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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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27.蛟(みずち)

 ばさり、と夜空に羽音が響きました。風がうなります。

 月は西の山陰に沈み、雲間で星がまたたいています。その星を隠して、黒い影が空を舞います。翼を広げた竜です。

 

 けれども、その翼は二枚しかありませんでした。体の大きさも数メートルほどで、前足がありません。飛竜と呼ばれるワイバーンです。

 飛竜は手綱も鞍もない体に女を乗せていました。竜が羽ばたくたびに、衣の裾と袖が激しくはためきますが、女は無造作に竜の背に立ち続けます。怪しいくらい美しい顔を星明かりが照らしています。皇帝の叔父ユウライの愛人の、トウカでした。

 トウカの乗った飛竜の前には、もう一匹、もっと小さな竜がいました。長いひげを風になびかせて空中を飛び、お辞儀をするように頭を振り続けています。

「社殿に女が来たというのね。それは誰?」

 とトウカが竜に尋ねました。彼らの下には山があり、中腹に社殿がありました。竜はこの社殿からやってきたのです。

「竜子帝の幼なじみ? ハンの娘? ――それで?」

 と促されて、竜が頭を振って報告を続けます。

 トウカは、ふぅん、とつぶやきました。

「竜子帝とその娘は一日中礼拝堂にこもっていたわけね? それは間違いなく竜子帝の恋人だわ」

 と考える顔になります。

 風のうなる空に舞う大小の竜。けれども、地上の人々がそれに気づいた様子はありません。むろん、竜の背に立つ女にも――。

 

 やがて、トウカは言いました。

「竜子帝の恋人なら使い道があるわ。その娘が一人になる時を狙いなさい、蛟(みずち)。さらって、私のところへ連れてくるのよ」

 蛟と呼ばれた小さな竜は、うなずくようにまた頭を振ると、空から山の中腹の社殿へ下りていきました。術師たちが社殿の周囲に守りを張り巡らしているので、トウカや飛竜は直接下りていくことができません。蛟が細かい雨に姿を変えて守りをくぐり抜け、中庭でひとりの僧侶に変わっていくのを見守ります。竜はその恰好で社殿の様子を探っているのです。寝静まった社殿の中、何食わぬ顔で寝所のある庫裏(くり)へ戻っていきます……。

 トウカは飛竜の背中でまたつぶやきました。

「見ていらっしゃい、竜子帝。ユラサイはユウライ様のもの、そして、この世は私のもの。おまえなんかにこの国を渡したりするものですか。愛する女を奪われて、おまえはいったいどうするかしらね?」

 夜風はうなり続けます。

 ばさりばさりと飛竜が繰り返す羽ばたきは、大きさは違っていても、どこかあの闇の竜の羽音に似ているようでした――。

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