背中に引き上げます。大水は花馬のすぐ後ろまで迫っています。

 しがみついてきたポポロにフルートは言いました。

「魔法は!? 大水を止めるんだ!」

「できないのよ!!」

 とポポロが悲鳴のように答えました。

「あたしの魔法が効かないの! あれは全然違う魔法で引き起こされてるから――! 停止の魔法でも、冷凍魔法でも、蒸発させる魔法でも――どうしてもだめなの!!」

 ポポロは泣き顔になっていました。どれほど強力な魔法を繰り出しても、共工が引き起こす大水を止めることができなかったのです。

 全速力で逃げていた虎人たちが、次々に水に追いつかれて押し流されていきました。獣のほえる声が水のとどろきに呑み込まれていきます。

 ゼンがどなりました。

「花鳥になって空へ飛べよ! 早く!」

「やってるんだよ――! なにの――花が馬から変身しないのさ――!」

 メールがあえぎながら答えます。その顔色は真っ青です。

 シ、シ、シ、と共工が醜悪な笑いを浮かべました。してやったり、という表情です。蛇の先導で濁流が追いかけてきます。草や茂みがあっという間に水に沈み、若木や老木が押し流されていきます。追いつかれれば、花馬もばらばらにされてしまいます。

 

 すると、フルートが言いました。

「ポポロ、地割れを作れ! あいつの大水には効かなくても、この大地にはきっと魔法が効くはずだ!」

 地割れ! と仲間たちは驚きました。ポポロが即座に呪文を唱えます。

「ロケサヨチイーダ!」

 とたんに、地震のように大地が揺れ、彼らの後ろで地面が裂けました。見る間に裂け目が広がって、巨大な地割れになります。迫っていた大水はその裂け目に流れ込んでいきました。激しい滝になって落ちていきます。

 すると、流れに引き寄せられるように、共工も割れ目に落ちていきました。太い蛇の体が地面の中に消えていきます。続いて、ザアッと音が響きました。大水の音ではありません。フルートたちが乗った花馬の体で、花たちがいっせいに音をたてたのです。

「戻った! また操れるよ!」

 メールが歓声を上げて両手をかざしました。花馬がたちまち形を変え、大きな花の鳥になって舞い上がります。

 遠ざかる地上を大水がまだ襲い続けていました。割れ目の中に呑み込まれていくのに、それでも止まることがないのです。すると、地割れから人の頭が現れました。共工です。割れ目が水でいっぱいになって、あふれ出しそうになっていました。

「急げ!!」

 フルートとゼンは同時に叫びました。このままでは共工が這い上がってきてしまいます。そうすれば、メールの花使いの魔法がまた邪魔されて、彼らは地上に引き戻されてしまうかもしれません。

 

 その時、地面がまた揺れました。地響きを立てながら割れ目が狭まり、どーんと音をたててぶつかり合って、ひとつながりの地面に戻ります。ポポロの魔法が時間切れになったのです。

 地割れは共工を呑み込んだまま消滅していました。まだ地上を流れていた水が、たちまち引いて消えていきます。フルートたちは、花鳥の上で安堵の息をつきました。

「ったく……なんて怪物ばかりいやがるんだよ、このユラサイには」

 とゼンが言います。

 フルートは何も言わずに、じっと地上を見つめ続けていました。今回はなんとか敵を追い払うことができましたが、ポポロの魔法が直接効かない相手が出てきたことに、抑えようのない不安を感じていたのです。ポポロもうつむいて今にも泣きそうになっていましたが、涙がこぼれる直前に、はっとまた顔を上げました。

「みんな、あれ!」

 と指さした先の空に、何かが姿を現していました。たちまち羽ばたく竜に変わります。前足のない飛竜です。背中に黒い服を着た男が立っていました。

「共工を破ったか。驚いたな。やはり、貴様たちは放っておくわけにはいかん」

 と黒い術師がフルートたちに向かって言います。その手には呪符が握られていました――。

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